生きたらいい
「生きたらいい」
急にかけられた言葉にぼやけた視界の中私は、その人をゆっくりと見上げた。旅人だろうか。大きなカバンにしっかりとした頑丈そうな服。ぼやけた視界でわかったのはそれだけだった。
私は、スラムと呼ばれる路地裏にいる。生きるか死ぬか。そんなこともどうでも良くなるような、そんなところだ。盗むことでしか、力の弱い子供には生きられない。見つかればボコボコにされ、死ぬか捕まるか。前者の方が多いほど。ガリガリに痩せた人ばかりの中に私は小さく混じっている。
そんな私は、食料にありつけず、一ヶ月経ちそうなのだった。動くことも出来ず、病気を持った瀕死の状態の老人達に挟まれ座っていた時、私は声をかけられたのだった。
「〜っり」
まともに声が出せず、むせる私に声をかけてきた人は、ゆっくりとしゃがんだ。
「君は生きたいだろう」
声も出ない状態の私に再度声をかけてきた。男の声だけが、頭の中を響く。
「ヴ、ん」
生きたいに決まってる。生きたくなかったら泥水をすすり、砂を食うような日々は送らない。死にたくない。だから生きたい。
「私は、全ての人は救えぬ。故に、私の声が届いた君を、声を出せた君を、救おう。」
口に、冷たいものが触れた。水だと気づいたのはしばらく経ってからだ。美味しい。水だ。水だ。…とても、おいしい。
「さぁ、行こう」
体を持ち上げられ、運ばれる。あまりの温かさに、意識はスゥ…と落ちていった。
今、私は生きている。あの人のおかげで。あの人は、何も知らない私に、たくさんのことを教えてくれた。スパルタだったけれど、生きるというほどに辛いものではなかった。もう一度言おう。今、私は、生きている。これほどまでに幸せなことはない。
今の私は、あの人を助けることが生きがいである。…あの人はよく旅に出るので、ついて行ってる。あの人の仕事は、なんて言えばいいのかよく分からないけれど、便利屋だ。時に探偵。時に修理。時に人助け。私も見て手伝ううちに、少しはできるようになった。
「こら、集中しないと」
あ、ごめんなさい。
私はよく怒られる。でも、なんだか幸せだ。怒られるイコール殺されるの世界だった私の場所は、今、大きく変わったのだ。大袈裟に言ったかもしれない。けれど本当に今は、こんなに幸せで大丈夫だろうかと心配になるほどだ。そのことを言ったら、
『大丈夫に決まっている。あのころの君とは違い、今の君に出来ることはたくさんあるのだから』
と返された。あの時ほど心が弾んだことはない。違った弾み方では、あの人といると収まらなくなるくらいだけど。
まあ、私が今誰かに言いたいとするならば、
『生きて。誰かの声を聞き逃すな』
ってことくらいかな。