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魔界王女  作者: 水色奈月
★Chapter 2
8/29

Part 2-3 Son,Ready to go through the looking glass?

230 East 21st Street Gramercy Manhattan,NYC 16:45


午後4:45 ニューヨーク市マンハッタン グラマシー区 西21番街230番地




 アンはエステバンの手を引きガン・クローゼットの部屋に入ると左手のハンドガンの並んだ一群のかなり上の段から一挺のハンドガンを手に取った。


坊主ぼうずゥ、心の準備をしなァ」


 アンはそう言って黒よりもわずかに明るい色合いの先に少年の母親が使っていたヘアースプレーの大きさの筒が伸びた銃身の細長い薄身のハンドガンを彼に握らせた。


「その拳銃は、スタァム・リュガーのマークⅢだァ。俺が特殊暗殺任務に使うやつだァ」


 エステバンが手を伸ばし構えると先が前下がりになった。


「先が重いか? こうやって左手で筒を支えろォ。正面で構えるんじゃなくゥ、こうやって──」


 言いながら彼女は少年の後ろに立ち両手を彼の前に回し腕をつかみ姿勢を正した。


「銃を操るときは、脇を引き締め大きさに関わらずウイークアイ(:効き目)の延長線上で身体に引きつけろォ。安定し命中精度が上がるだけでなく、軽く鋭い動きをする銃は特にだァ。ジャムや誤動作の防止になるゥ」


 エステバンは首をひねり女を見上げた。


「お姉ちゃん、どうしてボクの利き目が分かるの?」


「お前、バッグであの警察官の左(ほお)を叩いただろゥ。俺が駆けつけた瞬間、あの男が右に顔を振ったのを見たからだァ。人間は咄嗟とっさの瞬間に狙うのはどうしてもウイークアイとウイークハンド(:利き手)側になるゥ。殴るときもそうだァ。まあ、人間の感情が顔の左に表れるからそこに敵意を抱くせいでもあるがなァ」


 エステバンは女が巻き舌に戻ったが丁寧に、辛抱強く説明してくれているのを感じた。


「お姉ちゃん、もう一つ教えて」


「なァんだァ、坊主」


「どうして──銃を使うのを許してくれるの──?」


 アンは返答に困った。まさか興奮させられたからだとは口が裂けても言えなかった。


「お前が、男らしかったからだァ。俺はピーピーいうだけの大人の女やガキは大嫌いだァ。語り合うのは鉛玉とこぶしで十分だからなァ」


「お姉ちゃん、名前教えてくれる?」


「おうッ、アン・プリストリぃだァ。真名を教えてやるぞォ──А・Рだァ。古いラテン語で──というんだァ」


 エステバンは真名というのが分からなかったし、古いラテン語で言われた言葉がハッキリと理解できなかった。


「アン・プリストリ──“聖職者のような”アンだね」


 途端にエステバンは頭に拳骨をみまわれ眼をしかめた。


「そう言う奴は殺すゥ。覚えとけ、坊主。お前の名は?」


 エステバンが答えようとした瞬間、いきなり彼から手を放しアンが立ち上がった。そうして無言でベストに吊り下げられた二挺のFN SCARーHアサルトライフルをカラビナから外し工作台の上に放り投げると、引き出しから次々に数十個のスラッグ弾を抜き取りコートのポケットに放り込んだ。そうして最後に別な引き出しから三つの薄い弾倉をつかみ出すとエステバンに突き出した。


「お前さんのアームズの装填済みマガジンだァ。三つで三十発撃てる。誰のどこを撃つか自分で考えろォ。握り手の下から差し込めェ」


 そう言うなりアンはきびすを返しガンクローゼットから出掛かりわずかに振り向いた。


「お前さんに、背中を任すゥ。このテラスハウスは俺の持ちもんだァから、気にせず派手に活躍しろォ、少年!」


 見上げたエステバンは、横顔だったがアンが微笑むのを始めて眼にして紅くなるのと同時に訳も分からずゾクリとした。












 ESS第一分隊の五人は静かさの中に物音と気配を探りながら、一階からテラスハウスへと侵入した。連絡してくるはずの二人の巡査からは梨のつぶてだったので彼らは用心しながら一階を捜索したが、どの部屋も鍵が掛かっておらず、しかも室内には家具や生活に必要な物がまったくないことに、建物の尋常でない状況が分隊長のコスナー巡査部長だけでなく他の者達も不安にさせられた。


 廊下奥にはもう一つ階段があり五人は二手に別れ、その階段と玄関そばの階段へと向かった。


 コスナー巡査部長はあの片手で扉を振り回し階段を駆け上ったブロンドの女が異様な腕力をしていた事を思い出し皆へ接敵したなら容赦せず撃てと命じた。あの女につかまれたら、体躯たいくの大きな男でも厄介だと十分に予測できた。


 二階まで登ると一人の私服の男が階段にうつ伏せで倒れていた。その男は片手にグロックを握りしめていた。彼は片手でカービン銃を階段上へ向けたまま男の鼻下に指を回し呼吸しているか確かめ、意識を失っているだけだと判別すると即座に手から拳銃を引きがしそれを後に付く部下へ手渡した。


 部下達が二階の各部屋を確認し戻る間、コスナー巡査部長は三階との中間にある踊場へ向け照準し続けた。


 二人が手早く戻るとどの部屋も同じ状況だと知り彼は胸騒ぎを覚えた。三人は援護し合いながらゆっくりとさらに階段を登り三階の階段際の廊下に二人の制服警官が倒れているの眼にして緊張した。二人とも息はしているがP226を握りしめたまま倒れていた。そうして彼は二人の傍らに小さな球のがぎっしりと詰まったナイロンネットの小さな袋を二つ見つけ、一つを拾い上げた。コスナー巡査部長は“それ”を見てどこかで見た覚えがあることに気がついた。どこだったか懸命に考えながら、その袋をプレートキャリアのポケットに入れ彼は先導しさらに階段の先へ足を送り出した。


 四階の廊下手前でさらに一人の巡査と、三人の私服姿の男達が倒れていた。彼らも深い息をしており命に別状はなく、武装したまま一方的に気絶させられていた。そうして五つの同じ球が詰まった小袋を見つけ、彼はハッとして立ち止まった。


 そうだ! これはLE(:法執行機関)と軍へ向けられ主催されたガンショーで見たのだ。暴動鎮圧用のラバー・ラウンド(:対人用のゴム弾)に並び置かれていたショットシェルの弾体! 確か、ビーンバッグ弾とかいう特殊弾だ!


 彼は瞬時に容疑者が特殊部隊上がりの奴だと判断し、右胸にぶら下げたデジタル無線機のハンドスピーカーマイクを左手でつかみ、その人差し指でESU・HQ(:本部)に繋ぎ応援要請を始めた刹那、それが始まった。


 連続した轟音と共に傍で警戒していたはずの二人の巡査が頭を仰け反らせて後ろに倒れた。彼が顔を振り向けた先で、上の階段踊場の手すりの奥に浮き上がったブロンドの長髪が隠れるのを眼にし、一瞬で二人が倒された手際に最大限の危機を感じ、彼は素早く廊下角の際へ身を隠した。


 あの女が容疑者だ!


 そう思った矢先に、一体、あの女が何をやらかしたのだと疑念が膨れ上がった。













☆付録解説☆

☆1【Son,Ready to go through the looking glass?】坊や、鏡を通り抜ける準備はいいかい?(心の準備はできてる?)


☆2【Sturm Ruger Mark Ⅲ(スリー)】米Sturm Ruger社(カタカナ表記では同じルガーなのですが、WW Ⅱ時代のドイツ軍自動拳銃ルガーP08のルガーとは別物です。この小説内ではその違いを誇張するため発音を極端にしています)の.22LR口径の自動拳銃です。その弾種と自動小銃の様にボルトしか前後しない構造のために反動が少なく、近距離での命中精度が高く堅牢で、競技銃や入門銃として息の長い商品です。Sappressor(:抑制器)を付けると標準弾でもかなり音が小さくなる(タイプライターの打刻音の様な音になります)のでCIAがMarkⅡを暗殺任務用に支給していました。この小説内ではアンがカスタマイズしSappressorと一体型の銃身(銃身自体にも発砲音抑制効果のあるもの)に換装しています。彼女が子供に使わせますがボルトを引くセレーション部分が狭く短く大人でも結構な指先の力と勢いが必要なので、彼女がリコイルスプリングを改造しているとお考えください。


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