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魔界王女  作者: 水色奈月
★Chapter 2
7/29

Part 2-2 You really know nothing about I,do you?

230 East 21st Street Gramercy Manhattan,NYC 16:40


午後4:40 ニューヨーク市マンハッタン グラマシー区 西21番街230番地




 アンは自分が握るショットガンを見つめながら不安が増すにつれ唇を歪ませた。ESUが来たのなら軍隊の特殊部隊ほどでないにしても、建物のとんでもない個所かしょから侵入を試みる可能性があった。子供一人に弾薬を取りに行かせた自分が愚かだったと自分の判断を否定しながら、今、この場を離れたら一階から警官たちの侵入を許してしまい、圧延鋼鈑を貼り付けた防御扉のない部屋に追い詰められる事が容易に想像できた。


 寸秒先の状況なんて誰にも分からない。


 出たとこ勝負で切り抜けるのがCQBの醍醐味だと彼女は青い瞳を輝かせ、次の瞬間に階段下倉庫の扉の陰から飛び出し、廊下奥に子供の遮蔽物しゃへいぶつとして横向きに置いていた自室のドアを右手一つでつかみあげ長いブロンドの髪を振り回し身をひるがして階段に戻り駆け上り始めた。



 まるでその音を聞きつけたというように、ESS第一部隊のリーダーが正面玄関に姿を現し構えたM4A1カービン銃のトリガーを引き絞った。

 その放ったライフル弾が女の後ろ手に回した右手一つで握る扉に全弾命中し、女が階段を崩れ落ちると彼は予想した。だが弾丸全てが様々な方へ跳弾し女が勢いを増して階段を駆け上るのを彼は唖然として見つめていた。










 スコットとローガン巡査二人のESS隊員は容疑者の篭城ろうじょうする建物隣のテラスハウス五階まで登ると隣接する一室のドアをノックした。出てきた住人は通りで起きている銃撃戦に脅えており、彼らの姿を見ていきなりドアを閉じようとしたが、スコット巡査は咄嗟とっさにドアの隙間にブーツのつま先を挟み、その隙間から警官の身分証を見せ住人に納得してもらい隣のテラスハウスへ窓からアプローチする許しを得た。


 二人は即座に窓に向かい際から隣接する建物の様子を覗き見た。向かいには都合良く相手側の窓があった。そのガラス越しの室内の様子から窓の先は廊下のようで数人の制服警官が倒れていた。動くものはなくスコット巡査が手前の窓を開くとすぐローガンは部屋の住人に新聞をもらい駆けて洗面所に行き新聞を濡らすと窓へ戻った。彼はその濡れた新聞を手早く建物越しに相手窓のガラスに張り付けるなりM4A1カービン銃のストック後端で叩き割った。


 ガラスの割れる音はあまり大きくはなかった。スコット巡査がカービン銃を相手先の廊下へ向ける間ローガン巡査は手早く割れた大きなガラス片数枚を窓枠から外し自分の足下に置くと、開いたスペースから腕を差し入れ相手窓のクレセント(:三日月形の締め金具)を外し、窓を引き上げた。


 許可をくれた住人に窓へは決して近づかない事を言い含め、二人は開いた窓から即座に容疑者の篭城ろうじょうするテラスハウスへ侵入した。スコット巡査が廊下全体を警戒しカービン銃を構えている間に、ローガン巡査は倒れている制服警官達の脈を探ったが、皆が生きており気絶しているだけだと分かると、二人はうなづき合い手始めにドアのなくなってる部屋の様子を探った。ドアは廊下にも覗き込んだ部屋にもなくスコット巡査は眉根をしかめたが、二人はカービン銃を構えたまま部屋に入り込んだ。入って直ぐにスコット巡査の後ろに付いていたローガン巡査は背後に気配を感じ、咄嗟とっさに銃口を振り向けた。その動きに先に立って室内に立っていたスコット巡査もカービン銃を振り向けた。


 彼の目の前には黒いコンバットバッグの様なものを両手で握りしめた子供が立っていた。子供は唇を引き結び怯えた表情を浮かべており、危害がないと分かるとローガン巡査は声を掛けようと床に片(ひざ)をついて子供の視線に身体を下げた。


 その直後だった。子供がいきなりコンバットバッグを振り回しローガン巡査の顔を殴った。意表を突かれ顔に襲い掛かったそれを彼は咄嗟とっさにカービン銃のレシーバーでかばったが、ぶつかった衝撃で彼はトリガー・ガードに掛けていた人差し指が滑り、引き金を引いてしまった。横を向いていたカービン銃の銃口に火焔が膨れ上がり瞬間に三人の立つ短い室内の廊下壁に弾痕が走り壁紙がめくれた。


 ローガン巡査は眉根をしかめ子供の頭を拳骨で叩こうとした。


 だが意に反してその拳は空を切った。


 彼はいきなり顔面を何かの角で強かに打ち据えられ衝撃に頭を仰け反らせた。尻をつき後ろに転びながら彼はドアを両手で握りしめた金髪の若い女が立っているのを見て、自分がそのドアで殴られたのだと理解しながら気を失った。


 目の前で突然音もなく表れた黒コートの女が、ローガン巡査を手にしたドアで殴り倒すのを唖然として見ていてしまったスコット巡査は一瞬で遅れをとった事を悟り、子供の頭越しに女のバイタルゾーンへカービン銃を照準しフルオートで発砲した。


 彼は眼にして起きた事を受け入れられなかった。一瞬でその女は子供のジャンパーの襟首えりくびをつかみドアの陰に引き込むとドアごと数歩進み出て跳ね上げたそのドアの下部で彼の構えたカービン銃のマズルを叩き上げた。


 放った数発のM855A1ボールが木製ドアを貫通するどころか全弾、跳弾となり天井や壁にめり込んだ。直後、彼はその迫ったドアで押し切られ銃を手にしたまま室内に倒れてしまった。


 彼とその女を隔てるドアがいきなり横へぎ取られスコット巡査が眼にしたのは女のさげすんだ冷ややかな双眼と食いしばった真っ赤な唇だった。女の振り上げる右手が見えて彼は咄嗟とっさに銃のレシーバーで顔をかばった。庇ったはずだった。


 凄まじい拳の数発の連打が銃のレシーバーを打ち据え彼の顔に金属が食い込み鼻が折れ潰れ、スコット巡査は意識を失った。




 アンは立ち上がり振り向くとリビングの入り口にコンバットバッグを握りたたずむ子供に歩み寄り抱きしめた。


「すまなかった。お前を一人で行かせて」


 そう女が謝るとエステバンは初めてその頼る人が巻き舌で話さなかった事に気がついた。












☆付録解説☆

☆1【You really know nothing about I,do you?】私を分かってない


☆2【CQB】(/Close Quarters Battle)。近接戦闘。広義の意味では市街地戦闘から室内突入のIn Door Atack、白兵戦まで含まれます。


☆3【バイタルゾーン】(/Vital Zone)。人体の生命を左右する重要な部分です。主として脳、心臓、基幹動脈、頸椎など。ここを銃撃されると22口径の様な非力な小口径弾でも大柄の大人を短時間で行動不能にしてしまいます。別なものに軍艦の重要区画を指すVital Partという言葉があります。


☆4【M855A1】軍用弾の一種で米軍での呼称です。サイズは5.56x45mm。 5.56mmx45 NATO弾と規格上同格です。.223 RemingtonとChamber寸法,Specにわずかな違いはありますが互換性があります。


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