Part 1-3 Hunting dog of the underworld
#32 Avenue C East Village Manhattan,NYC 15:35
午後3:35 ニューヨーク市 マンハッタン イーストビレッジ Cアベニュー 32番地
どの繁華街にも下町を取り仕切る顔役がいる。ピオニエレーネ・ファミリーもそんな一つだったが、イタリアからの移民で成り上がりすでに三十年近くが過ぎ、その名前が意味する先駆者たる地位も名誉も、荒波の様に変化するゴッサムの中では安泰ではなく、凌ぎは薬物、ミカジメ、賭博、恐喝、委託殺人、売春は言うに及ばず、不動産経営など一般ビジネスにも多く手を染め納税も果たす現代マフィア二十七グループの一雄だった。
その建物の一階にある小さな飲食店は表向き普通のカフェ・バーだったが、店の奥テーブルにいつも顔を並べる三人のガラの悪いイタリア系アメリカンの男らは用心棒を兼ねた下っ端のファミリー構成員でファミリーの事務所が奥の一室にある典型的な組織犯罪の司令塔だった。
奥から聞こえる雑談や女の笑い声は、ドンの右腕であるカポレジーウム★★付録解説)──アンディ・ガルシアが気に入った女を昼間から連れ込んでいるせいでもあった。
ガルシアは数年前に突如、現れ、暴力事を厭わずその容赦をしない手口から頭角を現し、上納金もトップを維持し続け、昼間からの乱痴気騒ぎもファミリーの品格に反すると表立って誰も言い出さないほどの力を持っていた。
いきなり奥からの女の悲鳴と男の怒鳴り声に、テーブルについて低俗なタブロイド紙(:ゴシップ記事専門の新聞)を読んでいた男らが顔を見合わせた。
「──馬鹿やろう! それでエバのガキをドコゾの通りがかったアマにお目お目と連れて行かれたって言うのか! そのアマを捜し出してガキからデータを回収しろ!」
怒鳴り声の合間に三人の高級コール・ガール然とした女らが、トバッチリは御免だと言わんがばかりに奥の部屋から出てきた。
「ガルシアは?」
テーブルの用心棒の一人が女らに声をかけた。
「電話しながらそこら辺のものに当たり散らしてるから、あんたら後で片付け大変ね」
そう言いながら女らは用心棒の若い連中に手を振って店を後にした。
テーブルの男らは一度顔を見合わせると、歳嵩の一人が一番若い男に顎を振って様子を見に行けという命じた。一番若い男は肩をすくめ立ち上がると奥の部屋に足を入れた。
途端にまた怒鳴り声が聞こえてきた。
「馬鹿やろう! そんな心配するぐらいならエバのガキを連れて行ったメイド女を頭数揃えて捜しに行け! 青い目で腰までのブロンドをした若い女だ!」
直ぐに様子を見に行った若い男がいそいそと奥の部屋から出てきた。
「ガルシアさんが、若いメイドとエバのガキを捜してこいと。金髪で青い目の女らしい」
椅子に座っていた二人が立ち上がり、一人が首を回してボヤいた。
「やれやれ、歩き回る羽目になったな」
「いや、案外、簡単に見つかるかもしれんぞ。あの地区にメイドなんて雇える家はそうそうないからな。だが、まずは人集めから始めるぞ。使える奴は野良犬でも使わないとガルシアさん、癇癪を起こすからな」
もう一人の立ち上がった男が二人にそう告げると、三人は店を後にした。
☆付録解説☆
☆1【Hunting dog of the underworld】闇に蠢くものたち
☆2【ゴッサム】(/Gotham)。ニューヨーク市の俗称の一つです。他にも皆様ご存知のManhattanやBig-appleなど遠く離れた世界有数の大都市には様々な呼び名があります。奈月が好きな言い方にTaxi-Townというのがあります。
☆3【カポレジーウム】(/capo régime)。イタリッシュ組織暴力団マフィア幹部の俗称です。麻薬や売春は組織倫理に反するとしてきた同組織は近年求心力が弱体化し別の複数の組織が台頭してきています。一般にこの小説内の様に事務所然とした拠点を分かりやすい場所には設けません。秘密主義が彼らの本当の流儀です。