Part 6-3 Let the my games begin
1666 White Plains Rd, Bronx, NYC 01:35
午前1:35 ニューヨーク市 ブロンクス ホワイトプレインズ通り1666番地
後頭部をつかまれ一方的に床に顔面を押しつけられたままのメイドの屍を犯し楽しむ算段が大きく音を立て崩れ去ろうとしていた。
「なっ──なぜ死なぬ! お前の心臓は──」
言いながらガルシアは投げ捨てた女の臓器を確かめるように目にした。だが、その心臓は彼が見始めると、風で飛ばされる灰の様に削れ吹き消えた。それでもガルシアは右手に女の長いスカートを握りしめたままでいた。その彼が左手でつかむ女の襟首まで指先から赤紫に染まり始めた色合いが波の様に広がると追いかけるように肌が普通の色合いを取り戻した。
「たまんねェやァ──」
その自虐ともとれる女の言葉にガルシアは片方の眉を吊り上げた。
「馬鹿やろうのォ。プリンチェプス・ウンバラ」
「きっ、貴様、人間の分際でどうして──俺様の真名を!?」
ガルシアが顔を強ばらせた刹那、女が頭の後ろに回し彼の手首をつかんだ指をわずかに立て彼の手首を締め始めた。その意外ともいえる力に気がつきガルシアは女の手を振り解こうとしたが叶わなかった。その恐ろしい力にガルシアはメイドの脇腹を蹴り込んだ。一度蹴り緩まぬ女の指に男は唖然となった。開き直り彼は凄まじき拳で女の顔面を殴り、目にもとまらぬ勢いで膝を腹へと打ち込んだ。だが女のつかむ指は緩むどころか、皮膚を裂かんばかりに食い込みガルシアは狂った様に空いた手と両足で女を攻め続けた。微動だにしない女が誘うように囁いた。
「真名を知られたとなりゃ生かしておけないよなァ──この人間の俺をォ」
ガルシアの手首がミシミシと叫びを上げ始めた今や彼はパニックの様相を見せ始めていた。メイドの後頭部をつかんでいた指は凄まじい強さで締め上げられた手首の為に開ききりその手のひらが女の頭から引き離され始めるとガルシアは狂った様に女の脇腹を蹴り込んだ。だがそれも束の間、メイドが空いた手を床につき膝立ちで起き上がると女は手首をひねりガルシアは開いた手のひらを上にされ体を逃がすように床へ膝を落とした。それに合わせるようにゆっくりと女が立ち上がった。
"What are you going to do ? The lower line, Master of the shadow !!"
(:どうするよォ! 遥かに『格下のゥ』──影の支配者さんよォ!!)
"It's my turN...Let the my games begiN."
(:俺の攻撃だァ──俺様のゲームを始めようじゃないかァ)
女が宣言した瞬間振り向きガルシアは睨みつけるその瞳に慄然とした。赤紫に染まりきった虹彩は上下が刺さりそうなぐらい尖りきったものに様変わりしていた。
「ここはァ──フェアにしてやるゥ。俺様の真名を知りたいかァ? あんッ!? 知りたくなくてもご要望にお応えして教えてやるぜェ! 俺様をA・Pと呼べるのは少佐だけだが──その二つの意味その一つは」
ガルシアは首を振りながら自分に選択権がないのをすでに理解していた。そうして唖然としたまま女を見つめているしかなかった。
「アーウェルサ・プールガートリウム。それが俺の真名だァからだァ!!」
「うっ──嘘だ──虚妄だ! 偽り言だ! 裏の煉獄のルーラーがなんでここに──」
目を丸く見開き震え始めたガルシアはなんとかこの場を逃れようと双眼を游がせた。
「嘘かどうか、これからお前のプライドにたっぷりと凌辱の意味で教えてやるぜェ」
そう言いアンはスカートの片側をたくし上げ太股のレッグホルスターからデザートイーグルを引き抜いた。
「現世に軛られた時から、肉体という束縛が生じてしまってる──その事を驕り忘れたか!?」
静かに諭すように語り掛けながらいきなりアンは捻り上げたガルシアの右肘を撃った。その弾丸は一瞬男のスーツの直前で止まると先端から周囲の空気に凄まじい波紋が広がった。
「無駄だァ。 教会の十字架を溶かして作った対邪魍用AP──アーマー・ピアシング(:徹甲弾)だァ!」
アンが冷ややかに言い切った寸秒、停止していた弾丸が爆轟と共にその先へと食い込んだ。そうして肘を粉砕した瞬間、骨と肉が後ろに飛び散りその先の床に指の入りそうな孔を穿った。その直後アンは捻り上げていたガルシアの手首を放すと男は叫び声を上げ右肘を押さえ込んだ。その左肘を今度はすかさずアンは撃ち抜いた。
ガルシアは膝をつき両腕を垂らしたままサタンに唯一寵愛されるものを見上げ震える声で慈悲を乞うた。
「どうか──御赦しを──ルーラー」
「ちッ! 知るかよ! てめェの口先だけの懇願は聞きたくねェ!」
直後、アンは今度ガルシアの左膝を撃ち抜いた。膝を貫通した.50口径のアーマー・ピアシングは脹ら脛も貫通し向こう臑先の床に叩きつける様に血飛沫が広がった。
「なんでェ、俺が人間の武器を好むかァ、分かるかァ?」
アンは腰を折り、ガルシアの髪をつかみ項垂れていた頭を上向かせ顔を覗き込んだ。
「本気を出すのがァ──嫌だからだよゥ!」
「手加減できねェ本気をなァ!!」
アンはガルシアの髪をつかみ上げたまま腰を伸ばし手を振り上げた。女の片腕に吊された魔物になす術はなかった。アンはそのまま壁まで歩くといきなりガルシアの顔面を壁の焦げ剥がれかかった化粧紙──クロスへ押しつけ手のひらを後頭部に移しデザートイーグルを床に投げ捨てた。
「これを──岩盤でやると最高なんだがァなァ! 肉体を二度と欲しなくなるぞォ!」
言いながら押しつける彼女の指から血の気が失せ始め透き通った氷柱の様な白い肌になった。それが首まで這い上がり顎下まで純白な色合いに血色がぬけると、直後、首から一気に指先へ向け赤紫に染まり切り追いかける様に肌色が指先まで広がった。
その刹那、ガルシアの顔面が壁を割り食い込み逃げ場を失った木片が周囲に尖った折れ先を突き出し割れたボードがバラバラとこぼれ落ちた。アンは手首の向きを変え男の顔を壁に突っ込んだまま壁に沿ってゆっくりと歩き始めた。移動する腕に合わせガルシアの顔面が激しい音を立てながら壁の建材を破砕し、二人の通り過ぎた後に多量の木材とボードの破片を撒き散らしながら、顔の高さに歪な溝を残してゆく。
「しっかりと見ろよォ! お前のプライドが派手に砕けてるゥぞォ!」
アンは壁の端までガルシアの頭部を押し進めると壁材の裏にある角材前で一度歩くのを止めた。そうして鼻歌混じりにリズムをとると一気に力を入れ腕を振り回した。鮮血が迸り角材の砕け折れる音にくぐもったガルシアの叫び声がこぼれた。そうして新しい壁に移ると、アンは前よりも速く歩き始め、その脚が駆け足になり繰り出された。最早、男の顔面でラッセルされた大量の建材が水飛沫の様に吹き出しアンの肩と髪をくすませていた。そうして柱二本をへし折り、ほぼ部屋の半周以上を回ったアンはドアの枠材を押し折り観音開きの片側のドア枠を粉砕し上下二つに引きちぎり肘を曲げガルシアの顔を自分の鼻先に引き寄せた。
「俺は肉体を手放すつもりはないが──貴様はァ、二度と欲しないさァ──この先ィ、何百年もォ、何千年もォ俺に凌辱された事を思い出しィ──狂いそうな気分を──”あ”・”じィ”・”わ”・”う”・”ん”・”だァ”・”か”・”らァ”・”なァア”!!」
いきなりアンは片膝を床につき、振り下ろしたガルシアの頭を今度は大理石の床に押しつけた。壁材よりも遥かに固い石の床に最早血だらけの男の顔面は鈍い音を立て顎と鼻の骨が粉砕した。
そうして床にヒビが広がるまでアンは男の頭を押さえ続けた。
「おらァ!! 寝てるんじゃねェ!!」
アンは巻き舌で怒鳴りつけ、一気に体重をかけ呻きも洩らさなくなった魔物の顔面で床を深く陥没させた。
"What yoU see is where you falL..."
(:これからてめェが見るのは、てめェが堕ちる先──)
大理石が尋常でなく広く割れ始め部屋の端まで広がると、その数多のヒビの奥に赤く鈍い光が溢れ出した。
"...It's 'Aversa PurgatoriuM !!!'"
(:──裏の煉獄だァ!!!)
一瞬で床が抜け、多量の大理石が砕けながら幾つもの漆黒の渦が蠢きその合間に溶岩の発する鈍い紅蓮の輝きが生む低い唸りに吸い込まれて消え失せた。わずかに残されたのはアンの足下と、男の胸から下腹部までの狭い石、それに少年の立っている場所と、焦げひっくり返ったソファーから上半身を引きずり出し怯えた目で見つめるブラッカム警部の真下だけだった。それらがポッカリと開いた空間に浮いていた。
「お赦し──を──アーウェルサ・プールガートリウム──」
手足を奈落に垂らした男が最後に呻き慈悲を乞うた。
「聞き飽きたァ」
吐き捨てた直後、アンはガルシアの頭から手を放し立ち上がり、いきなり男の脊髄目掛け片足を蹴り下ろした。脊髄の粉砕した音と共に叫び声を上げながら凄まじく加速し、一瞬で男だったものは煉獄のさらに下にある地獄さえ暖かだと感じさせる裡面──『裏』へとドロップして行った。その姿が完全に消え失せると、アンは両手のひらを煉獄へ向け広げた。そうして見えないそれをつかむ様に握りしめ一気に両手を振り上げた。その刹那、消え失せていた大量の大理石の破片が凄まじい速さで紅蓮から呼び戻され、寸秒で集まると、割れた痕跡も残さずにまっさらな床を生み出した。
しばらく床を見つめていたアンはいきなり少年の方を振り向くと、その爬虫類の様な瞳にはまだ冷ややかなものが漂っていた。そうしてエステバンへ歩き腰の後ろへ右手を回すとブローニングHPをホルスターから引き抜きトリガー・ガードに入れた人差し指でハンドガンを半回転させ逆様にしたそれを少年に差し出した。
「あの野郎がァ──お前の母親と姉を撃ち殺したァ。撃ち殺していいぞォ」
アンから差し出された銃を両手で受け取りエステバンは彼女が顎を振り向けた先へ顔を向けた。
ソファーの下から這いだそうとして諦めている男が──少年の家に来ていた男が唖然としながら二人を見つめていた。その目は理解しがたいサイボーグ女が、それどころでなくとんでもない鬼胎だと奈落の様な惧れに染まりきっていた。しばらくエステバンはそのブラッカム警部を見つめていたが、アンへ振り向くと銃を彼女へ返した。
「どうしたァ──いいのかァ?」
彼女に尋ねられエステバンは頭振った。
「あの人、どうせあそこに堕ちるから」
そう言い少年は床を指差した。その仕草に瞳が人のものに戻ったアンは苦笑いした。
"Wow...Forgiveness is a funnY thing. It warms the heart and cools the stinG."
(:へェェ、“赦し”は面白いなァ。心を温め、痛みを鎮めてくれるだろうさァ)
"Sweety, Patience makes lighter What sorrow may not heaL.Do you understanD ?"
(:少年、悲しんでも癒されないものを忍耐は軽くしてくれるんだァ。分かるかァ?)
エステバンが眉根を寄せた。その表情を見てアンは続けた。
You’ll never find a rainbow if you’re looking dowN."
(:下を向いていたら虹は絶対に見つけられないィ)
"Only you can change youR life. No one can do it for yoU. "
(:人生を変えられるのは自分だけなんだァ。代わりの誰かはしてくれないのさァ)
"So,O...happiness depends upon ourselveS."
(:そうゥ──幸せかどうかは心の持ち方次第なのさァ)
"Stick with iT !"
(:続けろォ)
"Hang in therE."
(:くじけるなァ)
エバステンはしっかりと頷いた。
"You're oldeR."
(:大人だなァ)
"Older than I thought you'd bE."
(:思ったより大人だァ)
アンは感心する様に告げた。
"So what do you do noW ?"
(:これからどうするゥ?)
"I'm not sorry."
(:僕──後悔してない)
"So,O...But,No one’s perfect GoD."
(:そうかァ──だが、完璧な神はいねェ)
"If there is no God, then I am your God."
(:その神がいないんなら、俺がお前の神になる)
アンが手を差し伸べると少年は笑顔をうかべしっかりとその手を握った。
壊れた外壁の外から幾つもの電子サイレンの音が木霊しながら急激に大きくなり始めていた。
"Yo-boY, Let's escapE !!"
(:逃げるぞォ、坊主ゥ!!)
二人は闇の広がる庭へと駆け出した。
夜明けは近いのだ。永遠に続く闇は存在しない。その事をいつか少年に理解させてやろうとアンは手を引いた。
☆付録解説☆
☆1【Let the my games begin】俺様のゲームを始めようじゃないか。本来、この様な言い回しで冠詞のtheは付けないのですが、自分のゲームを楽しむために彼女が強調して使いました。アンにとって地上のスリルすべてはゲーム感覚なのかもしれません。
☆2【プリンチェプス・ウンバラ】(/Princeps umbra)。古いラテン語で“影の支配者”という意味です。
☆3【Patience makes lighter What sorrow may not heal】悲しんで癒されなくても忍耐は軽くする。ホーレスという古代ローマの詩人の言葉です。




