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魔界王女  作者: 水色奈月
★Chapter 3
13/29

Part 3-3 In the pursuit of wrongdoing,Of course,there is a price

230 East 21st Street Gramercy Manhattan,NYC 17:25


午後5:25 ニューヨーク市マンハッタン グラマシー区 西21番街230番地




 不安が高じてそうさせたのじゃない。


 瓦礫がれきの下から足掻あがきさし伸ばされる手をこの眼で確かめたかった。


 階段下に隠れていたくずを、


 殺めようとした須臾しゅゆ


 何もかもを知ってしまった。


 お前の肉親二人を誰が殺め、誰が叙任じょにんしたか。


 お前の手でと、渇望かつぼうを埋め合わせるのは造作もない。


 こっちへおいでと差し招くのは何よりも容易たやすい。


 力の絶対性を、俺の元で教えるのは他愛もないのだ。


 ただ、絵の様に、二度とは同じ絵を描けないように、


 一度きりの生涯で、境界を越えたなら、


 二度とは戻れない事だけは、伝えきれない。




 怒るように、数段跳びで駈け上がるこの瞬間、伝えなければと切に願い、己のフロアーに辿たどり着き、角を曲がり眼にした瞬刻に、迷宮の間から引きり出されたお前を見た瞬間、反射神経一つで手にしたM4A1カービン銃を振り上げた。


 先に左の拘引こういんする男の首を撃ち抜き、ブラスの筒が音を立てる前に、右の引致いんちする男の右胸を狙撃した。




 腕を振りほどきお前が見せたのは、首を押さえ両膝りょうひざを床に落とした男の脇腹わきばらを蹴り込み、振り返るなりひざ二つを床につき胸を押さえこうべを垂れた男のほおを力いっぱいに殴りつけた様だった。


 奪われていた俺の授けた武器を奪い返し、顔を振り向け笑顔を見せた後に、駈けながら振り上げたお前の片腕が一直線にこちらへ向けられ、続けざまに二つの空薬莢が弾けた直後、知らぬ間に追いついていた背後の六人のうち二人が削がれた。瞬間、数え切れないほどの銃弾を背中に受けながら、両手を広げわずかでも流れ弾がお前に届かぬよう護りきった。




 ワックスの擦り切れた床にほおを押しつけ遠退とおのく意識の残渣ざんさに泣き叫び名前を呼んでくれるお前の声が細切れになった。












 閉じられたらステンレスの扉から微かなジッパーを開く音が聞こえた。




 しばらくするとわずかにその扉が開き、隙間から細く白く長い指が一本、二本──と両手の数だけ差し出され周りに開くと扉がゆっくりとスライドしてストレッチャーに乗った黒いボディバッグ(:死体袋)が見えだした。その開いたジッパーの間から伸びた二本の白い腕が架台を壁から引き出しきると、腕はジッパーを完全に押し広げ何もまとわない女が上半身を起こし広がった長髪のブロンドが左右に広がり台の下へ伸びた。


 身体を起こした女が、背伸びをして上半身を微かに震わすと背中から幾つもの銃弾がストレッチャーのステンレス台に落ちて乾いた音を立て続けた。


 その音が止むと女は袋から素足の片足を出しステンレス台の外へと下げ、続けるように反対の足も引き出すと、並べそろえ勢いをつけるようにリノリュームの冷たい床に爪先を下ろしかかとを着け、壁の時計に視線を向けた。




「ちッ、記録更新だァ。五時間かァ──回をおく度に時間が延びやがるゥ」




 そう真っ赤な唇で呟き女は壁際のまだ冷蔵遺体安置庫に収められていない遺体が乗ったストレッチャーに歩きながら、一瞬、右片足を右手の傍に曲げ上げ、親指に付けられたタグを引き千切った。そうしてそのストレッチャーからシーツをぎ取ると身体に巻きつけ鏡の前を素通りした。


 いきなり女は後ずさると、鏡に映った横顔を青い流し目で見つめまた呟いた。




「男好きのするいい顔だァ──」




 言った途端に眉根を寄せた。




「冗談じゃねェ──ただのあばずれだァ」




 吐き捨て彼女は両開きのステンレスの扉を押し開き通路に出た。扉の外は左右に繋がる窓すらない広い通路だった。冷気が追いかけ扉が閉じると左右に視線を振り向け一瞬で風の流れから右に外への出入口があるとわかると、歩き始めた。


 出す都度に運ぶ足が速くなった。


 五時間、あれば助かるものも助からない。


 苦々しく思いながら、彼女は急いだ。


 見えて来た扉へ歩み寄り、ノブをつかむなり引き開けた。片側に低いカウンターがあり一人の白衣を着た小太りの男が事務椅子に腰掛け背を向け男性向け雑誌のピンナップを眺めていた。ドアの音に気が付き、男が椅子を回し振り向き唖然とした面持ちで雑誌を落としどもりながら問いかけてきた。


「ど、どうして──い、生きてるんだ──?」




「馬鹿な事、聞くんじゃねェ! 首をへし折られたくなかったらァ──その白衣とお前の財布よこしなァ」




 押し殺した声でそう脅し片側の唇を持ち上げ微笑みながら、アン・プリストリは男性職員に足早に詰め寄った。








 乗ったイエローキャブの座席でアンはまず、モルグの職員から奪ったセルラー(/Cellular:携帯電話の俗語)で勤め先のNDCの作戦指揮室へ電話した。


 直通で掛けてくるのはNDCが運営する対テロ特殊部隊の隊員か、情報担当職員だけだった。




『はい、タンクルーム』




 アンは声から第二課の男だと当たりをつけた。


「俺だァ、10-4(:緊急事案)、捜索を掛けろ。西21番街230番地の俺のテラスハウス前から五時間前に連れ去られた子供がどこへ向かったか、十分以内に捜し出せ。拉致したのは恐らく白に近いスーツを着たオールバックの男だ。市内全防犯カメラの映像と偵察衛星の画像からだァ。わかったかァ!」


『アン、それにはチーフか、サブチーフの承諾が──』


「つべこべヌかしてるてェめェ! 同じ時間でてェめェの前に立ち、あごに五、六発喰らいたいか!?」


『わっ、わかりました。対テロ特殊作戦ということで。行き先を探り出したら、この番号に連絡すれば』


「ああ、頼むゥ。それと──ピオニエレーネ・ファミリーの構成員──兵隊の数を予測しろォ! AIでも警察のデータベースでもなんでも使え!」


『ピオニエレーネ・ファミリーって──マフィアじゃないですか!? 何のために!?』


「それ次第で火器と弾薬をしこたま用意するんだよォ!」


 アンは言いながら余計な事を口走ったと慌てて携帯を切った。そうしてキャブの運転手がしきりにルームミラーで彼女の顔を見ていることに気が付き運転席の背もたれをモルグの職員から提供されたスニーカーで蹴り飛ばした。


「馬鹿やろうゥ! ジロジロ見てる余裕があるなら、もっと飛ばせェ!」


 恐らくは、モルグから抜け出した事はもうNYPDに連絡されている。マフィアと警察官達を相手に立ち回りあの坊主を救い出さなければならなくなる。必要な重火器のリストを思い浮かべながら、アンは暗い座席で青ざめ眉根を寄せ呟いた。




「絶対にィ──少佐にバレるゥぞォ!」













☆付録解説☆

☆1【In the pursuit of wrongdoing,Of course,there is a price】悪事を糾弾しようとすれば──代償はつきものなの


☆2【タンクルーム】(/Tank-room)。ペンタゴンの作戦会議室の一室の俗称です。

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