31番目の妃⑦
一ヶ月半が過ぎようとしていた。
フェリア邸はこの一ヶ月で訪れる者が増えた。他の隊の騎士がフェリア邸の朝食を食べに来ることで多くなったのだ。お妃様には三名ずつ騎士がついている。仮眠や休みに入るときに、このフェリア邸の朝食に赴くようになった。フェリア邸では、他の妃邸のように緊張はない。味噌っかすの四の隊が楽しげに邸を警護していることを偵察に来て、そのままフェリア邸に居座るのだ。フェリアからは朝食が振る舞われ、その代わりに邸の畑作りを手伝って騎士の体の鍛練を行う。美味しい食べ物と、適度な体の疲れが良い睡眠へと促され、邸の入り口に増設された農機具小屋のふかふか枯れ雑草ベッドへと誘われ、そこで眠ってしまう。
フェリアは農機具小屋に転がる数名の騎士らを呆れ顔で見ていた。
「帰る家がないの、この者たちは?」
フェリアの呟きに、担当騎士の一人であるゾッドは肩をすくめる。
「他のお妃様の警護って神経を使うらしいですよ。それに、警護といっても何かあるわけでもなく、体は鈍っていく。動かしたくともその時間は三人体制では無理ですからね。それに、三ヶ月の予定が五ヶ月にも延びていて、騎士らは心も体もキツいんです」
「ふーん、そんなものなの。で、この『神経を使わない』私の邸で伸びていると?」
じとりとフェリアに見つめられたゾッドは、『いやいやいや』と大袈裟に手を動かした。
「心も体も癒されるこの『女神邸』のおかげで、皆このように寛げるのです。流石、フェリア様でございます」
今さら持ち上げたってと、フェリアは思ったが、これが存外いい気分になった。根っからの姉御肌のようだ。
「仕方ないわね。時間がきたら起こしてあげてね」
優しい言葉にゾッドはホッと胸をなでおろした。フェリアは必要な農機具を持って出ていった。
そこに現れたのは、こめかみを押さえたビンズだ。この男はいつもこめかみを押さえているなあと、フェリアが思っていると、ビンズはフェリアに頭を下げた。
「頭が本当に痛くて、薬草を煎じて頂けませんか?」
「あら、頭痛ね。ちょっと待ってて」
フェリアは農機具を小屋に戻すと、ゾッドに命じてビンズの寝床を作らせた。ビンズはそこで寝かされ、フェリアは薬草を煎じる為に邸に走っていく。寝かされたビンズに、ゾッドが顔色をうかがいながら問うた。
「何かあったのですか?」
「……ああ、まあな」
「ここより、医務室がいいのでは?」
「いや、わかっているが、自然とここに足が向いてしまったのだ」
「確かにフェリア様の薬草茶は、騎士らの体の不調によく効きますからね」
フェリアは、朝食以外にも騎士らに与えているものがある。カロディア領特産の薬草茶である。症状に合わせてフェリアが淹れる薬草茶は、騎士らによく効いた。もちろん、ビンズにもである。思わず、フェリア邸に足が向いてしまったのはそういう事情があるからだ。
「お妃様どうしのいざこざが起こっているのだ」
ビンズは大きく息を吐き出して、ゆっくり目を閉じた。目に浮かんだのは、髪を振り乱し取っ組み合いをする15番目と20番目のお妃様。
朝の一時の交流しか王に会えない状況が、妃を暴挙に駆り立てた。二度の交流を終えた15番目のあの妃が、王と20番目の妃の交流時に偶然を装い参入したのだ。二人だけの交流を邪魔された妃は、王の退散後に激高した。たとえ、15番目の妃が侯爵令嬢であろうと、20番目妃の伯爵令嬢は果敢に言い放ったのだ。しきたり違反のお妃様には資格がないと。王の妃になる資格はないと。
そこからは乱闘だった。騎士らは妃らの警護はするが、妃どうしの乱闘を止める術がない。なぜなら、妃に……淑女に触れることが出来ぬからである。取っ組み合いの乱闘を触れることなく止めるには、マクロンを呼ぶしかなくビンズは執務室に戻ったマクロンに助けを求めた。
しかし、マクロンの答えは素っ気ない。
「ほっておけ」
ビンズは仕方なく、乱闘をただ見守るしかなかった。二人の令嬢が勢いをなくしたときを見計らい、ビンズは告げる。
「王様はお二人に興味がなく『ほっておけ』とのことでした。こんな乱闘をする方を王様がどう思われるか、お二方ともにお考えください!」
そう発した後に、二人の令嬢から天を切り裂くような悲鳴がこだました。そして、ビンズはこめかみを押さえる。いまだに耳に残る悲鳴に頭がズキズキと痛いのだ。
「女性の悲鳴、叫び声に駆けつけて守るのが騎士の仕事だと思っていたが、私は逃げ出したいと思ってしまった」
ビンズの告白にゾッドはうんうんと頷いた。
「あら、良い口実ができたじゃない」
そこに現れたのは、フェリアである。サッパリとした香りが漂う薬草茶を持っている。
「口実?」
ビンズはフェリアの言葉を復唱した。
「ええ、そんなお妃様は落第だってね。長老会議だっけ? それにかけてどんどん、面倒な妃を振り落としたらいいのよ。それで、穏やかで、心の抑制ができて、自己の主張を控えた……王様にとって良いお妃様だけが残るのでなくって? 王様とお妃様の交流だけが目的ではなくて、王様との相性と……うーん、妃の資質を見極めたらいいのよ」
フェリアは好きなように発言している。コポコポとカップにお茶をいれて、ビンズに差し出した。
「フェリア様、ありがとうございます。いえ、ありがとうございました。これを飲みましたら、すぐに対処しましょう」
フェリアの軽いノリの発言が、他のお妃様を蹴落とした。いや、蹴落とされようとしていた。
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