31番目の妃*41
お忍びというのは、民に王である、妃であるとわからず町を歩くものだろう。本来、そうでなければ、町の調査見聞はできない。
「あっらぁ、まあまあ新婚さんだね。これ試食だよ。食べておくれ」
フェリアに渡されたのは、クルクルスティックパンだ。丸ごと一個が試食など、本来はありえない。
「やった! 一緒に食べよ?」
至って普通の言葉遣いで、フェリアはマクロンに言った。
「あ、ああ」
フェリアの上目遣いと可愛い言葉遣いに、マクロンの顔が少しゆるむ。そして、フェリアが少し食んだパンをマクロンも横から食む。
「おやっ、新婚さんか。こっちのフルーツジュースもどうだい?」
屋台の店主が二人に、一つの木製カップを持ってくる。茎ストローが二本入っている。
「仲良く飲んでくだせえ」
マクロンは店主から受け取ると、お金を出そうとしたが、試飲だからと断られる。
「すごい。二つももらっちゃったね。……あなた」
フェリアは店主たちに自分たちの身分をわからぬように、言われた通りの新婚さんを演じている。あなた発言に、フェリア自身が動揺しているのか、どぎまぎとしている。
「あっらあ、何とも可愛らしい新妻さんですね。こちら、新しく作った髪飾りです。どうです? お似合いですよ」
今度は女店主だ。フェリアの髪に飾りをつけて、マクロンに向かって発する。
「早く、ほめなきゃ」
マクロンはフェリアの髪にささった小花の髪止めを見る。
「よく似合っている」
マクロンの手がソッとフェリアの髪を撫でる。
「それ、試作品だからもらっておくれ」
今度もマクロンがお金を出そうとするが、そう言って店主は素早く離れていった。
遠巻きに警護する騎士らは、この一連の店主らの行動の意味することを知っている。町の民たちの意味ある眼差しを知っている。多分、マクロンも肌で感じているだろう。しかし、当のフェリアだけはわかっていない。マクロンとのデートで舞い上がっている。お忍びデートをしているのだ。
芋煮を民に配ったフェリアである。民たちは、フェリアの顔を覚えている。わからぬはずはない。恩人であるフェリアの顔を。そして、今日が31日であることで民たちは、お忍びデートをする二人を邪魔せぬように見守っているのだ。お忍びと思っているのは、フェリアだけという、何ともおかしなまぬけ具合だ。しかし、そこはあたたかい。民たちが見守るあたたかさだ。
二人の行く先々で、民たちはフェリアとマクロンをもてなしている。
「幸せだよな」
ビンズは呟いた。フェリアとマクロンを言っているのではない。
「ええ、ダナンは幸せが溢れていますね」
ゾッドがビンズの発言に相づちをうって続けた。
「警護いらないですね。だって町の民全員が二人を祝福しているんですから」
騎士らは、笑い出す。騎士らの手にも、試食やらなんやらが持たされていた。民たちにとって騎士らも英雄である。フェリアとマクロン同様に、民からの感謝が手に溢れていたのだった。
***
「こら、逃げるでない」
マクロンはフェリアの体を包んだ。フェリアは『あうぅ』となんとも残念な声をもらした。残念であるが、初なその反応にマクロンは朝から上機嫌だ。
「離して、マクロン様。お願い恥ずかしいのです」
寝所の会話というのは、どんなに拒んだとて甘いものである。逃げようとするフェリアの腰をグッと引き寄せたマクロンは、フェリアの耳元で声を紡いだ。
「おはよう、フェリア。挨拶もなしに離れるでない。寂しいではないか」
フェリアはその言葉に体の力が抜けた。またも『あうぅ』とマクロンの胸にフェリアの息がかかる。フェリアはゆっくり顔を上げた。マクロンが優しくフェリアを見つめていた。
「おはようございます、マクロン様」
見つめてしまえば、見つめられてしまえば、二人は離れられなくなるのだ。
***
31番目のお妃様は、今日も薬草畑で精を出す。
「フェリア、今日の芋煮は我と二人で作ろうぞ」
時々、政務を逃げ出した王マクロンが、邸にやってくる。
31もあった邸は、今や薬草畑に変わっていた。残ったのは唯一31番邸だけ。
『今日は1日か。では、1番邸を薬草畑に開墾する。フェリア、頼んだぞ』
マクロンがニヤリと笑って命じたのはずいぶん前のこと。マクロンは、日にちの邸を開墾するよう毎日命を出した。その邸にいるフェリアにマクロンは会いに行った。
『○日だから、○番邸に行ったのだ。しきたり通りだろ』
これにはビンズや長老らも舌を巻く。全くもって、マクロンの言う通りだと引き下がざるをえなかった。いや、嬉々としてひいた。
そうして、フェリアとマクロンは毎日のように会うことになり、邸は薬草畑に変わっていった。
31から唯一の1になった邸では、今日もフェリアとマクロンが仲良く薬草茶を飲んでいる……
『31番目のお妃様』~完~
次話すぐに更新します。