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31番目のお妃様  作者: 桃巴


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31/43

31番目の妃*31

 フェリアの笑みに、さすがのサブリナも感情をあらわにした。清楚で可憐な笑みが歪み、持っていた扇子がバキンと鳴った。つり上がった目が、フェリアをねめつける。怒気と笑みを混ぜた顔は、鬼のように恐ろしい。18と25番目の妃らは、生きた心地がしなかった。


「ありがとうございます。とっても素敵な贈り物ですわね。では、すぐに撒かなくては!」


 サブリナはむんずと小箱を手に取ると、フェリアにニッコリ笑んでから、花壇に向けて思いっきり投げ捨てた。飛ぶ土、飛ぶ……ミミズ……。土は花壇に、ミミズはサブリナのドレスにポトンと落ちた。


「ギャアァァーー」


 サブリナの悲鳴がこだまする。キューパタンとの表現があっているだろう。サブリナが倒れる。18番目の妃の方へ。しかし、妃はミミズを避けるがごとくサブリナの体をかわした。それをスッとフェリアが受け止めた。


「あら、おかしいわね。ミミズ入っていないはずなのだけど。サブリナ様、ごめんなさいね」


 フェリアはサブリナのドレスについたミミズを摘まむと、ぽいっと投げる。それが飛んだ先には、18番目の妃がいた。濁点が最大級についた悲鳴が空気を震わせた。


「サブリナ様の大事なお体を、受け止めもしない妃に投げて差し上げましたわ。大事なミミズですから、後で回収しますけど」


 サブリナの口がパクパクと動いている。気は失っていないものの、声は出ないようだ。


「あら? まあ、大変! お気を、お気を確かにサブリナ様! はよお、はよお、気つけ薬を出しなさい!」


 フェリアは自身の侍女に命じる。侍女は何のことかわからず、あたふたとしている。


「何をしているのです?! お前が持っている、『紫色の小瓶』の気つけ薬を出すのです!!」


 侍女はびっくんと体が跳ねた。目を泳がせ、口をモゴモゴと動かしている。


「早く『紫色の小瓶』を出しなさい! サブリナ様が気を失いかけているわ。はよお、はよお!」


 蒼白の侍女と、膝を崩し踞る18番目の妃、25番目の妃は戦意喪失しているのか、自身の侍女に身を寄せている。当のサブリナは、大きく目を見開き声を出そうとパクパクと口を動かすが、なかなか出てこない。体が、小さく震えだす。フェリアが何度も『紫色の小瓶』と叫ぶからだ。


『嫌よ、やめて!』声は出ない。

「ええ、サブリナ様、私が助けて差し上げますわ!」

『結構よ!』声は出ない。


「これ、早く『紫色の小瓶』とやらを出さぬか」


 キュリーのひと言が舞い降りて、侍女はおずおずと『紫色の小瓶』を出した。サブリナの目がぎょっとする。


「それが気つけですの? ずいぶん毒々しいですね」


 7番目の妃がポロリと呟いて、サブリナはいっそう震え上がった。早く声を出さなければと、腹に力を込めた。


 フェリアは『紫色の小瓶』を侍女から奪うように取る。


「さあ、サブリナ様、どうぞ」


 フェリアの笑みがサブリナを見つめる。目が笑っているフェリアが。サブリナは一気に腹の底から声を吐き出した。


「いらないわ!!」


 サブリナはガバリと起き上がった。それに、小さな悲鳴を上げて反応したのは18と25番目の妃らである。サブリナの鋭い眼光が刺さり、二人は手を取り合った。サブリナが『紫色の小瓶』を飲まされそうになっているにも関わらず、二人は何も手を打てなかったのだ。サブリナは射殺さんばかりの眼光である。


「まあ、サブリナ様ったら、よおございましたわ」


 フェリアが声をかける。『紫色の小瓶』を手に持っている。


「お茶会、はじめませんこと?」


 フェリアは『紫色の小瓶』をテーブルの中央に置いた。


「皆さん、顔色が悪いようですし、気つけ薬をすぐ取れるように、真ん中に置きましたわ。美味しいお茶で喉を潤して、ゆったりとした気持ちになりませんこと?」


 見事、フェリアは毒のお茶会を覆した。


 サブリナは清楚で可憐な顔を鬼のように変貌させ、鼻息も荒く肩を怒らせている。二人の妃らは顔色を無くし、サブリナの方を見れない。心情は退散したいだろう。いや、退城したいに違いない。


 7番目の妃は、『紫色の小瓶』を興味津々に見つめている。気つけ薬ではないことは、察しているに違いない。


 キュリーは……


「私、王様と騎士の皆さんが飲んだお茶をいただきたいわ」


 フェリアにそう向かって発した。それに、7番目の妃も追随する。


「まあ、私もですの」


 フェリアはニッコリと笑んだ。


「まあ、嬉しいですわ。ちょうど茶葉を持参しましたの。サブリナ様、私のお茶を淹れて良いかしら?」


 サブリナは不気味な口角をさらけ出し、フェリアを見つめた。不気味な笑顔で頷いた。


「ええ、お茶会ですもの。お茶を楽しみませんとね。私も飲んでみたいですわ。……あなた方もそうでしょお?」


 身を寄せあう二人の妃らに、サブリナの言葉は突き刺さる。蛇に睨まれたカエルのようだ。サブリナは一旦、標的を二人の妃にしたのだ。二人の妃らは、色を無くした顔で目をさ迷わせている。


「あら、顔色お悪いわね。気つけ薬、お飲みになったらどうかしら?」


 サブリナのその言葉に、妃らは『ヒィッ』と悲鳴を上げ、『平気です、大丈夫です』と取り繕っていた。




 テーブルの中央には『紫色の小瓶』


 扇子の内側で、『フェリア様、天晴れよ』と口角を上げるキュリー。稀少な緑茶に目を輝かせる7番目の妃。不気味な笑顔のサブリナ。その不気味な笑顔を延々と向けられている妃ら。


 そして、フェリアはニコニコしながら、緑茶を淹れていた。


 誰がこのようなお茶会になろうと、想像できたであろうか。妃らの背後に立つ各侍女らは、これぞ、女の戦場だと身を震わせた。一方は高らかに笑いたいのを我慢したものであり、もう一方は怖さからくる震えであるが。


 明暗がくっきりしたお茶会は、そう長い時間をかけず解散となった。妃ら二人が、妃辞退と退城を告げたことで、『まあ、残念』などの思ってもいない言葉の羅列を、儀礼的に皆が発しお開きになったのだ。




***


 帰り際


「あっ、これ。どうぞ、サブリナ様」


 フェリアはテーブルの上の『紫色の小瓶』をサブリナに差し出す。サブリナは眉を寄せた。その小瓶をなぜ私に渡すのかと、顔が言っている。フェリアはあれっ、おかしいわねとの顔で、こう言った。


「これ、元はサブリナ様のものでございましょ?」


 サブリナは顔を紅潮させる。


「違いますわ! そちらの侍女の物でしょ!」


 サブリナはフェリアの例の侍女を指差していた。


「あら、あなたの物なの?」


 侍女はサブリナとフェリアの顔を交互に見て、目を潤ませる。どう答えればいいか、わからないのだろう。『あっ、あっ』とただ吐き出す息のような声を出しただけだ。


「まあ、出所のわからぬ……あやしい気つけ薬でしたのね。では、私がもらい受けますわ。ええ、私が、このあやしい『紫色の小瓶』の所持者になりましょう」


 フェリアは小瓶を持つと、サブリナに向けて口角を弓なりに上げた。


「これで、私が使用できますわね」


 サブリナは目を見開く。そうである、気づいたのだ。毒をみすみすフェリアに渡したのだと。首根っこをフェリアに掴まれたのだと。なぜなら、『紫色の小瓶』をフェリアがどう使おうが、気つけのはずだと言えるのだ。侍女から譲り受けたと言えるのだ。それが毒であると知らないはずのフェリアが、どのようにでも使用できるということ。


 もし、使用され犠牲が出たとて、元はフェリアを狙ったのだと証明される。その出所を探られるだろう。サブリナから女官長へ、女官長から侍女へと渡った『紫色の小瓶』は、どういう意味に捉えられるか。フェリアの采配で『紫色の小瓶』はどうとでもなる。


 よって、サブリナは詰んだ。


 フェリアが『紫色の小瓶』が毒であると知らないはずはない。お茶会での言動をみればわかることだ。知っていて、サブリナに気つけだからと飲ませようとしたのだから。だが、そのことを証明することはできない。サブリナが、声高に毒だと宣言することは、サブリナ自身になぜ毒だとわかるのだと問うことになる。だからこそ、お茶会では『紫色の小瓶』は気つけで通っていた。今更、毒である、自分の物だから返せとも言えない。それこそ、フェリアの侍女に毒を渡し何を狙ったのかと問われよう。


 サブリナは、綺麗な口角のフェリアに、その顔の意味に、『ヒュッ』と息を吸い込んだ。フェリアの顔は、『全てわかっておりますのよ』そう言っているように見える。


「……」


 サブリナは無言で、ゆっくりとフェリアに膝を折った。頭を下げたのだ。


「楽しいお茶会でしたわ、フェリア"様"」


 全く楽しくない顔で、サブリナは言ったのだった。

次話7/14(金)更新予定です。

金・土の更新は、スケジュール過多のため更新時間が遅くなるかもしれません。午前中の更新は変わりません。


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