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31番目の妃*22

 すでに、フェリア邸は急ピッチで再建が開始された。


 ケイトはゾッドから昨夜の事情を聞き、夜に側にいられぬことを悔やむ。子供は十を過ぎ、寄宿舎に入れようかと悩んでいた時の事件だ。さっさと入れておくべきだったと、ケイトは悔やんでいるのだ。


 ここダナン国において、十を過ぎた男児は社会勉強のため、教会の寄宿舎や、騎士の寄宿舎、兵士の寄宿舎などで下働きをすることが多い。それは平民に限らず貴族の子息も同じで、これがダナン国の土台と言っても良いだろう。十を過ぎた我が儘小童を、親元から離して甘えのない生活をさせることで、自立を促し、身勝手で傲慢な人間を作らぬようにするのだ。同じ釜の飯を食った仲間意識は、身分を気にしなくもなる。


 反して、女児は根強い身分意識がある。あのミミリーも彼のサブリナも。もちろん、女官長も。それが、このダナン国の負の部分であると同時に、身分制度を崩壊させない砦にもなっている。


 さて、フェリア邸には今ビンズとゾッドを含めた担当騎士の三人、ケイトとで、いつもの五人が居る。焼けた邸の見分をして、中の物がいっさい使えない状況であると判断した。それは、フェリアがカロディア領から持参したもの、さらには王マクロンから依頼された平民服もしかりだ。


 ケイトは悲しげに眉を下げる。そして、次第に沸々と怒りが顔に現れ、眉が鬼のように上がっていく。


「姉さん、顔が怖いよ」


「ああ、そうさね。そこまで怒ってんだい 。皆だってそうだろ?」


 皆頷く。後宮の洗礼のミミズ箱から一気にここまでの荒事に飛躍するのは、ありえない。ブッチーニ侯爵家……ミミリーの指示とは到底思えない。では誰か?


「一番怪しいのは、不貞だと騒いだ侍女と女官長……背後の妃もいるのでしょうかね?」


 ビンズは、ケイトのその発言に難しい顔をした。この荒事に妃も関わっているとなると、その対処に頭を悩ませられる。それも高位の者が関わっていたとなれば、身分をかさに荒事さえ些細な事にされてしまう恐れもある。マクロンがそれを決して許しはしないだろうが。


「今は詰問府に委ねるしかないでしょうね。全く違う犯人の可能性もありましょうから」


 と、ビンズは肩をすくめた。




***


 捕らえた者を前に、マクロンは十分に圧をかける。男らはさっさと女の指示だと口を割った。王城の手引きもその女がしたと。31番目の妃だから気にせず拐え、売り払えと指示されたそうだ。下位であるが、妃の名を有した者を好む悪名高い下賎なお貴族や金持ちがいるだろうと唆して。


『邪魔な妃だからここから連れ出せ。妃を捕らえて騎士に言うことをきかせ、邸から居なくなれば駆け落ちに見えるから、罪に問われることはない』


 そう言って、女は金を見せびらかした。前金の高さと、売り払った金も好きにしろと言われ、おそれ多くも王城に侵入したそうだ。


「さてと、女。いや、王城の侍女であるな」


 マクロンの問いかけに、女はプルプルと首を横に振る。


「侍女でもない女が、王城の妃邸に手引きできるとは思わんがな」


 マクロンは詰問府の長に目配せを送った。長は女官長を連れてくる。女官長は女の存在を確認すると、顔を強ばらせた。


「これは誰だ、女官長」

「解任された侍女にございます」


「王城の侍女か?」

「はい、そうにございます」


「解任理由は?」

「騒ぎを起こしましたゆえ」


「『解任された』と言ったな。『解任した』ではなく、された……さて、誰にされたのか? 女官長であるお前でなく、誰に解任されたのだ?」

「そ、それは……」


「言い淀むか。では、騒ぎの報告をせよ」

「……お妃様邸で不貞疑惑を騒ぎましてにでございます」


「ほお、不貞と騒ぎ立て、我をフェリア邸に運んだのは女官長お前であったと記憶しているのだがな」

「それは! ……そこの侍女が勘違いをしまして」


「で、解任された?」

「はい」


「誰に?」

「……」


「まだ、口を割らんのか。女官長の主は我ではないようだな」

「! 決してそのようなことはございません!」


 マクロンの足元に女官長はひれ伏した。だが、マクロンは容赦ない。


「王の城において、王を主としない侍女が居ろうとはな。それも、王城の侍女を束ねる女官長も同じである。つまり、我に挑むと言うことだな」


 マクロンは詰問府の者に合図を送った。


「王様への反逆は明らかとなった! 直にその身で石台の乾きを鎮めよ」


 石台とは処刑台のことだ。処刑台の乾きを鎮めよとは、血で潤せということ。女官長と、侍女が泣きわめいた。真っ先に女官長がその名を口にする。


「11番目のお妃様にございます! その騒ぎを起こした侍女を解任したのは、サブリナ公爵令嬢様にございます!」


 マクロンは連行を止めた。侍女に視線を合わせる。女官長の言葉の真偽を確かめるために。


「まことか?」

「はいぃっ!」


「して、11番目は何と言ってお前を解任し、何と唆してお前に荒事を指示した」

「……あっ……あの、指示はありません。ありません」


「ほお、ではお前が勝手にやったことか?」


 ここで侍女はちらりと女官長に視線を動かした。女官長はぎょっとし、侍女を睨み返す。


「もう一度訊く。お前が勝手にやったことか?」


 マクロンは侍女の視線をあえて汲み取らなかった。侍女は息を短くハッハッと吐き出す。マクロンはいっさい圧を下げない。


「ぉ、ひぃ、王妃」


 侍女はそう溢すと、堰をきったように言葉を紡ぐ。


「王妃、侍女になる。忠誠、だから。サブリナ様のためにぃぃ! 手柄だからぁぁ! いなくなればいい」


 侍女の内にしかわからぬ言葉の羅列である。マクロンは眉を寄せた。詰問府の者も怪訝な面持ちで紙にペンを走らせる。侍女は『王妃侍女、手柄、王妃侍女、手柄』と狂ったように紡ぎ口を止めない。マクロンは詰問府の者に合図をして、侍女を下がらせた。下がる場所はもちろん牢屋であるが。


「さて、女官長」


 マクロンの呼びかけに女官長がびくんと体を震わせた。


「同じ釜の飯は美味いと知っているか?」


 女官長のみならず、その場の者全てがこの質問に対して口をポカンと開けた。


「身分と優劣は別であるのだ。お前は高い身分であるが、優劣で言うならば今のお前は劣だ」


 マクロンの言葉に女官長は唇を真一文字に強めた。劣だと言われた悔しさを唇が抑え込む。反してしまわぬように。


「お前らが不貞だと騒いだフェリア邸では、フェリアも騎士らも同じ釜の飯を食っていただろ。お前はあの邸に侍女も着かせず、飯も運ばず、妃としての準備もしなかった。あろうことか、我が足さえも妃邸に向かわせないようにした。お前は、これらしなかったことが、まさか優だと胸をはるつもりなのか?」


 女官長は口を開けた。マクロンは問うたのだから。何か言わねばと口を開けた。しかし、出る言葉はない。


「ましてや、女官長として、解任された侍女が暴挙に出る可能性も考え、邸に心配りすることも怠っている。女官長であるにも関わらずだ! いっさい手を出さぬことがどういうことか、誰が見てもその理由は明らかぞ!


お前が、首謀者か?」


 詰問府がヒンヤリした。最後のマクロンの言葉はマクロンの手となって女官長の首をしめる。首をしめられ、そうだと答えれば、石台行きだ。違うと答えれば、誰だと問われる。無言を貫いたとて、ただ終わらぬ詰問府の時間が続くだけだ。知らぬ存ぜぬなどは、封じられた。普通のことをフェリア邸で行っていれば、そう言えたのだと女官長は気づく。妃への対応を、あえてしていなかったということは、フェリア邸を知っていたということだ。


「サブリナ様……が、王妃の座に相応しいと思い……担当侍女が……王様が名を呼ぶ31番目のお妃様を……排斥しようと……したのでしょう。私も、まんまと……それに、不貞だとのことに、……のせられてしまい……見抜けなかったのです。ですから、騒ぎ立ての後、サブリナ様は対応侍女を解任されました。……私は路銀を渡し城を降らせたのですが、解任を31番目のお妃様のせいだと逆恨みし、悪党と組んで戻ってきたのでしょう。サブリナ様も私も、関わっておりません。サブリナ様の御名に傷がつくと思い、黙っておりました」


 マクロンは口角を上げた。途中までたどたどしかった言葉が、途中から滑らかになる。どう答えればこの難局を切り抜けられるのかと働いた女官長の頭を、マクロンは笑ったのだ。その言い訳しかないように、事を運んだマクロンにとって笑わずにはいられないだろう。女官長は上手く言えたと思っているだろう。だが、王マクロンは言う。


「そういうことか。……そういうことにしといてやろう。さあ、女官長立て。お前の主に報告してこい。王は侍女の復讐だと思っているとな」


 女官長はカタカタ震えだした。王マクロンが、思った通りに事を進めているのだと気づいたのだ。あの『よくぞ言ってくれた』という笑みが女官長にもわかる。自身は踊らされていたと。立つことなどできず、地面に額を擦り付ける。『主は王様にございます』そう何度も言って。王マクロンがその場を後にしたことも気づかずに、言い続けた。


「行かれよ。王様のご命令を遂行されよ」


 詰問府の長が女官長の肩に触れる。女官長はパッと顔を持ち上げた。


「命令?」


「ああ、そうだ。侍女の復讐だと思っていると伝えるのだぞ」

次話6/30(金)更新予定です。

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