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31番目の妃⑲

 ケイトに促されて言った言葉に、フェリアは羞恥のあまり逃げ出した。しかし、声が追いかけてくる。


「我は手紙を書く! 我の元にリボンが増えることを願う!」


 フェリアは足を止める。本当は駆け寄りたいと、心が訴えている。しかし、自制をきかせてフェリアは一礼した。了承の意味を精一杯込めた礼を。




***


 邸に戻ったフェリアを待ち受けていたのは、またも木箱であった。ゾッドが困惑げに小さな木箱を持って立っている。


「15番目のお妃様の例の侍女よりお預かりしました。ブッチーニ侯爵様がこちらをフェリア様にお渡しするようにのことでして。お断りはしましたが、半泣きされて受け取ってしまいました」


 ケイトはポカンとゾッドの頭を叩いた。姉ゆえの所業だ。


 フェリアはゾッドに木箱をティーテーブルの上に置くように指示し、ケイトにそれを開けさせた。


「……ハンカチでございますね」


 小さな木箱の中に、丁寧に折り畳まれたハンカチが五枚ほど入っていた。


「お茶会で、フェリア様のハンカチを駄目にしたことへの、ブッチーニ侯爵様からの謝罪と……お礼でございましょう」


 フェリアは木箱の蓋をパタンと閉じた。


「後宮の妃に殿方が贈り物をする事の思慮を欠いていますね。ブッチーニ侯爵様に一筆しますので、ケイト行ってくれる? 王様を通してくださいとね。ゾッド、あなたはビンズに報告を」


 フェリアはウィンクした。ケイトが『はい、そうでございますね。良い判断です』と頷く。


 つまり、王様とブッチーニ侯爵を会わせ謝罪の機会を与えようとする狙い。加えて、事前にフェリアへブッチーニ侯爵が謝罪とお礼を贈ったことを、王マクロンに伝えることで、ミミリー令嬢の失態の対処に、ブッチーニ侯爵が素早く動いた感をマクロンに伝えることができる算段だ。そして、それを知った上でブッチーニ侯爵からのフェリアへの贈り物は、王マクロンを通すことで正当化される。正式な謝罪とお礼となる。王マクロンも許容するということだ。


 フェリアはそれを行おうとしている。ケイトは、良い判断だと答えた。ケイトは思う。フェリアのこの機敏で思慮深い判断は、王マクロンの横に立つ妃に相応しいと。




***


 さて、その頃。フェリアが木箱の扱いをしている頃、王マクロンもまた届けられた物に対峙していた。


「……2番目の妃からか」


 それは2番目の妃からの手紙であった。辞退の申入れがあった妃である。その妃が、わざわざ手紙を王マクロンに出してきた。マクロンは、その手紙に嫌な予感しか感じない。小さく舌打ちし、中を開いた。


 マクロンの顔は最初こそ睨むような目付きであったが、次第に不敵な笑みを作り出した。


「ビンズ、急ぎこれの母国に使者を出せ。これの要求を、我は受けようぞ」


 これとは、2番目の妃のことである。フェリアに羨望の眼差しを向けていたあの気位が高い、笑みもせぬ妃。マクロンが疎んでいた妃だ。その妃からの要求は、マクロンを喜ばせるものであった。


『妃は辞退しますが、公には2番目の妃としてダナン国に残りたく申入れいたします。


 私は、ダナン国との友好の証しとし『フェリア嬢』のお妃教育を承りましょう。ですが、それは内密に。表向きは2番目の妃がよろしいでしょう。


 公に私が高位の妃候補として存在することで、『フェリア嬢』を疎まんとする口うるさい者どもを九ヶ月後の正式な妃選定まで黙らせられましょう。どうぞ、私の存在を十分に使ってくださいませ。私も、それを利用し『フェリア嬢』に近づきます。後宮の洗礼と見せかけて、実情は教育にございます。『フェリア"様"』にとって妃教育は十分な洗礼とも言えましょうから。


 私がフェリア様の盾となりましょう。表向きは剣として存在いたします。


 母国への手紙はすでにしたためております。大国ダナンの密命を承ることで、他国に抜きん出た貢献ができます。母国の名誉となります。私の母国での地位は確固たるものになりましょう。


 笑みは苦手ですが、ダナン国王様に九ヶ月後、笑顔をお贈りできますわ。


 私の要求をお受けいただくならば、使者を用意くださいませ』




***


「やっぱり、侯爵令嬢はボロを出したわね。全く、使えないお馬鹿さんだったわ」


 その令嬢は侍女らに囲まれ、全身を磨きあげられている。見た目は上品で清楚という言葉が似合う令嬢である。


「侯爵令嬢ごときが王妃を狙うなんて、本当にお馬鹿さんだわ。皆もそう思うでしょ?」


「はい、誠にその通りにございます。王妃に相応しいお方は、サブリナ様にございます」


 侍女の答えに、11番目の妃サブリナ公爵令嬢はフフッと上品に笑った。


「田舎虫も追い出せないお馬鹿さんなんて、王妃になんてなれるわけないのにね」


 自国の妃候補筆頭であるは、このサブリナ公爵令嬢だ。


「どんなに愛されても、後ろ楯もない田舎虫だってそうだろうけれどね」


 そう言ったサブリナ令嬢は、テーブルの上の茶葉を掴むと、ゴミ箱に落とした。高級茶葉をである。


「選ばれないモノなんていらないわ。……お馬鹿さんに唯一同調できるのは、選ばれないなんてあり得ないってことよ!!」


 その瞳が見つめるのは、王妃の座。この令嬢も侯爵令嬢と同じく、欲するモノを必ず手にいれてきた。ただ、彼の嬢のような我が儘な甘えん坊の幼児でなく、狡猾な手段でその手に欲するモノをおさめてきた令嬢として。選ばれないことがないように、事を行う力を持っている。


「後宮の洗礼、受けてもらいましょう」


 上品であった笑みが歪んだ。




***


 フェリア邸には、いつものように騎士らが訪れている。朝食を食べ、畑仕事をし、仮眠をとり、鋭気を養い妃らの邸に向かう。それは、いつもの風景である。だが、そのいつもの風景に亀裂が入る。


「な、なんてことなのでしょう!」


 見たこともない女がフェリア邸の門扉で叫んだ。サブリナ令嬢の侍女である。


「お妃様であらせられるのに、このように複数の騎士らをたぶらかすなんて!!」


 侍女は、目を見開きおおいに叫んだ。そこに、女官長が何事かと現れる。取って付けたような登場だ。


「まあっ!! 王様にご報告せねば! 後宮の一大事にございます。31番目のお妃様、邸にて謹慎くださいませ!」


 筒がなく言葉は紡がれていく。


 それを、フェリアとケイト、騎士らはポカーンと見つめるばかりである。


「不貞でございます! 不貞でございます、王様ぁぁ」


 女官長は大声で発しながら走っていった。侍女はさめざめと泣く。泣きながら、語り出す。


「サブリナ様から、フェリア様をお茶会にお呼びするように仰せつかって、来ましたのに……こんな、こんなふしだらな方だなんて。王様のお渡りもあるお妃様だというのに……王様の大切な方だから、サブリナ様も大切にしたいと……後宮で肩身のせまい思いをしているのではと……お気遣いになられて……ああ、サブリナ様サブリナ様ぁぁ」


 フェリアは白けている。とりあえず最後まで聞いてはみたが、興味を無くしいつもに戻った。


「ほら、皆さん! さっさと食べてね。時間がないでしょ。急いでね。仮眠時間が減ったら、体がもたないわ。後二日よ、頑張って」


 門扉に踞る女を完全に無視し、フェリアは日常をおくった。騎士らも、イタイ者でも見るように侍女を一瞥し、日常に戻る。ケイトに至っては、女官長の再登場を心待ちにしているのか、嬉々とした表情で待ちわびている。


「……」


 踞った侍女は、予想に反した周囲の行動にどうしていいかわからず、こちらも女官長を待つのみだ。


「こちらです! こちらでございます、王様!」


 ある種、皆が待ちに待ったお二方の登場である。一方は女官長、もう一方は王マクロンだ。マクロンは嬉しそうな顔である。31日以外にフェリアに会えること、二日連続で会えることの嬉しさで上機嫌だ。


「フェリア嬢、おはよう」


 踞る女をフェリア同様に無視し、マクロンはフェリアの元に向かう。


「おはようございます。マクロン様」


 フェリアもマクロン同様、嬉しそうな顔でマクロンを見る。この微笑み合いに、騎士らは納得げに二人を見つめていた。


「王様……」


 女官長は勢いを失う。マクロンは騎士らに労いの言葉をかけているからだ。フェリアの腰に手を回して、共に騎士らに声をかけている。


「長い五ヶ月間をよく耐えた。フェリアの茶は美味しいだろ、我から皆への感謝の茶だ。皆、順繰りに交代し飲むのだぞ。


フェリア嬢、手間を取らせるが頼んだぞ」


 マクロンの即興に、騎士らが真っ先に反応する。


「王様がお選びになった一番のお茶を頂けて、光栄にございます!」


 ゾッドが声を張り上げた。


 女官長と女の顔色が急激に変化していく。


「で、女官長。何用であったかな?」


 マクロンはニコニコと女官長に問いかける。この種の笑顔こそ恐いものはない。女官長は肩をすぼめて、青ざめた顔で項垂れた。


「良い働きであったぞ、女官長。所定の日以外に会わせてくれたのだからな」


 女官長は小さな声で、『滅相もありません』と全てを集約させ、終息させる言葉を紡いだのだった。


「で、この女は誰だ? 警護騎士、何をやっている。不審者がいるぞ、引っ捕らえよ!」


「ひっ、違います! 違いまする! 私はサブリナ様の侍女にございます。フェリア様をお茶にお誘いするために参りました」


 女官長よりも青ざめたその女、侍女は、泣き語りの時とは違い、必死に言い繕っていた。


「ごめんなさい。私、本日は騎士らにお茶を振る舞う役目を、王様から賜っているの。お茶会には行けそうもないわ。残念ですわ。サブリナ様にはお気遣いいただいて嬉しく思いますと伝えてくださる?」


 侍女はフェリアの言葉に首を何度も縦に振る。それから、脱兎の如くフェリア邸から去っていった。女官長もそれを追うように、『失礼します』と頭を下げて退いていった。


 フェリア邸はいつも通りだ。唯一違うのはマクロンが居るということ。フェリアと微笑み合っているという……幸せな光景である。

次話6/26(月)更新予定です。

次週更新予定は、月・水・金・土(+α)

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