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31番目の妃⑮

 騎士らとケイトは、ビンズからあの木箱の送り主が王だと聞いてびっくりしたが、次第に嬉しそうに顔をゆるませた。


「まあ、ですからあのように大事に邸にお持ちして、きっと丁寧に一針一針するのでしょうね」


 ケイトが邸を見つめて言った。


「フェリア様の腕前なら数日でできてしまうでしょうね」


 ゾッドも続いてそう言った。




***


 フェリアは邸宅の中で再度手紙を開いた。邸の入り口でビンズがフェリアの返事を待っている。なぜかそわそわしてしまうと、フェリアは落ち着かずうろうろとする。開いた手紙を見ながら、うろうろうろうろ。


『フェリア様、お返事の紙はありますでしょうか?』


 外から声がかけられ、ハッとしたフェリアは荷物を中を探して紙をとる。


「あ、ありがとう。紙、ありますので、ちょっと待ってください!」


 テーブルに紙を置く。そして、ペンを取った。しかし、フェリアのペンは動かない。フェリアは焦った。焦るあまり一筆、本当に一筆だけを書いた。


『頑張ります』


 もう、何がなんだかわからないが、一生懸命服を作るように頑張る……その気持ちだけの一筆である。それから、再度フェリアは荷物箱に向かう。中から、リボンを選ぶ。宝飾品はないが、髪を飾るリボンはたくさん持ってきた。それだけがフェリアを飾る物なのだ。服作りで余った布にレースをつけたりした凝ったリボンらである。そのうちの一本を手にした。緑のそれを文に巻く。封蝋と印章のないフェリアにとっての、唯一フェリア自身からだとわかるものだ。あの朝、髪を飾っていたリボンであるから。


 マクロンの手紙に差出人の明記がなかった。しかし、それがマクロンだとわかるのは、ビンズが持ってきたこととクルクルスティックパンの記述である。あの朝、出したパンだからだ。


 フェリアは扉の前で一呼吸して開けた。


「これを……マ、クロン様にお願いします。それと、マクロン様専任の針子さんから採寸表をもらってきてくれませんか」


 フェリアの口調はいく分早口で、いっぱいいっぱいになっているのがうかがえる。ビンズはクスリと笑い、了承する。フェリアがそのビンズの笑みに反応して、何か言いたげに小さく口を開けたが、出てくる言葉はなかったようで『もうっ』と言っただけであった。


「すぐに手配します。……後、一週間でお妃様の意向をうかがうことになります。よろしくお願いいたします」


 フェリアは、ビンズのその発言にぴくんと体が揺れた。浮き足だった心がスーッと引いていく。


「王様のお気持ちは、木箱につまっております。どちらにせよ、真心のお返事をお願いいたします」


 コクンと頷いたフェリアの顔は凛としていた。




***


 フェリアは、稀少な薬草の種を蒔いた畑をしゃがんで眺めている。蒔いてまだ一週間しか経っていない種が発芽することはない。しかし、フェリアは眺めている。そこにある薬草への希望と……これがこの王城に留まる理由になることを、フェリアは喉がつまったかのように感じていた。


『違う……それを理由にしてはいけないわ。会いたい……また、会いたいのだもの』


 思い出すのはマクロンからの手紙である。ビンズの言葉である。真心の返事をどう返していいのかと、フェリアはほんのり頬を色づかせ、芽吹いていない薬草畑を眺めながら思うのであった。




***


 マクロンはリボンを手に遊ぶ。思い浮かぶのは、それが飾られた髪。まだ触れたことのないそれが、どんな手触りなのだろうかと思う。その思いは、触れたいという欲求だということに、マクロンは気づき『まいったな』と小さく呟いた。


「え? 何かお困りですか」


 その呟きをビンズに拾われたマクロンは、何でもないと切り返そうとしたが、ふと思い至った事をビンズに問うた。


「次の31日は三ヶ月後になるのだな?」


「そう……なりますね。31番目のお妃様がお残りになる意向であるならば」


 マクロンはドクンと衝撃を受けた。常に感情を面に出さないマクロンが、眉間にシワを寄せている。感情をあえて出し、周りを威圧することはあるが、心の機微を出すことはそうそうないマクロンがである。


 ビンズの言葉の衝撃がマクロンを動揺させた。マクロンの権力を持ってして、留まらせることはできるだろうが、それでは駄目であるのだ。心がそれを望んでいないのだから。マクロンはリボンを見つめる。


『会いたいものだ』


 ぽろんとマクロンの心がその声を落とした。




 フェリアとマクロン、あまりに短い交流が互いの心を惹き付けたのだった。




***


 チクチク、チクチク……


 フェリアは丁寧に服を縫っている。カロディア領で、リカッロやガロンの服を作っていたフェリアにとって、一着服を作ることはそう難しいことではない。採寸表が届いて一日も経つとすでに服の様相になっていた。


 フェリアは時おり広げてみては、それを身につけたマクロンを想像し、嬉しそうに微笑むのだ。本人はそれを自覚していない。出来ばえバッチリだと広げて見る行為は、いつものことである。しかし、騎士らの服を縫って確認するそれとは、明らかに表情が違っていた。


 そのフェリアに、ビンズが声をかける。


「フェリア様」


 フェリアはティーテーブルの上で丁寧に服を畳むと、ビンズに向き合った。


「珍しいですね。こんな昼間に来るなんて」


 ビンズはかしこまって頭を下げた。フェリアは、いつもと感じの違うビンズに、後退りしそうになるも何とか踏みとどまった。ケイトがギロリとフェリアを見つめているからだ。ケイトの令嬢教育によって、立ち居振る舞いが叩き込まれている。


「何用です、ビンズ?」


 フェリアは、姿勢正しくビンズに問う。


「三日後、王様主催のお茶会が開催されます。お妃様全員がお揃いになるお茶会になります。不参加はできません。ご準備をお願いいたします」


 ビンズは招待状を差し出した。フェリアは、ケイトに視線を送る。ケイトが、招待状を受け取るとフェリアに渡した。三ヶ月前のフェリアなら、自ら招待状に手を出したであろう。ビンズは穏やかに笑む。合格だと言わんばかりのその笑みに、フェリアは少しだけ嬉しくなった。もちろん、ケイトや騎士らもである。


「ビンズ、ご依頼の状況をお伝えしたいのですが、また文を頼んでもよろしいかしら?」


 フェリアはティーテーブルの上の服をチラリと見て、ビンズに意を汲むよう促した。


「はい、ご依頼主さまもお喜びになりますでしょう。『頑張り』状況を是非ともお伝えください」


 ビンズはニヤリと笑う。さっきと違うのは、王命を扱う際との差というものだ。マクロンの友として、フェリアのご用聞きとして、ビンズは笑っている。


 フェリアはマクロンがビンズに文の内容を教えたのだと知り、とても羞恥した。今回の文は三行になる。


『私は誰にも文を見せません。


 大切な私だけの言葉にしたいから。


 二人だけが知る言葉にしたいから』


 ……ビンズに託してから、フェリアは気づく。その文には服の依頼の状況がいっさい書かれていないことと、赤面ものの言葉を羅列したということに……

次話6/19(月)更新予定です。

次週更新予定、月、水、金、土です。


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