31番目の妃⑭
「あの、間違えてこちらの荷物が届けられたので、持ってきましたの」
フェリア邸門扉をくぐろうとしたケイトに、侍女らしき女が声をかけた。ケイトは侍女の持つ木箱に視線を移す。いかにも怪しそうな箱である。
「どちらの邸に間違えて届けられたのでしょうか?」
「あ、えっと……お気になさらず、あの単なる間違いですので、こちらのことは……ええお気になさらずに」
侍女はしどろもどろになりながら、ケイトにずいと箱を押し出す。しかし、ケイトは受け取らない。侍女は唇の端を噛む。どうしてもこの箱をフェリア邸に届けねば、主の逆鱗に触れてしまうのだ。それが、小さく体に震えをもたらした。
「……厄介な主に仕えて大変ね」
ケイトは侍女の頭に声を落とした。侍女はばっと箱を地面に置くと逃げるように走っていった。ケイトはため息を吐きながら、木箱を持ち上げた。後宮に届けられる送り主のない木箱がどういうものか、フェリアは知っているだろうか。ケイトはそう思いを巡らせ、フェリアを試すように木箱を運んだ。
「フェリア様、こちらが届けられました。間違えて他の邸に届けられたのを、さきほど名のりもしない侍女が置いていかれました」
フェリアはケイトから箱を受け取る。何の躊躇もなくフェリアは箱を開けた。
うにょ
うにょうにょ
うにょうにょうにょ
「ひゃあぁぁぁ」
フェリアは甲高い声を上げた。
「フェリア様、ミミズぐらいで悲鳴を」
「大地の神よ! なんてなんて素晴らしいミミズなの! この太さ、この長さ、この艶めき、この素晴らしい動き、なんてなんて神々しい!」
ケイトはあんぐりと口を開けている。悲鳴かと思った叫びは歓喜の奇声だったようだ。
「こんな素敵なミミズを私に贈ってくださるなんて……とーっても、素敵な方よね。ケイト」
ニヤリと笑うフェリアに、ケイトはさらに驚いた。この素晴らしい贈り物の意味を十分にわかっているのだと。
「このミミズたちで、良い土ができるわ。ふわっふわの土を作らなきゃ」
ケイトは弟ゾッドが言っていた規格外のお妃様だとの言葉を、今日に至ってはじめてのみ込んだ。たった三日しか接していないが、弟がなぜこのお妃様に肩入れするのかを理解した。いや、すでに昨日の一件でわかっていた。ケイトのみならず、女官長まで黙らせたあの一件で。ケイトは心が沸き立った。このお妃様に仕えたいと。弟ゾッドに視線を向けると、『だろ?』と言うような顔で見返してきた。ケイトは『ああ、そうだね』とこれまたそのような顔つきで返したのだった。
***
すでにフェリアの情報はマクロンに上がっている。昨日のケイトや女官長を黙らせた一件や、今朝の後宮の洗礼たるミミズ箱のことも。マクロンはクックックと笑って愉しそうだ。つと、マクロンは良いことを思い出したと、ビンズにそれを相談した。
「贈り物ですか……」
ビンズは難しそうな顔で呟いた。
マクロンは木箱に入れて贈り物をしたいと考えた。送り主を告げずの木箱をフェリアに開けさせ、驚かせたいと思ったのだ。あの朝のように、頬を桃色にさせる贈り物は何だろうか? そう考えて心がうきうきと軽やかになる。マクロンは、そんな状態の自分を笑った。
対してビンズは難しそうな顔を崩さない。他のお妃様との平等性が崩れてしまう。そうでなくても、夜のお渡りはすでに周知されているだろう。フェリアに対する他のお妃様の敵対心が煽られてしまいかねない。すでに、洗礼たるミミズ箱が届けられたのだ。
加えて、もし贈り物を実行したとしても中身の問題がある。宝飾品など贈ってもフェリアは嬉しいと思わないだろう。ビンズは頭を悩ませた。
「平等性を失わず、フェリア様がお喜びになる贈り物とは、難題にございますね」
「生涯の伴侶である妃を選ぶのだ。元々平等性などないだろう。31まで位をつけているんだから。対外的に位があるなら、王である我の心情的優位をつけても良かろう。我は絶対にフェリア嬢に贈り物をするぞ」
マクロンは、ビンズの心配をのみ込むほどフェリアはその上をいくだろうと思っている。その実力がなければ、マクロンの求む妃にはなれない。他の妃からの敵対心をさばけるほどの実力を望むのだ。本人には自覚はないであろうが、騎士やあのケイトを惹き付ける人間性や、女官長やミミズ箱をものともせずに対処する器は、きっとそうなのだろう。マクロンは、お飾りの妃はいらない。愛だけをささやく妃もいらない。愛しか求めない妃もいらない。自身を支えうるかもしれぬ高位貴族の傀儡妃であっても願下げである。
「ならば……生地はどうでしょうか?」
ビンズはそう答えながら、考えをまとめている。
「フェリア様は服をご自分で作っておいでです。騎士らの服も繕っていたりと。趣味だと言っておりました」
「では、好みの生地を贈ろうではないか。すぐに準備を」
「いえ、贈り物でなくするには王様が望む生地を送るのです。『我の服を作ってくれ』との手紙をつけて」
ビンズは笑みを穏やかに作り、『これなら贈り物にならないですから』と告げた。そしてこうまとめた。
「まあ、作られるのはお忍びに使えるように平民の服をと、依頼するのです」
それを聞いたマクロンはいたずらな顔をした。
「城下町でデートしよう。としたためたら面白いであろうな。フェリア嬢の顔はどう色づくだろうか」
***
ビンズの持つ木箱にはマクロンが選りすぐった生地が入っている。ミミズ箱から三日が経っていた。妃選びの最初の段階も、後一週間ほどになっていた。
「それは何ですか?」
ケイトがビンズに問う。ビンズはハハッと乾いた笑いをし、その質問をスルーした。そして、フェリアに木箱を差し出す。
「フェリア様、こちらをどうぞ。門扉に置かれておりました」
「まあ、この前より大きい箱ね」
フェリアはふふふと楽しげに笑う。臨戦態勢ばっちりである。
「私が開けましょう。もしも危険なものが入っていたら大変ですから」
ケイトが箱に手をかけた。ビンズは思う。確かに中身は危険だ。王マクロンからのものである。心情的危険物と言っていいだろう。ケイトが木箱の蓋を開けた……
「まあ、これは生地ね」
フェリアは中を覗きこんで呟く。その生地の上に手紙を見つけフェリアは手を伸ばした。ケイトがそれを阻み、代わりに手紙を手に取り刃物などが入っていないかと確かめた後に、フェリアに渡した。
フェリアは中の手紙を開いた……
『我の服を作ってほしい。我が城下町にお忍びで行く際の平民服を。できうれば、我と共に城下町でお忍びデートをしよう。クルクルスティックパンを一緒に食べようではないか』
フェリアの目がパチパチと瞬かれ、次第に頬が色づいていく。ケイトが不審に思い、手紙を確認しようとしたが、素早くフェリアは手紙を胸に押し当てた。
それから、フェリアはビンズにその熟れた顔を向ける。睨んでいるにも関わらず、それはそれは美味しそうな……王マクロンが望んだ小さな芽吹きのような表情だ。
ビンズはホッとした。心の土台はあったようだと。
「お、お返事を……」
フェリアの口から出た言葉にビンズは晴れやかに笑みながら頷いたのだった。
次話6/17(土)更新予定です。




