31番目の妃⑬
ゾッドの姉であるケイトは、フェリア邸に訪れるや否や、突進の如くフェリアに向かっていく。
騎士であるゾッドと同じ背丈の大柄な女が、突進してくる様にフェリアは『ヒィ』と悲鳴を上げて、すぐに駆け出した。女二人の追いかけっこのはじまりだ。どんくさそうな小娘であるフェリアが、すぐに捕まるかと思いきや、フェリアはことのほか素早くなお体力もあった。延々と続く追いかけっこを止めたのはゾッドである。
「姉さん、もういいだろ!」
フェリアはゾッドの声で足を止めた。
「姉さん?」
「はい、これは私の姉ケイトです。フェリア様の侍女にと連れて参りました」
ケイトはゾッドの横に並び頭を下げた。
「合格です、フェリア様」
ケイトはいきなりそう告げる。フェリアは何のことやらと小首を傾げた。
「それだけの逃げ足と体力があれば、もしものときの緊急時に、お一人でも一時対処できます。王様のお妃様として、これは必須条件ですから」
「……は?」
フェリアは言われた事が理解できていない。ケイトの発言が突飛すぎて、ゾッドが侍女だと紹介したことは頭の端にも留まっていない。
「私ケイト、久しぶりに令嬢様のお世話ができるとのこと、歓喜にうちふるえております。全身全力で余すところなくお仕えいたします」
ケイトの勢いにフェリアはまた『ヒィ』と後ずさった。
「フェリア様、ケイト姉さんは結婚前には数多のご令嬢の侍女をしておりました。短期間で素行の悪いご令嬢方を強制更正させる、敏腕侍女として有名でした」
ゾッドがゾッとするようなことを言う。フェリアは自身でわかっている。だから、侍女は嫌だったのだ。令嬢にも達していないフェリアに、侍女がつけばこうなるのだ。令嬢たるに見うる教育、つまるところ口うるさい者がいつも近くに居る状態になると。
「私、侍女はいらないと言ったわ」
「王様のご命令ですので」
フェリアは必死に訴えたが、その一言でガクンと膝を崩した。穏やかで充実した生活は終わったのだと自覚して。
***
「まあ、女官長たる私が報告を受けていないのですが?」
翌朝、すでに戦いがはじまっていた。
「まあ、それはそれは……王様のご命令で来ておりますの。信頼のおける者はすでに報告を受けているはずですのに……それはそれは」
ケイトの応酬に女官長の額に青筋がたつ。
「私、ケイトと申します。フェリア様の侍女を王様に命じられまして、馳せ参じましたわ」
大柄なケイトだから、女官長を見下すように発した。ぷるぷると女官長の拳が震えている。
「私は女官長ですの。名のりはしませんわ。仕える女に名は必要ありませんので。では、31番目のお妃様の侍女の方、私についていらっしゃい。どうせ、後二週間ほどしか居りませんでしょうが、後宮の裏を案内しましょう」
女官長は長としての立場を大いに生かして応戦する。
フェリアは二人の雌豹の戦いを呆然と見ていた。そのフェリアに二人の瞳が牙をむく。いや、ただ見られただけである。ケイトと女官長は、フェリアの許可を待っているのだ。
フェリアは内心、『巻き込まないでよ』と盛大に言葉を吐いていた。横目でちらりとゾッドを見ると、それこそこちらに振らないでくださいと、手で小さくバツを作っている。
こういうとき、フェリアに沸々と芯の奥から沸き上がってくるのは、ケイトよりも強いであろう負けん気である。プツンと何かがキレたようにフェリアは雌豹らに命じた。
「ケイトさん、王様に命じられたのなら王様に命じられたことだけをなさって。つまり、私のお世話を。後宮の裏を散歩なんて悠長なこと、判断など仰がずに断りなさい。それこそ、あなたが言ったように『王様に命じられて』ここに来たのでしょ? こことはこの邸のことよ。ここ以外にあなたが後宮の裏のお手伝いをする必要はなくってよ。
それと、名無しの女官長。あなた、こちらに何をしに来たのかしら? それも告げずに『王様に命じられて』来た侍女に喧嘩を売るなんて、対した用事ではないのかしらね? こちらまでお散歩にでも来られたの? さっさと仕事にお戻りなさい。報告を受けていない私の侍女の確認をしませんとね。それと用事はそこの素敵な名前のケイトに言ってちょうだいな。
あら、パンが焼けたようだわ。失礼」
フェリアはきびすを返した。
固まる雌豹ら。
腹筋に力を入れる担当騎士ら。
女の戦いの火蓋がきって落とされかけたが、フェリアのぶちまけによって戦いの火蓋は蹴飛ばされた……ようなものだった。火蓋はゴロンゴロンと転がって、次に点火したのかもしれないが。
次話6/16(金)更新予定です。