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31番目の妃⑫

 マクロンは颯爽と歩く。ここ数ヵ月感じなかった体の軽さである。つと、疑問が頭をかすめた。スッキリした頭がそれに気づいたのだ。


「ビンズ、なぜフェリア嬢は食事を作っていたのだ。……それに、なぜ食事が運ばれてこなかった? まさか、我をもてなすためではあるまいに。昨日は予定外の訪問であったはずだしな。ん? 侍女は、侍女はどうした? それにだな……」


 マクロンの疑問は続く。ビンズはあちゃーと頭を押さえる。ビンズは一妃に肩入れできる立場になく、フェリアの不遇は今まで報告していない。他の位の低い妃とて何らかの不遇は受けているからだ。ゾッドは、妃としてのフェリアに何ら問題はなく、報告はたった一行。『問題なき素晴らしいお妃様です』であった。ゾッドはあえて、フェリアの不遇を伝えなかった感がある。ビンズもゾッドの立場ならしなかったであろう。真っ向な決闘に、口出しする騎士がいないのと同じ感覚である。いや、フェリアの手腕を見たかったともあるし、フェリア邸の楽しい毎日をただ単に、続けたかったとも言える。


 さて、ことの次第はやっとマクロンに伝えられた。ビンズの話の途中、マクロンの顔は鬼の形相になったが、話終わる頃には愉快な顔になっていた。


「あれが、実のなる華だというなら、我はその華を見てみたいと思う。あれは、まだ、咲いてはいないな。我があれの華を咲かせる男でありたいものよ」


 マクロンは愉しそうだ。


「……王様もまだつぼみであらせられますよ。彼の方同様に咲いてはおりますまいに」


 ビンズはニヤリとマクロンを見た。マクロンは目を丸くさせ驚いている。やがて、ビンズと同じようにニヤリと笑んだ。


「いや、我は自覚しておる。さて、我が友ビンズよ。すぐに体制を整えろ。言っている意味は」

「わかります」


 マクロンに最後まで言わせず、ビンズは即答した。




***


 フェリアは王マクロンの背を見送った。それから、いつものように騎士らと朝食を食べ、いつものように畑仕事に精を出した。いつものようではあるが、一心不乱にいつもをしているフェリアに、騎士らの気持ちは浮上している。時おり、ニヤッと笑ってしまうのは、あのときのフェリアの桃色に変わった顔を思い出してだ。ほわんと心があたたかくなり、王の横に並ぶフェリアを想像してはニヤッと笑うの繰返しだ。


 そんな騎士のことなど見向きもせず、フェリアは新しいうねを作っていた。今さら新しい畑を作っているのは動揺の現れである。なぜなら、三ヶ月しか居ないと言っておきながら、二ヶ月半が過ぎた状態で新しい畑を作るとはどういうことか、フェリア自身が気づいていない。


「あれが芽吹けばいいのだけど」


 フェリアはそう言って邸の中に入っていく。リカッロの野営箱からあれと呼んだ布袋を取り出す。中には貴重な薬草の種が入っていた。カロディア領では気候と土壌が合わず育たぬ種である。リカッロはこの種が育つ土地をカロディア領以外で探したが、ダナン国内でまだそれは見つけられていなかった。


「やってみよう。ここの気温と土壌は適しているわ」


 フェリアは新しい畑へと向かった。そこには、担当騎士らが待っている。皆が笑顔だ。


「ここにはそれを?」


「ええ、なかなか育ちにくい薬草の種よ。ここの土壌にかけてみようと思うの」


「へえ、どのくらいの期間で育つんですか?」


 ゾッドが問うた。


「芽吹きまで二ヶ月、華まで二ヶ月、種まで二ヶ月。その後、残った葉を収穫して薬草になるまで……二ヶ月。二年目からは花弁の収穫、三年目から二葉の収穫ができるようになれば、特効薬もできるわ」


 ゾッドはうんうんと頷く。そして、急かすようにフェリアに種まきをさせた。フェリアは種袋から四分の一程度の種を取り出して、祈るように蒔いていった。


 蒔き終わったフェリアに騎士らは満面の笑みを向ける。極上の笑みだ。フェリアは訝しげに騎士らを見る。そこでゾッドが言う。


「これで、ここから出られなくなりましたね、フェリア様」


「……」


 ゾッドらは嬉々たる笑みだ。フェリアはこれ以上目が開かないというところまで見開いた。その後、両手を頬にあて『なんてこと!』と叫んだのだった。




***


 その報告を聞いたビンズは、笑い出す。それから、ゾッドに『よくやった』と褒めた。


「これで辞退の意向を申し出なければいいのだがな。フェリア様は、少々我々の想像の域を越える方だしな。……それと、王のお渡りの件は他のお妃様にもそろそろ伝わるだろう」


 ビンズのそれにゾッドの顔が引き締まる。


「警護を強化します。ですが、他のお妃様と違ってフェリア様は邸を出ませんし、他のお妃様からのお茶会の招待もありません。ご訪問もないですから」


「ああ、だがな。盲点をついてこよう。なんせ、女の戦いだ。特に女官長には気をつけろ。確固たる体制が整うまでこのままだからな」


 ビンズとゾッドは互いに確認しあった。それから、ビンズは思い出したかのようにゾッドに頼み事をした。


「お前には歳の離れた有名な姉がいただろ……フェリア様の侍女にしたいのだが、どうだろうか?」


 ゾッドには姉がいる。十も歳の離れた姉は、昼間に騎士舎の洗濯係をしている。刀鍛冶の旦那と元気な二人の男の子との四人暮らしだ。


「侍女を選別している時間はない。信頼のおける者を素早くつかせろと王様が命じられた。今の仕事と同じ昼間だけでいい。とりあえず一人確保したいのだ。頼まれてくれ」


 ゾッドはその日のうちに、姉に伝を出すと、翌日返答だと言って意気揚々と現れた姉をフェリアに紹介したのだった。


 フェリアの知らぬうちに、外堀は埋められようとしていた。

次話6/14(水)更新予定です。

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