婚約破棄婚約破棄って原因はてめえの浮気だろおらぁ
みなさまは、婚約という言葉の意味をご存知だろうか。
婚約とは、結婚の約束。婚姻の予約。
私と婚約者の彼は、親同士の紹介で出会った。
双方の親の共通の友人が仲人となり、お見合いをし、何度かの逢瀬を重ねて正式にお付き合いを申込まれた。お受けした。
私たちはつきあい始めた当時、どちらも学生であったので、社会に出てから経験を積んで、結婚資金を貯めてから式を挙げましょうと約束をした。入籍は式後にするか前かで悩んだけれど、話し合って式の後にすることにした。
数年の交際を経て、親に改めて挨拶をしあった。結婚にかかる資金を調べ、ドレスを下見に行き、新婚旅行の行き先の話もした。式に呼ぶ友人の範囲にお互い悩み、SNSで挙式の真似事でもしようかと冗談を言い合ったりしていた。その矢先であった。
「別れよう」
畳の上、正座した彼に切り出された。
隣に女性を連れていた。見覚えのある人だなと思ったけれど、名前は知らない。
彼は彼女を「愛してしまった」と言った。
「私のことは、もう愛していないの」
「違う。君のことも勿論愛しているよ。でも、彼女のことも同じくらい愛しているんだ。こんな気持ちでは、申し訳なくて君と結婚なんて、とてもじゃないけど出来ない」
申し訳ない。項垂れてそればかりを繰り返す彼をぼうっと見た後、隣の彼女に話しかけることにした。
現状の、把握が出来ない。
「彼とは、いつからお付き合いを?」
どこのどなた様ですかとは聞かなかった。
彼女は、彼とは対照的にまっすぐこちらに顔を向けていた。
「彼があなたとお付き合いをする前からです」
驚いた。道理で敵愾心を剥き出しにされている訳だ。
私は、彼女にこれから彼を取られる側だと思っていたけれど、彼女からすれば、私はずっと自分から彼を奪った女であったのだ。
まるで、こちらが悪役だなとおかしくなった。
「それでは、さっきの愛してしまった、という彼の言い分はおかしいですね。順番でいうなら、先に彼に愛されていたのが貴方で、後から彼が愛してしまったのがわたしですもの」
「彼は親にすすめられたお見合いを断れなかったと言ってました。成り行きで付き合うことになった、とも。まさかそちらが結婚までするつもりだとは思いませんでしたけど」
はんっと鼻で笑った後
「勘違い女って幸せな脳みそしてんのね」
喧嘩を売られた。
「そうですね、あなたの言うとおり結婚式のことを思い浮かべて私の脳みそは幸せでいっぱいでした。私のことを以前からご存知だったあなたは、私と違って脳みそが足りなかったのですね」
「はあ?頭悪いのはあなたの方でしょう、自分のが結婚出来るとか勘違いしてたんだから」
「そうでしょうか?彼いわく成り行きとはいえ、私と彼が肉体関係のあるお付き合いをして数年。私は浮気に気づかなかった愚か者ですが、あなたも彼にずっと二股をかけられていた状態であったわけですよね?いつ私と別れるの、と詰め寄ったのは昨日今日の話ではないでしょう?今のように、項垂れて謝罪という言い訳をされて、ずっと伸ばし伸ばし放置されていたというのに、それでも彼と別れずにいたというのは余程考える頭をお持ちでないのだな、と思いましたの」
彼の頭はいつのまにか一層下がっていて、床についている。
申し訳がない、つまり言い訳のしようがない。
私とつきあう前から彼女と付き合っていたことも、彼女とつきあっていながら私とお見合いし付き合い始めたことも、私との結婚を進めたことも、彼にとっては全部真実なのだ。どちらも愛したままうまくやれると思っていたのだろうか?
うまくいく訳がないから、こうして私たちは向き合っている。
「婚約は、破棄ですわね」
指輪を抜いた。床において転がしてみたら思ったよりもうまく彼の方向に転がった。
「これから3人で、お互いの親に説明をしに行きましょう」
「これから!?彼女も一緒にか!?」
やっと彼は顔をあげた。泣いてでもいたら殴ってやろうかと思ったけれど、おでこを赤くしたマヌケ面だったので興がそがれた。
「早い方がいいでしょう。それとも、そちらの親御さんとは昨日もお話したばかりだけれど、あなたが彼女を愛してしまったことはもう報告済みなの?」
もちろん嫌味だ。そんな素振りは昨日の彼のご両親からは微塵も感じられなかった。
「成り行き女の私よりも、きちんとご両親に彼女を紹介するべきだわ」
「別に、君と一緒の時でなくてもいいだろう。彼女のことはまた、日を改めて」
うるさい。
ネクタイを締めあげてやろうか。
そう思ったし、そうした。
「なぜなら、私たちの婚約破棄の原因はあなたの浮気、いいえ二股にあるからです。私にも彼女にも私の両親にもあなたの両親にもあなたは不義理なことをしたからです。当事者全員で、説明をする必要があるからですよ」
ネクタイ締めあげは結び目が小さくきつくなるだけでイライラが増すだけだった。
襟元を両手で持って締めあげた。
「私は浮気を許せません。二股であったことも許せません。愛だのなんだの語るなら愛の行きつく先の尻拭いくらいまともにしろよ二人の女を愛してしまった罪な自分とやらに酔いしれてんのかあぁン」
唾が飛んだ。返事はなかった。
「締め落ちてるよ」
と彼女が私の両手をゆっくりと開いてくれた。
力を入れすぎた両手は真っ赤だった。
柔道かなんかやってたの、と笑った彼女は泣いていた。
高校の選択授業でとって、大学でサークルに入りましたと私はハンカチを差し出した。
彼女は受け取らず、指で目元を拭った。
「私、怒っているので今から彼と私の両親に電話をして繋ぎをとります。逃がしません。あなたはどうしますか」
逃げますか、と言いそうになった。
「このバカの財布とスマホを預かっておくよ。彼と一緒に行くし、逃がさない」
でも、さよならは言うかもね、と背広を探るついでに彼女は私の締めたネクタイを緩めてやっていた。慈悲深い。
電話のコール音を聞きながら考える。
なんといおうか、彼との結婚をとりやめることになりました?婚約を破棄することになりました?
こっちはタクシー呼んでおくね、と彼女の方もスマホを取り出した。
「「もしもし」」
へいタクシー、クソ野郎を地獄まで運んで欲しい。
私は降りる。