第五話:白い男との出会い
―――おかえり。僕等のアリス・・・。
体に当たる柔らかくて暖かい感触。
それから変な浮遊感。
規則正しく聞こえる足音。
身体全ての機能が少しずつ戻ってくると、私は薄く目を開いた。体が軋む感覚と、ゆらゆらと内臓が揺れる感覚。そのどちらも気持ち悪くて“うっ・・・”と小さく呻く。
すると、それまでずっと規則正しく聞こえていた足音が当然止まった。
「・・・こ、こは・・・??」
ゆっくりと頭をあげると目の前には広い草原。
そんなものは見慣れているけれど、此処は今まで見た場所で一番荒れ果てていた。
どこ??ここは・・・。
何だか記憶が曖昧で、イマイチ状況が掴めない。
「お目覚めですか。アリス。」
耳のすぐ近くで低い声がしてビクッと体を強張らせると、今度は鼻で笑われてしまった。そして、声がしたことで漸く今の自分が抱き上げられている状況であることに気がついた。
しかも、お姫様だっこで。
それが分かった瞬間、カッと顔に熱が集まる。
「・・・って、え!??ちょっ降ろしてくださいッ――あなた、誰ですか!?」
今の状況についていけず混乱して大声で叫んでいた途中、彼はまた歩き出した。
ちょっ・・・恥ずかしいのに!!!
羞恥心のあまり私が薄く涙を浮かべているにも関わらず、彼は冷たい口調で
「・・・少し待ってください。それ系統の質問は後で答えますので・・・。今から、少しの間は色々我慢しておいてください。」
最後に“死にたくなければ。”と呟かれた直後だった。
私を俵のように担ぎなおした。“えっ痛ッ”と私が叫ぶ前に彼は懐から拳銃らしきものを取り出し、前方に一発、発砲した。
それから“チッ・・・素早いですね。”と呟いて、後ろに大きく飛びのいて私を地面に降ろした。
私はあまりの驚きと、衝撃にただ只管戸惑うばかり。
今・・・撃った??
仰向けに落とされた私は、白いスーツを着こなす彼の背中を見た。
彼は何も気にせずバンバン撃っている。その度に大きな乾いた音が荒野に響き、私はあまりの恐怖に声を出すことも・・・ましてや、動くことも出来なかった。
二、三分経っただろうか。
突然この世の物とは思えないような音・・・・・・絶叫に近いそれが辺りに響き渡った。
「終わり・・・ですね。」
恐怖で顔を上げることが出来ずにゆっくりと振り向く彼の足元だけを凝視した。
カタカタと震える私の前に彼は立ち止まると、感情の篭った声で呟いた。
「大丈夫ですか??アリス。」
アリ・・・ス??
そういえば・・・さっきもそう言っていたっけ。
アリスって、誰??
私のことを言っているの??
「まず、顔をあげてください。アリス。全てはそれからです。」
彼の声は震えていた。
それはまるで、長年待ち続けた恋人にめぐり合えたかのような声で・・・。
私は恐れながらゆっくりと顔を上げてゆく。
まず、先ほど見た所々黒い斑点が付いた白のスーツ。
その胸元には萎れかけの紅いバラ。黒いカッターシャツには赤いネクタイが緩くぶら下がっていて。
バラの隣には金色の【S】と書かれたバッチ。
恐ろしいほど美しく整った顔。
長くも短くも無い、白く輝く銀色の髪。
そして・・・
バラよりも、ネクタイよりも―――
燃える盛るような赤い赤い瞳。
私はその赤い瞳から目が離せなくなってしまって。
彼が身じろいてハッと我に返った。
「貴方・・・は??」
声が震えないように気をつけながら言葉を紡いだつもりなのに、出てきた声はやっぱり震えていた。
彼は一瞬だけ泣きそうに顔を歪めてから、私と目を合わせて
「俺の名前は・・・キラ=ホワイト=シャルナークと言います。」
「キラ・・・??」
「そうです。役は【時兎】を仰せつかっております・・・他の国では稀に【白銀の赤兎】とも呼ばれますかね。お好きなように呼んでください。」
時兎・・・??
白銀の赤兎・・・??
どういうこと・・・。
彼・・・もといキラは、そう言ってから手を差し伸べてきた。
握手かと思って手を掴むと、彼はそのまま私を引っ張った。
そして、強く・・・痛いほど強く抱きすくめられた。
「痛っ!!」
「ああ・・・やっと帰ってきた!!俺のアリスだッ!!」
ぎゅうっと強く抱きしめられて私は声を失った。
彼の身体からは甘い香水の香りがして、くらくらするくらい。
抱きすくめただけじゃ足りないのか、彼は腕を私の身体に巻きつけるようにしてから自身の頭を私の肩に乗せた。
「もう俺から・・・離れないで。お願いだから・・・。」
彼の声は弱弱しくて・・・私は泣きそうなくらい胸が苦しくなった。
どうして??
さっきまで、すごくこの人が怖くて。
目の前で銃を取り出してためらいも無く撃つ彼が恐ろしくて。
だけど、彼が渡しを抱きしめて震える声をだした瞬間。
懐かしい気持ちになったの。
「アリス・・・。」
呟く彼の低い声。
ねえ。
アリスってなに??