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第三十二話:三月兎の嫉妬


碧の国にいるラビとキッドのお話。

多少の時間軸の違いはありますが、リア達のお話と平行しています。



「キッド・・・そろそろ自分の素性ぐらい話したらどうなんだ?」

「嫌だったらイヤだぁ!!」


ぷいっと子供っぽい仕草でそっぽを向く彼の姿に、数人の呆れのため息が零れた。キッドは椅子に固定され、一週間前と同じメンバーで彼を囲んでいた。


ローバとリーシュは困ったように笑うし、ニッケルは相変わらず無表情。ため息だけはしっかり零していたが。あまりにも強情な彼にとりあえず拷問しとこうかと、鞭を取り出してみたが、全員に止められてしまった。っち。


「これ位しないと、口を割らない」

「いーやーだぁ!!ぜってぇ言わねぇ!!」

「キッドさん・・・なぜそんなに嫌がるのですか。というか、ラビさんも何故ここまでして聞きだそうとするのですか」

「興味があるから。」

「わぁ自己チュー!!そういうのって嫌われるんだぜ!!」


五月蠅い口だ、いっその事縫い付けてやろうか・・・。

僕の思考を敏感に感じ取ったのか、キッドは素早い動きで口を手で覆った。ご丁寧に縄抜けまでして見せて。


「縄抜けってかちょっと燃やしただけなんだけど」

「人の思考読まないでくれない?馬鹿キッド」

「―――魔法、思い出したのか・・・?」


ニッケルが驚いたように零した言葉。此処の所ほぼ毎日会ったけど、ニッケルのまともな声を聞いたのはこれが初めてな気がする。

低く小さな声なのによく響く声にニッケルによく合う声だと頭の片隅で思った。


「だって【トゥーイドル兄弟】は魔法専門だしな。【ファイア】ごときのショボイ魔法なら呼吸よりもカーンタン」


“よっと”と反動をつけて椅子から立ち上がって、大きく伸びをするキッド。じゃあなんで三時間も縛られてたのか。


「忘れてたんだよ、魔法使えるってこと」

「だから思考読まないでくれない?それは僕の専門だし。次は殴るよ?」

「もう既に殴ってますよ、ラビさん」


それはそれは楽しそうにローバが笑った。ちなみにキッドはしくしくと泣いている、かと思いきや急に顔を上げて負け惜しみのように叫んだ。


「お前、すぐ手がでる癖は直したほうがいいぜ!ぜってー」


殴られた頭を痛そうに撫でてぷいっと横に顔を背けた。


そういえば昔一度だけリアに暴力的なのはいけない、と言われたことがあった。彼は忘れているのだろうか。



その日は何故だか分からないけどずっとイライラしていて、ずっともやもやした気持ちだった。心の中に底の見えない穴が開いたようで怖かった。同時に、怖いと思う自分が情けなくて・・・。

そこにいつものようにリアを遊びに誘い出そうとしたキッドがやってきた。いつものように僕をからかい、僕を煽る笑みを零し、大切なリアを連れ出そうとした。普段なら・・・少しだけ痛い目を見てもらって気を晴らして、その後に遊びに出かける二人を見送るか着いていくかする。


でもその日はダメだった。

キッドにしてみればいつもより反応の鈍い僕を心配して、調子を取り戻させようとしただけなのだろう。いつもよりあからさまに煽ってきて、いつもより無邪気に笑った。目の前が一瞬で赤く染まったのが分かった。

止められない、ふざけたこの少年を完膚なきまでに叩きのめして、二度とリアの目に触れさせたくなかった。気がつけばキッドは気絶していて、とても驚いた顔をしたリアが彼を支えながら僕を見詰めていた。何度も彼の顔面を殴っていたらしい僕の手は彼の鼻から出た血で真っ赤に染まっていて。

“兄さん・・・暴力的なのは、ダメだよ・・・”と小さく呟いた声は、自らの拳を見詰める僕にも届いていた。



彼の瞳は汚れいてなくて綺麗だと思った。

彼の笑顔は無邪気で綺麗だと思った。


そして、僕の手に着いている彼の血は綺麗だと思った。



そのときに初めて自分が彼に嫉妬をしていたのだと気がついた。そして、同時に心の中にあった暗い穴の幻覚は綺麗さっぱり消え去っていた。



「・・・気をつけてはいるんだよ」


上っ面だけの笑顔を貼り付けてみても、ダメだ。自分にはない、綺麗な血がもっと見たかった。それをすれば大切な大切な妹は僕のことを嫌うだろうから、しないけど。


「だけどダメなんだよ、僕には出来ない」


昔からそうだった。綺麗な物は護りたいと思う反面に自らのこの手で壊したくなるんだ。彼の綺麗な瞳や笑顔を見るたびに心の中で葛藤が起こる。壊したいけど、それをしたらもう二度と綺麗なものは見れなくなる。


だからせめて、殴るぐらいはさせてよ。

破壊衝動はそれで抑えるから。


「ってことで、もう一発♪」

「やめろぉぉぉぉおお!!!」


飛び上がって逃げ出すキッドに全員の笑みがこぼれた。ほんと、こいつは素直だ。綺麗な心を持っている。


記憶の無かった僕がここまでキッドを眩しく感じるのは、本当の僕が酷く醜い所為だろう。僕の醜い血。あの母親の血。僕の醜い心。あの母親の所為で歪んだ心。

全てが、大嫌いだから。



ひっそりと自嘲の笑みを浮かべるラビを小さな王がひっそりと見ていた。









「王!!緊急で御座います!」


どこかで聞いた声が談笑する部屋に通った。つい一週間前と似たこの状況が何故かとても嫌な予感がした。


ギルキーと呼ばれていた爺は皺だらけの顔を驚きと喜び、ついでに僅か猜疑の色に染めてもう一度“王!”と叫んだ。キンキン五月蠅いご老人だ。



「【アリス】様が、【アリス】様御一行が参られていると・・・!!」


【アリス】・・・。アリス、アリスだと・・・。

何故だ、わざわざ国を出て危険な旅路になど進む必要はないだろう。そこら中に【シャドウ】はうろついているし、この世界を知らないリアには危険過ぎる!!

何をしているんだ【赤の国】は!?


「リーシュ。城内がざわめきたっております。気を引き締めるように貴方が巡回して回りなさい」

「ハッ・・・それでは」


冷静にローバが指示を下し、それを聞いたリーシュが小走りで部屋を出て行った。ニッケルはその扉付近に立ちつつも此方の会話に耳を傾けている。



「―――リアが、来る。あいつが・・・ここに来るんだ」


驚きと喜びと少しの動揺にどのような顔をすればいいのか分からないキッドはポツリと呟いてから、唇を噛み締めた。会いたいけれど、会いたくない。そんな感じの色が見える。


彼の過去に何かがあったのは確実だ。それがきっとリアに・・・否、【アリス】に関することだということもなんとなくだけど分かる。

リアじゃないと分かって尚どうしようもなく嫉妬の感情を煽るけど、この世界にいた僕はこの世界にいただろう彼の昔を知ることは出来ないし、その頃の彼に干渉することもできない。



「オータム王。我、主。ご指示を・・・」


跪いて深く項垂れて自らの主の声を待つギルキーは【アリス】に会える興奮と喜びで小刻みに震えている。

ローバは一瞬困ったように笑ってから此方を見やって僕と視線を絡めた。“どうしますか?”と問いかける彼の視線にほのかに笑みを零す。なかなか色を見せない彼からは明らかな試しと煽り、焚き付けともいえる色が滲んでいた。

その色はキッドにも伝わったようで、子供っぽく鼻を鳴らしてからそっぽを向いた。


「迎えに参りましょうか?それとも【アリス】達に会う前に旅立ちますか?」


鉄火面の笑みがよりいっそう胡散臭くなった。


「だってさ、キッド。大人しく尻尾巻いて逃げ出すかい?」


ついでに僕も煽っておく。逃げたい気持ちを隠せないキッドは怒りと動揺の色を先程よりも色濃く滲ませて僕を睨みつけた。負けず嫌いは記憶が戻っても変わりはしないだろ?



「もう逃げねぇよ。二度と、負けねぇ。おいローバ、【アリス】迎えに出るぞ」

「ふふ、承りました」


ギルキーが最高権威を愚弄するキッドに対する怒りを顔をしかめて抑える。此処一週間で何を言っても無駄だということを学習したのだ。


「では、そのように」

「ハッかしこまりまして御座います。今【アリス】様御一行は王都の近くの森付近まで来ておりますが」

「そうですか。それならば、ニッケル」

「ハッ」


扉から音も無く寄る彼に穏やかな笑みを向ける少年。そして、その顔のまま僕とキッドにも声をかけた。


「ニッケルと彼らの一部隊と共に森の出口まで迎えに行ってはもらえないでしょうか?」

「はぁ??」


キッドは素っ頓狂な声を上げた。心底驚いた様子。


「別に俺らにそんなの必要ねぇだろ。魔法を思い出した【トゥーイドル・ダム】と、冷酷ラビ・・・【三月兎】だぜ。わざわざお前の護衛の【ジャック】を連れてかなくても」

「・・・確かに、この国のこと地形など僕達は知らない。だれか案内役は欲しいが一部隊とニッケルを出すほどでもないんじゃないかな?一人か二人ほど兵を貸してくれれば事は足りるよ」

「いえ。それでは不十分です。ギルキー、彼らに武器を用意してください」


小さく頭を横に振って否定の意を表すローバに更に困惑の色を示す僕達。ギルキーは何も文句を言わずに短く返事を返して立ち去っていった。


「貴方たちがこの世界にいらっしゃったときから既に十年以上の年月が流れております。その間【シャドウ】が変化しないとでも仰られるのですか?」

「レベルfourが観測されて、五歳の俺が倒したぞ?まさかレベルfiveが出たのか!!?」


“いえ”とまたもや彼は否定した。


「レベルsixです」

「「なっ!!?」」

「彼らは数こそ非常に少ないですが高い身体能力と他にはない思考を持ちます。レベルfive以下に比べて非常に知能が高く・・・他を総べるリーダー的存在ともいえるでしょう。加えて森付近は【シャドウ】達の住処となっております。レベルsixが現れる危険性は十分にあります」


ニッコリと笑みを貼り付けて“よろしいですね”と言って彼は踵を返した。これ以上反論させる気はないようだ。


「・・・参ろう、早急に」


そう零してから、無表情だったニッケルが更に表情を引き締めた。それほど、手ごわい相手だと言うことか。























       運命の歯車は止まらず



             今尚、時を刻む






                残酷なまでに


                        

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