表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/36

第三十一話:取引




体が重い。

動けない。


意識が眠りから覚醒してまず思ったのはその二つ。瞼を開けようとするが、何かに押さえつけられているように動かせなかった。否、この感触は誰かの手だ。本当に押さえつけられている。冷たい手・・・だれのもの?

まさか、またシエルが悪戯してるの?


「シ―――」

「あ、起きちゃった」


困惑する私の耳に自分よりも幾ばくか幼い声が届いた。その声が私の知っている声ではないと気付き、尚焦った。


「だ、誰!?」

「ミカゲー、どうしよう起きちゃったよ?」

「―――降りろ」


“ほいほい”と残念そうな声が聞こえた後、体の重みが消えた。どうやら上に乗られていたようだった。体に自由が戻り、身を引きながら目を開けると間近に観察する真っ黒な瞳があった。


「おはよう【アリス】ちゃん」

「・・・あなたは?」

「あれ、案外余裕なんだね。僕はシキミー」


にっこりと口角だけを引き上げた作った笑みを浮かべて少年が言った。彼の奥、私のベッドの向こうには変な髪形をした青年がいて、視線を感じたのか無表情のまま軽く会釈をした。


どういう状況?

仲間・・・ではない、おそらく。では、



「何の用・・・かなんて言わなくてもわかるよね?」

「・・・何の用」


おそらく彼らは敵。

では、何をするつもりなのだろうか。私は殺されるのだろうか。私を殺した所で何を得ようというのか。殺される、という思考にたどり着いたにも関わらず、彼の言うとおり案外余裕な自分に我ながら少し驚く。

シキミーは一瞬キョトンと間を置き、それから“ああ、なるほどねぇ”と一人で勝手に納得してしまった。


「君、何も知らないんだ」

「知らない・・・?」


情けない。彼の言葉を鸚鵡返しに聞き返す事しかできないのだ。


思わず唇をかみ締めるとするりとそれを指でなぞられた。ハッとなって彼の顔を凝視するとシキミーは先ほどと変わらぬ作り笑いを貼り付けていた。

先ほどから頭の端で感じていた違和感の正体が分かった。なぞられた感触はあるものの感じるはずの体温がまったく無かったのだ。まるでその手は・・・死人のよう。

ゾクッと背筋に悪寒が走りぬけ、ずるずると狭いベッドの中を後退してゆく。


「や・・・っ」

「あらぁ?ハハ、怖がらせちゃった」


サディスティックな笑みを浮かべてながら、私が交代した分だけ距離を詰めてくる。ベッドの上という狭いスペースでの滑稽な追いかけっこ。勿論勝敗なんて決まってる。

敵だとわかっていてなお呼ばなかった【仲間】の名前を呟く。助けが欲しいのに・・・こういう時に誰も来ない。何かあったのだ、と考えるよりも先にシキミーの楽しそうな声が届いて思考が停止した。



「ね、僕は君の知りたい事を教えてあげられるよ?君の優しい優しいお仲間のようにルールに縛られて真実を言えない、なんてことは無いからね」



私は彼の放った言葉にぴくっと反応し後退していた体を止めた。




誰も教えてくれなかった真実。


彼は・・・シキミーは知っているの??




「知りたい?」




知りたい。私だけ何も知らないなんて、恐い。






一つ魅せられたような表情をして頷く彼女に内心で舌なめずりをする少年。彼はゆっくりと手を差し伸ばし目だけで“おいで”と指示した。少女はそっとその手を取った。




「ちょっと五月蠅いけど、我慢してねぇ」


シキミーが刹那真顔になり私の頭に撫でるような手つきで手を置いた。

バチッと何かが激しく頭の中で鳴り響き、それが喧しい音に代わり広がってゆく。ぐわんぐわんと頭の芯から揺らされているかのような感覚に思わず嘔吐感が這い上がってきたが、絶対にこの人たちの前で弱みは見せたくなくて必死に大丈夫なフリをした。


「ん、オッケ。ミカゲ開けるからちょっとどいててー」

「―――来た」


ミカゲと呼ばれた青年はシキミーのセリフとは相容れない返答を返した。同時にニコニコと貼り付けていた笑みを一瞬だけ消した少年は扉を振り向く。


「リア様・・・朝食が出来上がりましたが、お起きになってください」


この声は、チューリ。扉を遠慮がちにノックして私の返答を待っている。

残念そうに舌打ちをしてクルリと向きなおす彼の顔にはまたあの笑顔が張り付いていた。私の頬をユルリと撫でて



「仕方ないなぁ。んじゃこっちでいっかぁ」


唇を奪った。



あまりのことに声を出すのも忘れて私は固まってしまい、少年は瞼を閉じることなく舌を差し込んできた。体温を感じることのないそれはまるで蛇のようにぬめっていてまた恐怖するが、シキミーは勿論のことミカゲも止めることなく警戒しながら此方と扉に気を配っている。


「んっ―――んん!!」

「しっ」


キス・・・ではない。彼にとってこれは儀式。


その証拠に口腔に進入していた舌は見る見るうちに喉の奥へ。次第にそれは生き物のように体の奥へ入ってゆく。気持ちが悪くて顔を顰めると、やはりというべきか彼はドSな笑みを浮かべた。

すっかり体内へ入り込んだそれを確認してからやっと彼は唇を離した。最後にないはずの舌でペロッと口内と唇を舐めていくのを忘れない。


「っ!か、は・・・コホコホッ」

「はい終了ー。どうだった僕の深ーい口付けは。体の奥まで入っちゃったね」

「・・・最悪よ」

「そりゃどーもぉ」


やはり口付けという認識はあった。おそらくコレも何かの意図があるのだろうけど、やっぱりムカつく。


「なに、今の・・・魔法?」

「んー?そーゆーことにしといてぇ」



ニタニタとチャシャを思い出すムカつく笑みに、ファーストキスじゃなくてよかったと心の端っこで思った。



「じゃあ、またあとでね」


そういってさっと後方に手を翳して空間を引き裂いた。ぐにゃりと不自然に歪む景色の中に平然と入り“ばいばーい”と言って消えていった。



「リア様?」

「へ!?あ、ごめんなさい。今開けますねっ」














    悪魔との取引

       少女は彼の持つ情報を望んだ


           見返りがないはずはないと少女は分かっていた





             それでも


                     知りたかった











       少女は感じていたのかもしれない



                   己の悲しい運命を





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ