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第三十話:残された波乱


 




  君を

      護る





 例えこの身体が数多の血に濡れようとも



    それが俺の義務で、生きていく証となるから






     君を護る









   それが歪んだ愛だと知っていても








今日の夕暮れには緑の領土に入るでしょうね・・・。


心の中でだけ呟いて視線を外から魔道書に移した。長くなりすぎた前髪が目にかかって少し邪魔に思い、横にそっと分けた。



「・・・どうしました?リア。」


ふと気配が変わったのを感じて、読んでいた魔道書を閉じて紅い瞳を細める。その隣ではガルが馬鹿猫と組み手をしていて、何度か飛んでくるシエルの拳とナイフをその本で叩き落した。


その様子を見ることなく窓から深い森を眺める彼女。俺の声に答えないリアを不思議に思い近くに寄ると、リアは何かに魅入られたような瞳をしていた。


「リア・・・リア?」


―――魂に負けた?

否・・・まさか。【アリス】の魔力は今は衰弱しているし今朝のリアは何かを決心したような清々しいオーラを纏っていた。アリスの魂に負けるほど彼女が衰弱していたわけではない。


だとすると、誰かに魔法をかけられた・・・?



「正解。でも間違いよ白兎」


心を呼んだかのように思考を遮る声。いつの間にか身構えてた体に電撃が走った気がした。


・・・リアの声。だが。




「・・・アリス・・・?」



懐かしい彼女の口調、俺の呼び名。



「久しぶりね、白兎」



最愛の、彼女のもの。








弧を描いた唇はそのまま吸い寄せられるように俺の頬に口付けた。


「アリス・・・アリス。」

「ええそうよ白兎。私は・・・アリスよ」


青い瞳は楽しそうに細まり、懐かしい笑みをかたどった。その愛しい笑顔に思わず手を伸ばして抱き寄せて、その可愛らしい唇に口付けをしたい気持ちに駆られるがその欲求を拳をきつく握り締めることで押さえ込んだ。

この欲求をぶつけてしまえば、きっと彼女(・・)は壊れてしまう。



「ねえ白兎、旅を止めて?」

「アリス・・・?」


「この旅は危険よ。貴方が壊れてしまうわ。本当はこの子に世界を救うなんて出来ないの」


リアの体はぎゅっと俺に抱きついた。小さな頭はちょうど俺の胸の位置にあってハニーブラウンの髪に刺した紅い薔薇がカチューシャごと滑り落ちた。




「旅を止めて―――」



俺を見上げた青い瞳(スカイブルー)





プツッ――と、何かが切れた音がした。










「貴様は、誰だ」


大きく後ろに飛びのいて暖炉の上に立った。本当は今すぐにでも銃を抜いて蜂の巣にしてやりたい。だが、リアの体に傷は付けられない。

リアの体を持ったそれは、一瞬きょとんと目を丸くして一歩後ろによろめいた。俺の魔力に押されているのだろう。立っているのも辛そうに唇を噛み締めた。その唇には薄く血が滲み始めていた。


―――止めろ。リアの体を傷つけるな。



「貴様は誰ですか。答えろ!」

「わ、たしは、アリ・・・ス」


「これ以上俺のアリスを冒涜すると、どうなるかわかっているのか?」


ダメだ。ダメだダメだ。殺してはダメだ。あのオーラはリアだ。愛しき彼女だ。殺してはならない。


ああ、でも


殺したい。ズタズタにして、アリスを冒涜したやつの血を浴びたい。手足を引き千切ってボロボロにして、泣き叫ぶ悲鳴を聞きたい。絶望に打ちひしがれ、死に怯えるその顔を見たい。目を抉り出してもう片方の目に見せてやりたい。腕を切ってそれで殴ってやりたい。骨を砕いて飲ませてやりたい。ああ・・・


                  許せない。







「キラッ!!」


体が固まる。この感覚は【強制停止】だと分かり、声の主を振り返った。一番初めに見えたのはシエルが大量に発生したレベルfiveのシャドウをナイフとお得意の【脳ジャック】を使って床に沈めているところで。猫にしては珍しく額に汗をかいていて、息も少し切れている。露出の高い黒い服は無残に引き千切られ、赤い血が見える。その背には護るようにガルが。

彼らの隣には深緑の鎧を纏ったチューリの姿。相当に焦った表情をしており、その彼女の両手はこちらに向けられていた。魔力の残骸が見える、ということは彼女が俺を止めたのだろう。



「【森トカゲ】魔法を解けっ・・・許せない・・・許せないんだ!!」

「キラっ落ち着いて!【アリス】様のお体も傷つけることになりますっ」



「そうだよ。君は、この体を傷つけられない。そうだろ、白兎君」


先ほどまで苦しげに唇を噛み締めていたのに、クツクツと不快な笑みを零しながら余裕のある動作で此方に歩き出したリア。否、リアの体を乗っ取った誰か。

あろうことかそれは彼女の細い首に手をかけて少しずつ食い込ませていった。


「貴様ッ」

「キラ!!」

「あはははっ!いーねその顔。憎しみと殺意に溢れていて、すごく苦しそうで!ああ・・・ゾクゾクするよ」


キラの表情に満足したのか、それは首にかけていた手を外した。見せ付けるようにその首の痣を妖艶な手つきでなぞって八重歯を見せて笑った。

紅く染まる目の前。だが、体は言うことを聞かない。


「あーっと、名乗り忘れてたよ。僕の名前はシキミー。自我に目覚めたレベルsixのシャドウ」

「・・・自我に目覚めた?」

「そ。君たちが認識しているシャドウは皆ただの殺戮兵器。ヒトの精神を食らうようにプログラムされた玩具みたいなものだよ」


リアの体をしたそれはシキミーと名乗り、ゆったりとした動作で床に腰を下ろした。白いエプロンドレスがどす黒いシャドウの血で汚れていく。その様子にシキミーは顔を顰めて“汚いなーもう”と呟いた。


「僕自分より知能の低い奴って嫌いなんだよねー。すぐ死ぬし、言うこと聞かないし。ああ、それとこの血も汚いしね」


“うぇーキモチワルイ”と言って指で床に落ちた血をかき回して遊ぶそれに殺意は募るばかり。


「リアの体で、それを触るな・・・っ」

「えー、今は僕の体だしー。別にいいんじゃないの?」

「シキミー、でしたっけ・・・君、は何が目的?」


瞳に憎悪を混ぜながら、途切れ途切れの声で問うチューリ。魔力に押されて呼吸さえも苦しいようだ。彼女の問いに対して小首を傾げるシキミー、もといリアの体。中身は化け物だと分かってはいるが、どうしても愛くるしい仕草に胸が軋む。


「何って・・・君たちを殺しに?」

「だったら、なぜ・・・すぐに殺さないの、です。はぁ、他に目的が―――」

「だって面白いじゃん。このシチュエーションがさぁ」


ぱっと立ち上がりキラの元へ靴音を鳴らしながら歩き、顔を覗き込んでからニッコリと笑った。スカイブルーの瞳が弧を描く。




「大大だぁーい好きな【アリス】ちゃんに殺されるんだよ?こーんな楽しいことってないじゃないか」


邪悪な笑み。リアの顔がだんだんと崩れ落ちてゆく錯覚を覚えた。

・・・否、錯覚ではない。確かに崩れていく顔。リアの美しく可愛らしい顔はだんだんと男のそれに変わっていき、スカイブルーの瞳はだんだんとその色を無くしていく。


「あはは。吃驚した顔、意外に可愛い顔するね白兎君」


真っ黒な瞳に呆けた顔をした俺の顔が映る。あまりにも強大な魔力に【強制停止】だけの所為でなく体が硬直する。

馬鹿な・・・俺より強い魔力だなんて。


「それにしてもリアって子は魔力ないねー・・・君の魔力程度で硬直するなんて思わなかったよ。予想外すぎて計画つぶれちゃったじゃないか」


詰まらなさそうに唇を突き出すシキミー。そこでやっとfiveを全て倒したシエルとガルが此方に駆けつけた。


「他の皆は・・・」

「締め出された。ここにいるのはこのバケモノと俺たちだけ」

「ひっどいなぁ。君達もそこそこバケモノでしょー?」


睨みを利かせる俺達に向かって笑顔を向けるシキミー。そして“さてと”と呟いてから軽い調子で跳躍して後ろに飛びのいた。後方に手を翳すと、何もない空間がパックリと割れ闇が覗く。その闇からもう一人青年が出てきた。

銀なんて綺麗な色じゃない、灰色の髪。肩口くらいの長さだが左サイドの髪だけ異常に長くアンバランス。


仲間がいるのか・・・っ


「楽しい楽しいショータイムはもう終わりかな。紹介するよ、僕の相棒のミカゲ。これからちょくちょく会うかもねぇ」

「―――おい」

「え?あぁー、んー・・・返したほうがいい??」


ミカゲと呼ばれたそれが一言だけ呟くと、少年は困った顔をしてから“しょーがないなー”と言ってめんどくさそうにもう一度空間を切り裂いた。


闇が広がり、その中には見慣れた少女が。


「はぃはーい!皆さん大好き【アリス】ちゃんですよぉ。ほらミカゲ、返してあげて」

「―――」

「自分でやれって?やだよ〜せっかくのエプロンドレス汚れちゃうじゃん・・・ってもう違うかぁ」


暫く無言の圧をかけていたミカゲ。だが諦めたように小さくため息を零してリアを抱える。再び目の前が赤く染まり体が動こうとするが、シエルが後ろから羽交い絞めにしてそれを止めた。


「―――どうぞ」


壊れ物を扱うかのように差し出された彼女。血の気のない蒼白な顔を見て、悲鳴を上げそうになったが必死で喉元でかみ殺した。そんな情けない姿、敵に見せてはいけない。


彼を警戒してリアを受け取れない俺達をみて、困ったように眉根を一瞬寄せたミカゲ。それからそっと床に彼女を降ろして踵を返した。離れた彼を睨みつけてから、素早い動きでリアを抱き上げる。彼女のゆっくり上下する胸元を見て思わずほおっと息を吐き出した。



「じゃあねぇー。僕らそろそろ行かないとダメだからー」

「―――もう行く」

「ほいほい」


切り裂いた闇に体を滑り込ませて、ミカゲの腕を引いた。その腕を無言で眺めてから、前を向きそのまま歩き出す青年に引きずられるように濃い闇のほうへ消えていく。


最後にチラリと後ろを振り返って、残忍な笑みを浮かべる少年。




「また、近いうちに・・・ね?」





その声を最後にまるで初めから何もなかったかのように、闇は閉じた。




















            影は去ってゆく




      混乱と憤りだけ植えつけて










          弱い彼らは



               ただ無力を嘆いた









・シキミー


 十四歳くらいの外見。寝癖のようにところどころ跳ねた黒髪に、瞳孔のない黒い瞳。陶磁器のように白い肌を持ち、爪や唇も若干黒い。

 服装は大き目の横ラインボーダーニット。履き古したような黒いジーンズを折り返して、緑掛かった黒いエナメルブーツ。ちなみにコレらはその辺にいたやつを殺して奪ったもの。

 間延びした声で話す。基本我侭で、面倒なことはミカゲに押し付ける。割りに目立ちたがりで結構ハデ好き。他人を弄ぶことを生きがいとしている。



・ミカゲ


 20過ぎの青年。暗めの灰色の髪の肩口までのボブ。左サイドだけ鎖骨の下まである。シキミーと同じ瞳孔のない黒い瞳に、白い肌、爪と唇はどちらかと言うと白に近い。

 服装は黒いタートルネックに着崩れた藍色の着物を合わせてベルトで締めている。細めのジーンズに革靴。和と洋が合わさったなんともいえないファッション。もちろん強奪したもの。

 表情を変えず言葉はやたらと少ない。おそらくシキミー以外はほぼ翻訳不能。シキミーと行動を共にしているようだ。殆ど何考えてるか分からない。



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