第二十七話:魔法の授業!前編
赤の国を旅立ってから一週間が過ぎた。
森の中を馬車で通っているというのに、全く不便が無く不思議な感覚だった。が、この世界ではコレが普通らしく皆平然とお昼ご飯の準備をしていた。今日の昼食はガルとチューリが作ってくれるらしく、キッチンのある方向からいい匂いがしてきて、急にお腹がすいてきた。
「なあ・・・リア」
「ん、なにぃ??カベル」
今日のご飯はなにかなぁ、と考えているとカベルが話しかけてきた。どこかゲッソリとした様子の彼にニコリと笑いかけてやる。原因を知っているからこそ出来る行為だが。
「なあホントにギブだって。マジで目的地教えてくれよ・・・なんで、俺だけ何にも知らされてねえんだよ」
シエルを中心に皆はカベルで遊んでいたのだった。
目的地を決めた私達はそのとき偶々聞いていなかった彼に意地悪をすることにした。カベルはこの一週間で何度も問いただしたが答えてくれるものはいなかった。
そんな子供じみたことをするのは、長い旅路にちょっとした余興が欲しかったからだろう。
しかし彼にとってはたまらない物だったらしい。目的地も知らずに長いこと移動するには彼の精神は持たなかった。先の見えない旅だからこそ感じる不安。それでも一週間もったのはリアや仲間を信頼してこそだったが・・・もともと彼は一人だけ、という状況が苦手だったのだ。
涙目で懇願してくる彼に、やりすぎたかと少し反省した。偶然近くにいたキラに目配せすると
彼は“リアが望むなら”と言って同意を示した。
「ごめんね、カベル。とりあえずは同盟国だっていう【碧の国】のが妥当かなって」
「・・・碧の国って行ったこと無いんだよなぁオレ」
ほっと息をつきながらカベルはそう漏らした。
従者席にいたシエルから不満の声が上がったが、私は曖昧に笑ってごまかした。
「此処まできて気付かない貴方もたいした物ですがね。」
「だからオレ【赤の国】出たことないんですって!」
「うーん、碧の国に着くにはまだ二日ほど掛かりそうですねリア。」
「無視かッ無視ですか!声かけといて無視するんですか時兎様!!」
ギャーギャー騒ぎ立てるカベルを視界からシャットダウンしてキラは私に笑いかけた。どうやらまだ彼で遊ぶ気でいるようだ。
ピエロに位置づけされたカベルに心中でドンマイと声をかけるが、それを声にすることはしなかった。私もそれなりに彼で遊ぶ気でいるからだ。
「案外遠いのね。同盟国って言うからもっと近いかなって思ってたんだけど」
「赤の国も碧の国も大国ですからね。どちらも領地は広大ですので・・・この馬車でなければもっと掛かっていたでしょうが、女王様が直々に魔法をかけて下さっていますから早いです。」
「へぇ、ホントは何日かかるの?」
「そうですね。商人であれば二週間強は掛かるでしょうね。」
「リア・・・お前もか。お前も無視するのか・・・」
哀れなカベルはすごすごと自室に戻ってしまった。二三分すれば出てくるだろうから放っておく。
「リアも結構なサディストですね。」
「そうでもないよ?私の兄さんはすごいサディストだけど」
いつもいつもキッドで遊んでいたラビ兄さん。小さいときからそうだったから私は慣れてしまったけど、キッドはいつまで経っても反抗していたなぁ。絶対勝てっこないのに。
ボコボコに晴れ上がった幼馴染の顔と、絶対零度の笑みを讃えた兄さんの顔を思い出して小さく笑った。
「一度お会いしてみたいものですね。とても気が合いそうだ。」
「うん。絶対仲良くなると思うよ」
だけど、それは叶わない。
心中でそう零しながらも微笑みを投げ掛ける。今更何を言っても現実は変わりはしないのだから、笑うしかないだろう。
キラと話していると、キッチンの方向から料理が出来たと声が掛かった。せめて配膳だけでも手伝わないと、と思い立ち上がった。しかし行動する前にキラに呼び止められた。
「そうだ。リア、良ければ昼食後に魔法の練習でもしませんか?」
「・・・魔法、か・・・」
すっかり失念していた。
この世界には魔法と呼ばれるものが存在していた。あまりにも今までの生活とかけ離れすぎていて使えない物だと思い込んでいた。しかしキラとシエルによる説明で、誰にでも扱えると分かったのだった。
「この世界にいる時点で誰にでも魔法は使えるんだよ?」
シエルが従者席からやってきて、前に言ったセリフをもう一度言った。“わかってる”と言い返すと、嬉しそうに笑った。何がそんなに嬉しいのだろう?
「さ、ご飯ご飯♪魔法の練習だったら俺も付き合うからね」
話しているうちに昼食の配膳が済んでしまっていた。
おいしそうなパエリアが人数分揃っていて、いつの間に下りて来たのかカベルもちゃっかり座っていた。チューリに促され、全員が席について食べ始める。
なんだか家族みたい。
カベルが弟で、シエルとキラがお兄さん。チューリとガルには悪いけど、二人はお母さんとお父さんで・・・。あれ、ガルって年下だよね・・・? そう思えないのは、落ち着きすぎてるからかなぁ。
私は誰にも分からないようにそっと微笑んだ。
◇
「さて、まずは魔法についてもう一度説明しますね。」
キラがどこから持ってきたのか眼鏡をかけた。“目悪いの?”と聞くと“両目とも5,0です”と返って来た。所謂ノリという奴だね。
大きな談話室にいるのは私とキラとシエルだけで、従者席にはガルがいる。テーブルに紅茶を置いて・・・こんな所で魔法の練習とかしていいのかなぁ?
「この世界には魔法と呼ばれるものが一般的に存在します。それは誰にでも扱えるもので、日常のいたる所に使用されています。例えばこの馬車の空間、そこの暖炉の炎など用途は様々ですね。」
なるほど、だからこの暖炉の火が消えているところを見たことが無いのか。
「しかし、魔法を使うには魔力を使わなければなりません。その魔力は人によって限度が違っていて、それによって使える魔法の限度も変わってきます。魔法の難易度と魔力の量はレベルで識別されています。」
そういってピンと人差し指を上に向けた。そして、指先に小さな炎がともった。それは蝋燭やマッチに灯った火のようにユラユラと不規則に揺れて、10数秒もたたぬ内に立ち消えてしまった。
「今の魔法はレベル1のファイアと称される物です。この世界の殆ど人が使うことが出来ます。が、魔力がレベル1にも満たない者はこの魔法を使うことが出来ません。このように魔法を使うにはその魔法レベル以上の魔力レベルが必要になってくるのです。」
「つまりレベル5の魔法を使うには魔力レベルが5以上じゃないと発動しないってことね」
シエルが紅茶を飲みながら補足した。
学校の授業のような雰囲気にあまりにも似合わない優雅な行動に、少しだけ苦笑いしながらちょっとした感想を漏らしてみた。
「魔法って意外に簡単なんだね。もっと長い呪文とか唱えて、威張ったおじいさんが使ってるイメージだった」
「確かに高度な魔法になれば長い詠唱は必要になりますが・・・老若男女全ての国民が使えますよ。」
「ね、今思ったんだけどさぁ。老若男女ってすっごい言い難いよねぇ?早口言葉になりそう」
何処までもマイペースなシエルに今度は微笑を返してみた。