第二十六話:旅立ち
「ねえリア。役与式で渡した青いペンダント、今持ってるかしら??」
「え、うん・・・コレだよね」
ビオレはそれを手に取ると小さく杖を振った。杖の先から出てきた光はそのままペンダントに吸い込まれるように消えていった。
意味を問うと彼女は微笑んだ。
「安全を願って術をかけておいたわ」
「えっ!ありがとうビオレ」
「フフッいいのよ、これくらい。それと旅をするのに身分証明は必要でしょう??それ自体が身分証明になるわ。これは【アリス】だけが持つことを許されたものなの。私は先代の【女王】にそれを託された。【アリス】が現れたらそれを渡すようにといわれたの」
ペンダントを私の首にかけながら言うと、跪いていた周りに楽にするように言った。そのまま女の人に目線をやると彼女は立ち上がってリアの前で忠誠のポーズを取った。
「あの・・・??」
「彼女は【森トカゲ】の役を持つチュリウス=ヒート。私の側近の一人で信頼できる騎士よ。貴女に同行してもらうことになったわ」
「よろしくお願いいたします。チューリと呼んでください」
凛とした張りのある声で言うと彼女はそっと顔を上げた。
切れ長の緑がかった灰色の瞳。キラよりも暗い印象を受ける銀色の髪を肩口で纏めている。そして整った目鼻立ち。深緑で揃えられた胸当てや肩当てなどの防具。薄緑のぴっちりした服。
そして最近大人の女の人に会ってなかったからか、凄く色気を感じる。
「だいじょーぶ。リアのが可愛いから♪」
「・・・」
シエルがニコニコしながら抱きついてきた。あの朝以来、に耐性がついたのか無理矢理逃げようとは思わなかった。不機嫌まるだしで睨んでやったが彼は飄々とした態度で完全にそれを無視した。
どーせ、私はおこちゃまですよーだ。
拗ねた気持ちで頬を膨らませていると、シエルが“かーわいぃ”と言って頬をつついてくる。
後ろからはキラの黒いオーラが漂ってきているがリアが気付くことは無い。シエルは彼が女王の前だと下手な行動はできないことをわかっているのだ。
「・・・フランさん」
「はいはい。お堅いなァガルは」
ガルのジト目と呟きでやっと開放された私は、未だに跪いているチューリにそれを止めるように言った。彼女はキビキビとした動作で立ち上がった。
「ねえ、今日一日はゆっくりしていったらどう??」
女王が微笑みながら提案してくれたが私は頭を横に振った。
今は一刻も早くアリスの力を取り戻したい。ここにいれば暖かい彼らに甘んじてそれを忘れてしまいそうになる、それが怖くて仕方が無いのだ。
「何故だか分からないけど・・・今すぐにでも旅立たないといけない気がするの」
「・・・そう。だったらシエルが門を開けてくれるから、すぐに旅立つといいわ。荷物はキラが纏めていてくれると思うし、馬車を門に止めておくからそれで行きなさい」
早く用意をしなければ、と意気込んでから刹那気落ちした。私のするべき事は何も無かったのだった。
そんな空気の中、カベルだけが状況についていけずグルグルと目を回していた。ガルが彼の傍に佇み“どんまい、です”とだけ囁くと、彼は泣きそうな顔をして頷いた。
◇
「わあッ馬車って初めてみた!!」
門をでると一つの馬車があった。それは幌つきの四輪型で、重種と呼ばれる馬が二頭で引く物だった。黒い馬と白い馬が一匹ずつ、どちらも早く出発したそうに忙しなく地を蹴っている。キラに名づけていいと言われたので、数分悩んでから黒馬をノーラ、白馬をニールと名をつけた。数年前に飼っていた猫の名前だというのは余談だ。
私の荷物は運び終えており、手伝ってくれた人たちにお礼を言うと彼らは皆してその場に固まってしまった。困惑していると、ガルが控えめに笑いながら“緊張しているだけで御座います”といって彼らを解凍して下がらせた。
「にしても、リア・・・そのカッコ、滅茶苦茶似合うな」
「えっ!?あ、ありがと?」
カベルが私の格好を見ながらしみじみと呟くので、お礼を言って俯いた。
私はあの白い空間で着ていた服と寸分違わぬ服を着ていた。違うことといえばカベルから貰った薔薇を髪に挿して止めていることと、ペンダントをつけていることだけだった。
薔薇はシエルに術をかけて貰って半永久的にその姿を保つことが出来るようになったものだ。
なにやら手続きが合ったらしく、カベルと私以外は皆事務所へ行ってしまっていた。よって今私の近くにいるのは二頭の馬と荷物を運んでくれている人らと、幼馴染に似た彼だけ。
「でもカベルも似合ってるよ」
「ばっ!!・・・はじぃこと言うな」
顔を赤くして叫ぶ彼の服装は、燕尾服。それも珍しい白だった。
そして先程女王から進呈されたエンブレムを胸に着けている。彼も正式に【シュバリエ】の役を貰いこうして旅の準備をしている。彼の荷物はラフの服と小さな箱が一つだけだった。
あまりにも少なすぎる荷物。理由を問いかけても彼は曖昧に笑ってはぐらかした。
「・・・ねえ、カベル」
「なんだぁ??」
「巻き込んで、ごめんね・・・」
彼の明るいブラウンの瞳を直視できない。
私の胸にあるのは罪悪感。【庭師】の生活も決して苦しかったわけではないと、私は知っている。薔薇の世話をしたり、庭を整えたりする彼の横顔はいつも楽しそうに笑っていたのだ。
その生活を、私が奪った。
カベルは一瞬ポカンと口を開けてから大声で笑い出した。荷物を運んでいた周りの全員の視線が突き刺さるが、彼は笑うのを止めず・・・いや、止められずにヒィヒィと苦しそうに腹を抱えていた。
「・・・笑いすぎ!」
「ククッ!!だ、だって、ハハ・・・俺がいつイヤだなんていったよ??」
目尻に涙を溜めて、彼はやっと落ち着いたようだ。そして周りに“なんでもねー”というジェスチャーを送ってから私に微笑んだ。あまりにも穏やかな笑顔で。
「そりゃー初めは混乱したぜ?でも、ものすごく感謝してるんだ。お前の【シュバリエ】なんて光栄だし、楽しそうだしな」
「でも・・・」
「それに、例え【シュバリエ】に成ってなかったとしても、お前が旅立つって分かってたら・・・馬車に忍び込んででもついていってたかな」
どうしてそこまでしてくれるのか。
口に出かかった言葉を喉元で飲み込んだ。答えは分かりきっていたから。
「無条件の愛をお前に押し付けてるわけじゃないからな」
俯きかけていた顔を上げると、真摯な瞳と目があった。
「確かに、お前に興味を持ったのは“無条件の愛”で魂の呪縛かもしれないけどさ。今は違うぜ。俺は困ってる友達と離れられるほど、オトナじゃないからなっ」
「・・・ありがと。カベル」
“いいってことよぉ”と言ってぐりぐりと頭を乱暴に撫でられた。カチューシャが落ちそうになって慌てて受け止めると、彼はそれを奪い取ってちゃんと整えてくれた。
それから“あっそうだ”と呟いて笑った。
「お前に、俺の名前教えとく。俺の名前は―――」
耳元で囁かれた名前。
「ベルディー=フォルカス」
大切な友人からの信頼の証。
見上げると彼は照れくさそうに鼻を掻いて笑った。“忘れんなよ”といって彼は馬車に走っていった。
「・・・忘れるわけがない」
誰にも気づかれないように、一粒だけ涙を落とした。
胸にあるのは、僅かな罪悪感と・・・歓喜の感情。
それから十数分後には用意は完全に終了し、全員が女王の前に整列していた。彼女は寂しそうな瞳をしながらも完璧な笑顔を崩さないでいる。
「リア。気をつけてね」
「ありがとう・・・ハート」
ファーストネームで呼べないことを残念に思いながら、何度目かのやりとりをする。ビオレは私の頬を白い指でなぞりながら笑った。
それから二歩ほど下がって大きく息を吸い込んだ。
「キラ=シャルナーク!シエル=フラン!カベル=フォルカス!ガル=ハンプティー!バル=ダンプティー!チュリウス=ヒート!そして【アリス】リア=レドナー!そなた達に赤のご加護がありますよう」
一人一人の名を呼んでドレスの端を持って一礼する。最後に小さくウインクを飛ばしてから彼女は去って行った。
この国では昔から旅立ちの瞬間は国の最高権威は立ち会ってはいけないそうだ。
去っていく後姿にお礼を言ってから馬車に乗り込んだ。
「・・・え??」
とてつもなく大きい違和感。何かが間違っている感覚。
一人首を傾げているとガルがクスクス笑った。
「この空間は魔法で作られております。居心地は悪くありませんか??」
彼に言われてグルッと周りを見渡すと明らかに可笑しい空間だと気がついた。
全員がちゃんと乗れるのかと心の中で心配に思っていた馬車の荷台。私が乗り込むと明らかに広い空間があった。普通に談話室みたいな絨毯が引いてあり、大きいテーブルや椅子、何故か暖炉もある・・・二階へ続く階段があり、個室まで用意されているようだった。
改めて魔法の凄さにため息を零すとテーブルに腰掛けた。
目の前にはシエルが腰掛けてニコニコと笑った。
「ねえリア。まずは何処へ行く??【碧の国】か【金の国】、それとも違うところがいいかなぁ。あ、俺との逃避行ってことで二人だけで遠い国までいっちゃう??」
「・・・結構です」
行ったら大変なことになると本能的に感じていた。目線を大きく逸らしながら乾いた笑みを零すと彼は拗ねたように唇を突き出した。
「えー、そんな遠慮しなくていいのにぃ」
とりあえずデコピンをしてやった。
この世界に慣れてきている自分。
それがとても怖いと感じるのは、
私が元の何も知らない生活に戻りたいと願っているから??
与えられた個室で夜の月を想いながら、静かに眠りに落ちていった。
旅立ったんだね
アリス
待ってるよ
君がこの世界を
コワしてくれるのを
楽しみだな