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第二十五話:別れの挨拶


「そうですね・・・まずは【シュバリエ】に召集をかけましょうか。」


朝一番にキラの元を訪問した私が今後のことを質問すると、彼は特に迷うわけでもなくサラっと答えた。

彼の胸元には【シュバリエ】の証だというバッチ・・・正式名称はエンブレムと言うらしい、それが誇らしげに輝いていた。彼が言うにはエンブレムはアリスと交流の深かった者や、魔力武力共に秀でた者だけが手にすることが出来る資格だという。


そんな【シュバリエ】であるキラは既に城の仕事を他の人に引き継いだらしく、自室で紅茶を飲んでいた。キラは近くにいたメイドにリアの分の紅茶を入れるように言った。


「他の人って・・・シエルとバルのこと??」

「ええ。他にもハート様に指名された人物ですね。俺にもまだ伝えられていないと言う事は貴女を驚かすつもりなのでしょう。」


【メアリ】の役を持つ彼女は恭しい態度でリアに紅茶を入れて下がっていった。気を使ってくれたようだ。


オレンジペコの香りを堪能してから口に含むと自然と顔がほころぶ。彼は楽しそうに目を細めていた。


「ちなみにオレンジペコは【アリス】の好きなお茶だったらしいですよ。」

「へぇー。私と一緒だね」


キラはアールグレイを呑みながら微笑んだ。


【アリス】の魂を持つリア。自分にとって何を置いても護るべき存在である。そんな彼女が嬉しそうに笑う様子が何よりも幸せに思える。それほど自分は―――。


「そうだ。リア、大事なことをお伝えするのを忘れていました。」

「大事なこと??」


ふっと引き締まる表情。大事なことといえば旅の事しか思えないのだ。

キラはそんなリアに柔らかく微笑んで、


「俺のミドルネームは口外しないで下さいね。」


一瞬意味が分からず目を瞬いたが彼は気にする様子も無く言葉を続ける。


「この世界では本名を名乗ることで信頼の証を託したことになります。それによってその人に対して力を遺憾なく発揮することができるのです。俺の名前はミドルネームを付けることによって本名となり、他人には方言としてキラ=シャルナークと名乗っております。」

「どうして本名を隠すの??力を発揮するほうがいいはずなのに」

「そうですね。しかし、魂の力は絶大です。それは貴女も体験したことと思いますが、あの力を出し続けると魂自体が消滅することもありえるのです。」


魂が消滅・・・??つまり、死・・・??


その結論にたどり着いた思考を察したように“ご心配なさらずに”というキラの声がする。


「力の根源である魂は消滅しますが、死ぬことはありません。力と自分の魂は別物ですからね。」

「そう・・・よかった」

「力を使いすぎると自らの魂に負担がかかりますが、それも睡眠や休養によって回復することが出来ます。自らの力の限界を知ることはとても大切なことです。」


そうだね、自分に出来ることと出来ないこと。理解できずに飛び込むのは無謀と同じだものね。


「それに、これが一番大切です。よく覚えていてください。」

「うん。」

「真名を教えることで、もう一つ大きな危険が伴います。ある手順を踏めば、真名を奪われた者は術の行使者の意のままとなる。それこそ、行使者が“死ね”といえば何も考えずに燃え盛る火炎に飛び込むことも可能です。・・・信頼の証といったのはそういうことでもあるのです。」


絶句する私に彼はクスリと笑いかけた。


「俺は、貴方に命を預けます。」


ずしり、と重い何かが胸に引っかかったような気がした。




紅茶を飲んで喉を潤してから立ち上がるキラ。“あとは女王の下へ行きながらご説明いたします”と言って立ち上がった。呑み終わっていた紅茶のカップを置いて私も続く。

エスコートしながら斜め前を行く彼を見上げて、背高いなぁ・・・というくだらない事を考えた。



未だに自分が旅に出ることが夢のように感じる。自分で言い出したことだが、どこか夢心地だったのだ。アリスのチカラだという【キュア】もどういうものだか分からないし、体の何処かに変わったことも無かった。

そんなにすぐに使えるものじゃないのかしら。



「続き、お話いたしましょうか??」


思考に浸っていた私にキラが少し心配そうに声をかけた。赤い瞳に暗い影が落ちるのがいやで、ブンブンと頭を振って大丈夫だと伝えた。楽しそうにクスクスと笑うキラ。ラビ兄さんを思い出しそうになって、頭から追い出した。


あの何も知らなかった生活には、もう戻れないのだから。今思い出しては彼に迷惑をかける。


目の前にいる彼に、無理矢理笑って見せた。


「では、続きを。先程、本名を名乗ることで力を発揮できるといいましたが、普段は制御している状態になります。絶大な力を使い続けることは、それ以上に反動が強くなることを意味しますからね。制御していても、普通よりかは断然強い力にはなりますが反動は少なくなります。」

「ねえ、話聞いてるだけだとあんまりメリットないように聞こえるんだけど・・・」

「はい。しかし、大切なものを護るためには力は必要です。それも危険になればなるほど、強い力が。多少デメリットは多くなりますが、強い力の代償だと思えばそう重くも無いのです。」


彼は私の頭を撫でて微笑んだ。

バルにしてもキラにしても、なぜこんなに頭を撫でるのだろうか・・・。その自問に対して小さいからという答えにたどり着いた瞬間、若干気落ちした。152cmの身長はもといた世界でも少し小さかった。だけど、あまり子供扱いしないでほしいな・・・。


少し拗ねた彼女を不思議そうに見てからキラは立ち止まった。


「さあ、謁見の許可をとってあります。参りましょう。」


そういって扉に手をかけた。


瞬間、彼が開ける前に自動的に扉が開いた。両開きの扉が勢いよく開き、彼の額に直撃した。

ゴツンと鈍い音が響きキラは体制を崩した。


「あ、リアぁ♪オハヨー」


扉を開けたシエルはニコニコと楽しそうに私に笑いかけた後、蹲るキラにニヤッとした笑みを向けた。わざとやったのがよくわかる。

キラは恨めしそうな瞳を向けてから、ホルダーに入っている銀の銃に手をやった。とりあえず発砲しそうな彼を必死で止める。


「わぁどーしたの白兎ぃ??」

「・・・邪魔です。翻弄猫。即刻消えなさい。」

「ざーんねーん。俺も召集されてる身だからねぇ。消えたくても消えれないんだよ??」

「旅に出るのなら、そのムカつく口調を改めなさい。馬鹿猫。リアに迷惑をかければ例え貴方でも殺りますよ。」

「えー、俺を殺れるの??ウサギさん♪」

「ええ、お望みなら何時でも・・・。」


「いい加減にしないとリア様が泣きそうですよ。シエルさん、キラさん」


ピリピリとした空気に突然割り込んできたのは、シエルの後ろでクスクスと笑っていたガルだった。意外な人物に一瞬目を見張ったが、当たり前だと理解した。

バルが【シュバリエ】ならガルもそうだろう、と。


キラは本当に泣きそうだった私を見て、少し申し訳なさそうな顔をした。シエルは楽しそうに笑ったままだったが。


謁見の間を見渡すと、見たことのない女の人と・・・


「え・・・カベル!?」

「お、おう・・・リア、おはよ」


いるはずの無いカベルがいた。

彼自身も居心地が悪かったようで、リアの顔をみるとほっとしたように息をはいた。目を見開いてビックリしていると流石に苦笑いを零しながら“失礼なヤツだなぁ”と呟いた。


「や、だってカベルも呼ばれるなんて・・・」

「・・・まさかだよな。オレもビックリだ」

「当たり前じゃん。あんた【トゥーイドル・ディー】だもん」


いつの間にか私の後ろにいたシエルがニヤニヤと笑いながら言い放った。カベルは神妙な表情で一つ頷くと、私に説明してくれた。


「昨日、突然女王に呼ばれてさ。行ってみたら突然フランに魔法かけられてさ、【ディー】が覚醒したって言われたんだ。俺は【庭師】の魂より【ディー】の魂が強く反応してるらしくてさぁ」

「なーんか懐かしい匂いがすると思って、呼んでみたらドンピシャだったってわけ。なんで今まで反応してなかったかは全くの謎だけどね」


カベルの説明にシエルが付け足して彼は肩をすくめた。


「でも、おかしいですね。消えたはずの【ディー】が発見されたのに、彼と双子である【ダム】がまだ見つかってないなんて。」

「どっかで覚醒してんじゃなーい??カベルみたいに」

「て、適当だな・・・」


ごもっともなカベルの突っ込みの後シエルが突然“そろそろみたいだよ”と呟いた。彼の向けた視線の先には玉座があり、その中心にはさっきまで無かった青い光があった。

瞬間それは眩いばかりに発光し、反射的に目を瞑る。



「じょおーさま。もうちょっと穏やかに登場できないんですかぁ??」

「フフフ。仕方ないでしょ。側近たちを巻くにはコレが一番手っ取り早いんだから」


シエルの呆れたような声の次に大人びた少女の声が鼓膜に届き、急いで目を開ける。まだ微妙に眩んでいる視界の中で、ピンク色のドレスを身に纏ったハートがニコニコと微笑んでいた。

彼女は私と目が合うと、刹那哀しそうな瞳をした。


「リア・・・旅立つそうね」

「・・・はい」


悲しみを振り落とすかのように明るい笑みを見せる少女を痛々しく思いながら返事をした。周りを見れば全員が跪いていて、私もそれに習って膝をついた。が、ハートはそれをとめた。


「貴方は特別な存在なの。だから本当は私に敬意なんて払わなくてもいいのよ」

「でも・・・」

「じゃあ命令ね!」


珍しく、といっても一週間も無い付き合いの中でだが、彼女は子供らしい声で笑って言い放った。


「本音を言うと、行って欲しくないの。でも・・・行かなくちゃダメなんでしょ?だったら私はもう止めないわ」

「女王さ―――」

「女王だなんて呼ばないで。私の名前は」

「ハートさま!!何を―――ッ」


続ける言葉をガルが止めるが、女王は彼を一睨みして黙らせた。


私だって彼女が何を言おうとしているのかよくわかった。それは今まででは極当たり前のことだが、ここでは重さの違う行為。大国の主である彼女が易々と口にしてはいけないこと。


だけど、私は止めようと思わなかった。

それが彼女の願いだと分かってるから。



「私の名前はビオレル。ビオレル=ハート=スプリングよ。この面子のときではビオレと呼んでね」


周りの皆から息を呑む音が聞こえた。

最高権威である女王から本名を告げられたということは、それほどの信頼と・・・期待がよれられているのだ。リアを、【アリス】を護る【シュバリエ】としての期待と信頼。あまりにも重過ぎる。


ハート―――いや、ビオレは相変わらず笑っていた。少女である彼女の無垢で明るい笑顔を。

私は呆然と彼女の笑顔を見ていた。気がつくと彼女は目の前にいて、私の顔を見上げていた。


「ねえリア。この世界の伝統的な別れの仕方を教えてあげる」

「わ、かれ・・・」

「そう、ひと時の別れ。相手の無事を祈って、相手の幸せを祈って、そしてどうかまた笑顔を見せてくれるようにと願いを込めるの」


“リア、少しだけ屈んで目を瞑ってくれる??”彼女はそういって微笑んだ。そっとビオレの頭と同じくらいの高さまで屈み、瞳を閉じると。


リアの両手を彼女のそれで包み込む。額と額を合わせてビオレは瞳を閉じた。



「彼の者に幸福を、祝福を・・・そして、願いを」


最後に触れるか触れないかの軽いキスを瞼に落として、彼女は私の手を解放した。



目を開けると彼女は泣いていた。

潤んだ薄ピンクの瞳に呆けた顔の私が映っていて、それがとんでもなく情けなく思った。恥ずかしくて俯くと彼女はクスッと笑った。


「ねえリア。どうか無事でいてね。何かあったら何時でも帰ってきて」

「・・・ビオレ」

「当然よ。貴女と私はもう友達だもの」


濡れた頬を裾で拭いながら照れくさそうに笑うビオレ。私も釣られて微笑んだ。


「最後に」

「うん」


「ありがとう。私達を救うと言ってくれて」



春色の瞳がそっと弧を描いた。













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