第十七話:碧の国と冷たい何か
気がつくと、俺はむせ返るキツイ香りに包まれていた。
状況が飲み込めなくて暫く呆けていたが、その香りは寝転がる俺の周りに生殖する植物から発生しているのだと気付いてそっと頭を上げる。
「・・・薔薇、だよな」
「そう、みたいだね・・・」
後ろを振り返ると今の俺と同じようにして頭をあげているラビの姿。彼は“いたた・・・”と言いながら片手で米神を押さえている。
「大丈夫か??ラビ」
「ああ・・・どこかで頭を打ったみたいだ。ガンガンするよ」
ラビは頭を軽く振ってからゆっくりと立ち上がる。俺も彼と同じようにして立ち上がるとぶわっと薔薇の香りが更にきつくなった気がした。
周りを見渡すと、ちょうど俺の身長より少し低いくらいの位置まで伸びた薔薇が大量に生えているのが分かった。だけどその薔薇は無法に生えているのではなくきちんと整えられていて美しい庭園として在った。
「・・・ここがリアの居る世界・・・なのか?」
「ぜひとも、そうであることを願うね」
未だに米神を押さえるラビが“あそこ、出口みたいだ”と指差すほうにはガラスの扉があった。よく見るとここは中庭みたいで、上を見上げると五階分くらいの高さの上品な建物に囲まれていたのだった。
俺達はとりあえず警戒しながらその扉のほうに足を運ぶ。
何があるか分からない異世界。必ずしも突然きた俺達を快く歓迎してくれる優しいやつに出逢うとも限らない。下手したら有無を言わさず殺されるかもしれない・・・。
自らが思考でなぞった殺されるという考えに内心ぞっとしながらも、警戒を強める。
「なあラビ。俺達って超絶不審者にみえるだろうな」
「馬鹿なこと言ってないで、さっさとこの場所から逃げよう。・・・ここは香りがきつすぎ―――」
「そこの者ッ止まれ!!」
背後から聞こえる高い声に俺達は身体を硬直させた。ひやりと背筋を冷たい物がなぞるような感覚が起こり刹那体が震える。
殺される、のかな・・・。
あーあ、リア・・・お前とはもう二度と会えないのかなあ。
背中にグッと何かを押し当てられる・・・拳銃??
今度は感覚じゃない背中から徐々に冷たい感触が広がった。
ああ、死んだ??
「キャハハ!!本当に止まるなんて馬鹿だね!!」
「だめよショウ!!お客様はからかっちゃだめって、王様にいわれているでしょ」
後ろから高い声が二つ響いて土の上を走る音が近づいてくる。
ぐっしょりと水に濡れた燕尾服からポタポタと大量の水が滴り落ちる。バッと後ろを振り向くとくりくりとした目の可愛らしい顔の少年が水の出ているホースを持って楽しそうに笑っていて、その後ろでは長いツインテールを揺らしながら小走りで寄ってくる少女。
・・・え
え??え????
「ばぁか!!僕が異世界のやつが強いかどうか見極めてやってるってのに、ローバが怒るわけ無いだろ」
「違うもん!!突然水をかけちゃだめっていってるのっ。もし本当に強い人だったらショウ殺されちゃうじゃない」
「強いわけないだろ、ネリダ。こんな水くらいもよけられないようじゃ、この僕が殺されるわけなんかないね!!」
ショウと呼ばれた少年に追いついたネリダという少女は頬を可愛らしく膨らまして“もうっ王様に言いつけてやる”と呟いてから、俺達に視線を向けた。
完璧に混乱しきっている俺達に向かってニコッと笑いかけてから、黒いメイド服のスカートの端を持って恭しく一礼した。
「初めまして“来訪者”様。ここは碧の国と呼ばれる大国の1つです。私は【案内人】のネリダ=アイリーンと申します。此方は【庭師】のショウ=ハリスン。以後お見知りおき願います」
一気にそういうと顔を上げ“来訪者様のお名前をお教え下さい”といって笑った。
突然変わった雰囲気と口調に圧倒されながらも、人畜無害そうな笑顔に俺はやっと少し警戒を解いた。そして呟くように名乗る。
「・・・キッド=ラブレ。こっちはラビ=レドナー。ここは何処だ??」
「“こっち”とはいい度胸だね・・・キッド」
後ろから殺気を感じながら目の前の少女だけを見詰める。ここはラビには触れないほうがいい。
ネリダは笑顔を崩さずにキッドに一歩近づく。
「まあっ珍しいですね。此処を訪れる“来訪者”様達はこの世界のことを知っていて、自らこの世界に足を運んでいらっしゃると言うのに・・・。キッド様とラビ様は特別なんでございますね」
「素直に無知と言えばいいのに。この猫かぶりめ」
「黙ってショウ。後で業火で炙られたくないならね」
「ゴメンナサイ!!」
独特の空気に苦笑いした俺達にネリダは“失礼致しました。お召し物を乾かさせていただきたいので、城内へ・・・”といって俺達をガラス戸の中に案内しようとする。
「行くか。ラビ」
「・・・そうだね。とりあえずは大丈夫みたいだし」
お互いに頷いてネリダの後を追う。
碧の国・・・。
ここにリアがいるのだろうか。
◇
「ああそういえば、キッド様。貴方様は【役】持っていらっしゃいますか?」
「やく・・・なんだそれぇ??」
やたら豪華な部屋に通され、数人のメイドに囲まれ、服を乾かされながら答える。その滑稽な様子な俺を見て、ラビはクスクスと意地悪く笑っていた。
くそぉ・・・なんか悔しい。
ネリダはきょとんと一瞬呆けてから“ああ、そうでしたね”といって上品に口元に手をやって笑った。
「失礼致しました。貴方様がたは“特別”なのでしたね。よろしければこの世界と国についてご説明させていただきますが、お時間よろしいですか??」
「ああ、よろしく頼みます」
ラビが一瞬俺に目配せしてからネリダに答えた。
では・・・という感じに一瞬優しく微笑んでから彼女が説明しだしてくれた。
もうお解かりのように此処は貴方様のいらっしゃった世界とは全く異なる世界にございます。
ここは私達の先祖に当たる人々が苦心しながら作り上げた新しい世界です。その先祖達は皆、人に虐げられるような外見、または心の歪みを持っておりました。
疎まれ、蔑まれていく【世間からはみ出した】者たちは孤独の苦しみに耐えかね、仲間を集めました。そして、多くの犠牲を伴いながらこの世界を創り出したのです。
目的は簡単、自由と仲間と、そして愛を手に入れるためです。
よってこの世界には絶対的な法はありませんでした。あえて言うなれば、それぞれの地域の最高権威が法とでもで言いましょうか。
しかし時が過ぎ、そのルールも少し変わっていきました。
新しい法・・・それは【役】の設定です。
この世界の住民一人一人に役割を与えて、秩序と歴史を護ってきたのです。私なら【案内人】・・・異世界からやってきた“来訪者”様を案内するナビ役です。先ほどのショウは【庭師】で、場内の庭を整頓し美しく保つ役割を持っています。
【役】は生まれて、またはこの世界に来て一週間以内に、それぞれの最高権威から与えられます。これは絶対的な法です。貴方様方も例外ではございませんのでこの後すぐ碧の国の王の下へ行って【役】を頂いてください。
そして、もう1つ・・・この世界には大きく分けて四つの大国が存在します。
ここ【碧の国】も大国の1つ。他には碧の国との同盟国である【赤の国】や隣国の【金の国】、そしてわが国と敵対する【黒の国】。
碧の国の最高権威であるお方は十五歳とまだお若い身ですが国をまとめるに相応しい知性や品性、容姿をもたれたお方です。名をクローバー=オータムと仰られます。
クローバー様は数年前に黒の国の王であるスペード=ウィンター様とチェスをなされておりましたが、間違えて手加減なしにスペード様を完膚なきまでに負かしてしまいました。
そのことに激昂した黒の国は我等が碧の国に宣戦布告をしてまいりました。
売られた喧嘩は買うのが礼儀。そういってスペード様は軍を引き国境で開戦を行ったのです。
他国の干渉により黒の国は降伏し被害はほとんどありませんでしたが、今でも黒の国は碧の国を恨んでおります。
それからと言うもの赤の国と我碧の国は同盟を結んでおります。これは二度と黒の国との戦いをしないためにも威嚇の意味を含めているのです。現在、金の国の女王であるダイア=サマー様達と会議を進め、同盟加入を勧めております。
ゆくゆくは黒の国とも同盟を結び、二度と戦争が起こらないように押し計らっていこうと考えております。
「と、こんなものですかね」
ネリダが長い説明を終える頃には俺の服は完全に乾ききり、沢山居たメイドたちは全員下がっていた。ラビは時折眉をしかめて米神を押さえて何かを考えているような仕草を見せていた。彼は大きくため息を吐くと“ということは・・・”と呟いた。
「これから俺達はそのクローバー=オータム様の所へ向かって【役】を貰わなければならないんだね」
「はい。これからご案内いたします」
「あ、待って。1つ質問、いいかな?」
人差し指を立ててネリダを制したラビは、彼女が小さく頷くのを見てからゆっくりと言葉を放った。
「【アリス】・・・彼女はどこに居るのかな?」
リア
今 君は何処にいる??
待ってて
絶対
助けてあげるから
スランプ突入です!!!泣