第十話:掌へのキス
すみません。女王様登場にはもう少し掛かりそうです
。
「ねえ、キラ・・・」
「どうしました??アリス。」
隣を歩く彼の名を呼ぶと、キラは口元に薄く微笑みを宿しながら聞き返してくれた。
「さっきから気になってたんだけど・・・。その、いつになったら着くの??もう大分歩いている気がするし」
自分よりも頭1つ半くらい背の高いキラを見上げて聞いてみた。彼はクスと上品で控えめな笑みを零して“そうですね。”といって私の手をとった。私は彼の不可解な行動に首を傾げて凝視する。
「アリス。実を言いますと、謁見の間に行くためにはあることをしなければならないのですが・・・できますか??」
「・・・あること、って何??」
彼はその美しい紅い瞳に刹那影を落としてから、それを振り払うかのように笑った。すこし痛い笑顔に私は顔を歪ませた。
「簡単です。猫が魔法をかけますので、貴女はただ望めばいい。」
・・・私が、望む??
更に深く疑問詞を浮かべると、キラは突然跪いた。そして、私が声を上げる間もなく彼は私の掌に唇を寄せた。
「―――ッ!?」
「望んでください。アリス・・・。猫の魔法は来賓者を見定める物。貴女が解かなければならないのです。」
「・・・猫の魔法・・・ですか??」
いまいち現実味の無い言葉と突然のキスに戸惑う。
掌へのキスは“望み”を意味する。掌に宛がわれたままの唇が妙にくすぐったくて、思わず身をよじった瞬間だった。それは突然聞こえてきた。
クスッ
へぇ、白兎でもそんなことするんだね。
耳元で囁かれたような感覚。低くて少しだけ掠れた男の声。当然此処にはキラと私しかいなくて。だけどこの声は私の知らない声で、愉しそうにクツクツと笑った。私がキラに答えを求めようと目配せすると、彼は何も言わずに頷いた。
大丈夫だよ、ってさ。
ふぅん・・・【アリス】??全然変わってないな。
相変わらず綺麗なスカイブルーの目だね。
「・・・変わってない??・・・貴方は、誰??」
戸惑いつつも質問を投げ掛ける。男は未だ笑っていた。
えぇー。俺のこと覚えてないの??残念だなぁ
・・・はは、仕方ないよね。うん、教えたげる。
俺の名前はシエル。シエル=フラン。役は【チェシャ猫】と仮【門番】だよ。
ちっとも残念そうに聞こえない、特徴的な話し方をする男・・・正確には男の声。言葉の最初が少しだけ強調されるような話し方。まるで相手を挑発してるみたい。
男はシエルと名乗った。
「ふぅ・・・。猫、早くしてください。時間がないのですよ。」
キラが若干怒ったような声を出してシエルを急かした。・・・何をするのだろう。
仕方ないなぁ。
んじゃあリア・・・だったよね。
ああゴメン。ビックリしちゃった??庭師との会話聞いちゃったんだ。
そろそろ始めようか。
「な、にを??」
不安で声が掠れる。シエルとキラが同時に“大丈夫”と言ってくれた。
アリス、そんなに不安がらなくていい。
君は俺の話を黙って聞いてればいいだけだから。
だから、そんなに緊張しないで、ね??
呼吸止まってるでしょ。ちゃんと息しててね。
シエルに愉快そうに笑いながら指摘され、初めて自分が呼吸をしていなかったことに気がついた。小さく深呼吸をして“ありがとう。大丈夫よ”と呟いた。
そう。
じゃあ始めるよ。
悲しい哀しい、俺達の昔話。