第九話:瞳とアリス
なかなか女王様が出てきません。
次あたりにはあの猫と一緒に・・・
赤くてフワフワした絨毯を早歩きで前を歩くキラ。私はこの歩きにくい絨毯に足をとられ何度も転びそうになりながら必死についていく。
「ッ・・・キラ、ちょっ待って」
呼びかけるのも、もう何度目だろうか分からない。彼はまるで気付いていないように只管前を向いて歩くだけ。否、本当に気付いていないのだろう。
少し走って彼の前に回りこむと、彼の目には光が灯っていなかった。キラはそのまま歩き続けようと私の横を通り過ぎる。
そのとき、キラが何かを呟いている気がした。
「・・・キラ!!!!」
そう叫んで私がキラの腕を掴むと、彼は簡単にバランスを崩して倒れこむ。それも私の身体にしな垂れかかるようにゆっくりと。
「ふぇ!?ちょ、キラ」
「・・・ァリス・・・??ああ・・・俺の、ありす・・・」
小さく呟くキラはどこか虚無な瞳で私の目を見ると細長い指を私の頬に這わせた。その触れ方は壊れ物を扱うかのようにくすぐったいものだった。そして指は私の目尻へと上がっていく。
「ああ・・・アリス、相変わらず美しい瞳・・・蒼く、広がりがある・・・」
蒼い瞳・・・??
私はキラを引き剥がした。古い記憶が蘇ってくる。
「ァ、リス・・・??」
傷ついた目で私を見下ろす彼。そう、彼は私の瞳が“蒼い”といったのだ。
「キラ・・・私の瞳。何色??」
彼は鼻から抜ける笑みを零した。なにを当たり前のことを聞くのだ、というように。
「ああ、相変わらずの美しい青色ですよ。アリス。大空のように澄んだ蒼です。」
彼の瞳には少しずつ光が戻りつつあった。話し方も覇気のある声でしっかりとしたものだった。
「・・・先ほどは申し訳ありません。さて、先を急ぎましょう。」
だけど、私の身体はゾクゾクと震えて。私の意思はどこか遠いところへ飛んでいってしまっていた。
昔、母さんが言ったのだ。御伽噺を聞かせるように。何度も何度も・・・。唄うように・・・そして、哀しむように。
瞳の碧が空に変わるとき。
世界を変える“チカラ”が蘇る。
“チカラ”は世界の均衡を崩し。
同じ“チカラ”により世界を救う。
“チカラ”は少女の血の下に契約される。
“チカラ”は少女の記憶に封印される。
アリスの美しく醜い“チカラ”。
少女はその“チカラ”を持つだろう。
世界を崩すために。
世界を救うために。
繰り返し聞かされた言葉の羅列。私は何かの童謡かお話だと思っていた。だけど、その言葉は幼い私でもしっかりと覚えていた。
何故だか分からない。だけど・・・
ありえない。そうありえないの。
瞳の色が変わるなんて。
「アリス・・・??」
ああ。分かったわ。私の名前は【アリス】になるのね。
お母さん。
私がその“少女”なのね。
アリス
そう
君はアリス
美しく
悲しい
運命の少女