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phantom  作者: まいあみ
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2 ギャラクシアという男

差別塗れの汚れた故郷から異世界入りを果たした俺は、ひどく動揺していた。開いた口が塞がらないとはこういう事か。身をもって体験した。


「君のいた世界には、エルフやゴブリンはいなかったかな?」


まず最初に目に入ったのは、手足がそれぞれ八本ずつある人型の化け物。それだけでも背筋が凍ったのに、地を這うような得体の知れない声で鳴くものだから気を失いそうになる。


空中には吸えば体を害しそうな赤黒い胞子がゆっくり飛び交っていて、空を仰げば胞子と見紛うぐらい紅くぼんやりとした月が二つ繋がり、煌々と輝いていた。


異世界といえば、この男が言う通りエルフやゴブリンが明るくファンシーな世界に生息しているのが俺の一般認識であったが、それは大きな間違いだったようだ。


「……ナノくん、ここが一応僕らの基地なんだけどね」


男が立ち止まる。俺は周囲の観察を一旦止めて、奴の視線の先をたどった。そしてまた、幻想がぶち壊された。


ギャラクシアという男はつくづく予想の斜め上を行く。こいつが言う基地、それはコンクリート詰めの研究施設のような物でも、いかにも支配者を思わせる巨大な城でもなく。


「ただの小屋か」

「ち、違うよ……いやそうだけど……でも昨日作ったばっかりだから綺麗だよ、きっと」


俺を拉致していく時のあの偉そうな態度とは一変、今必死に目の前で弁解しているギャラクシアは、ただただ情けなかった。


……そういえば、俺が連れて来られた理由をまだ聞いていないな。"雇う"と奴は言ったが、それだけだ。こいつ自身のことは名前しかわかっていないし、大体この世界は全てが禍々しすぎる。


「色々聞きたいことがあるだろう、立ち話もなんだし、僕についておいでナノくん」


小屋に吸い込まれるように消えたギャラクシアを追って、奴曰く"基地"に足を踏み入れる。中も非常に簡素な造りとなっていた。


奴は先に座っている。俺も腰掛けるよう促されて、板に四角い材木をくっつけただけの椅子に座った。ぎしりと音が鳴る。


「まずは……そうだね、僕の正体から言おうか」






僕の名前は君に教えた通り、ギャラクシアと言う。時空の旅人で、この世界の支配者と呼ばれる存在だ。完全な趣味で造ったこの世界だけど、最近忙しくて他の世界を覗いている間に、どうやら悪さをした連中がいたみたいでね。ご覧の有様さ。


僕は支配者だけど、直接ここの住人に危害を加えることはできない。それが世界を造った者に与えられた制約。勝手に造って壊してを繰り返させないために、僕達の高位に存在する、いわゆる神様が決めたんだよ。



「……と、ここまでは理解できたかな……?」


「悪さをした連中を殺せばいいのか」

「うん、まあそういうこと」


「だが、俺は無償でそんな面倒はしない」


ギャラクシアは"この世界の住人"には手出しができない。ここからすれば"異世界の住人"にあたる俺にはなんだって出来るだろう。殺されるのが怖く無いと言えば嘘になるがしかし、こんな顔で生涯暮らすことになるくらいなら、死んだほうがマシなのだ。



「分かってるさ、だから君の呪いを解く手伝いをしてあげる」



「何?」


「すぐ治してあげたいのは山々だけど、"それ"はとっても厄介だから僕にはできない、でも、治せる可能性を持つ女の子が一人いるんだよ」


「おいで、サキちゃん」



「……は、はい!」


呪いが治る。十年もの間、俺を苦しめ続けたこの呪いが、治るのか。こんな小さな女が、治せるのか。疑念を抱くが、藁にもすがる思いでその女を見る。そいつは少し目を見開いた後、ふわりと柔らかく微笑んだ。


「楠木 咲です、よろしくお願いします」


クスノキサキ。変わった名だな。


「……あ、この少年はナノくんって言うんだよ」

「はい、ではナノさん、改めてよろしくお願いしますね」


「……あぁ」


俺は自分の手のひらを見た。彼女には、俺の顔がどう見えているのだろうか。表面上では笑っていても、心の中では醜い男だ、と蔑んでいるのだろうか。ギャラクシアだってそうだ。世界を救ってくれと、俺が必要だと言っているが、本当はどうか分からない。お前みたいな醜悪な人間にはお似合いだと、用が済めば豚箱行きだってあり得る。


少し期待をしてしまった己を呪った。生きているモノは、美しいモノを残して醜いモノを淘汰する。それが常である。異世界に来たからといって、覆るような事物ではない。


「ギャラクシア」

「……どうしたのかな」

「仮面はあるか。何でもいい」


「……隠してしまうんですか?」


少女の問いには答えなかった。答えられなかった。俺はこの醜い部分を隠して、ギャラクシアの言葉を信じ、呪いを解きながら世界を救ってやろう。


「ナノくん」


渡されたのは、真っ白な楕円に視界確保のため開けられた二つの穴だけのからっぽのお面だった。


からっぽの俺の心に、ぴったりだった。

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