薄闇の帰り道
トオルは眉間に皺を寄せた。右手の人差し指でその皺を揉み、顔を上げる。そうして、目線の高さにいる相手に手の平を向けた。
「ちょっと待て。」
羽をぱたぱたと波打たせながら、相手は待っている。羽がくっついていて、異様に小さい以外は普通に小さな子供に見える。
「俺は、トオルという。その、……お前は俺を探していたのか?」
全身の前に開かれた手が邪魔だと言うように、子供は両手をトオルの小指にかけた。横に引っ張ろうとする。手を下ろすと、トオルの顔に近付いた。
「ん? トオル? ……またあ、よくわからない冗談言って。」
じっと目を見るその顔が、若干こわばっているようにも見える。ふーっと息を吐いて、肩をすくめた。
「どう見ても、---様じゃないですか。」
「何度か言っている、その、名前が聞き取れない。」
彼の言うその名前らしき部分だけが、トオルには分からない。確かに何かと言っているようなのだが。
ぴたりと、子供は動きを止めた。羽も止まり、ゆらっと落ちかける。慌てて、トオルは手の平で受けとめた。
トオルはその羽のある子供を手に乗せたまま、店に帰った。この小さな何だかよく分からない相手とずっと立ち話をするのも、人目が気になるというのもあった。
帰り道を歩く間、子供はまた飛び立つ風もなく呆然と座っていた。店に入ると、そこらにある物が気になる様子できょろきょろと首を動かしていたが。
机の上に下ろすと、まだ店の中を見回していた。
「えーと、と……なんでしたっけ名前。」
視線は古びた燭台に止めて、子供が口を開く。トオルは机の横にある椅子に腰を下ろした。トオルだ、と短く答えると子供はふんふんと頷いている。
「僕は、イル。こっちでの発音だとそんな感じです。」
イルと名乗ると一度首をかしげて、それから自分で納得したようにまた頷いている。
「こっちでの? あっちとかこっちとかあるのか。」
そこで、イルはトオルと視線を合わせた。小さくため息をつき、それに合わせて目線が下がる。
「うーん、そこも知らないなら言った方が良いのか……いやでも、うーん、まぁ話した方が良いのかな。」
ぶつぶつと迷いを口にしてから、すっと顔を上げてまたトオルを見る。
「あるんですよ。こっちと、ここではないあっちが。」
トオルは腕を組んだ。
「よく分からん。」