金曜日のあと
雑然と品物が溢れている古物屋の中程。古ぼけたテーブルに、トオルは座っていた。肘を突いて、斜めに引いた椅子に腰を下ろしてぼんやりとしている。
さして都会でもない、ほどほどの町。その片隅にひっそりと佇む店。
数年前まで、トオルの祖父が営んでいた小さな店である。物心が付く頃にはこの場所に出入りしていたし、中学の頃には手伝いもしていた。この仕事を継いだ事に関しては疑問もない。
いや、店の事は今はどうでもいい。トオルは首を振った。そうして思考を続けた。
ーーそれよりも。確かに先週、自分はトラックに轢かれた。はずだった。気付けばこの場所にいた。
すぐには体が動かなかった。うとうととまどろみ、どのくらいか眠ったのかもしれない。夕焼けの頃合いにやっと動く気になった。手が動き、首を回し、腰を上げた。身体には、特に異常を感じない。
轢かれたであろう場所に行っても、何も変わった事はなかった。血が広がっていたわけでもない。車の破片が落ちていたわけでもない。ただ、横の電柱が曲がっていた。
道中、周りを見回しても何の違和感も感じなかった。変わった事は……。
いや、待て。おかしいだろう。何故違和感を感じない?
今、思い出して気付いた。
道を歩く人々が、何かカラフルになってないか?
トオルは膝を叩いた。突いていた肘から顎を上げる。あえて慌てていない素振りで、ゆっくりとした足取りで店を出た。路地を抜け、通りに出る。人通りは、少なからずある。
「……ああ、やはりだ。」
小声で、トオルは息を漏らした。
この日本では普通、黒髪か白髪。せいぜい茶色。明るく染めても金色。それが見慣れた頭髪のはずだ。
それが、どうした事だ。赤や青、緑、紫。色とりどりではないか。
ぱっと見て分かるこのおかしさに、何故おかしいと感じないのか。皆普通に歩き、すれ違っている。
一度大きく息を吸い、トオルはゆっくりと吐き出した。首を振り、来た道を引き返す。歩きながら自分の手を眺めて、頭髪を引っ張ってみた。そうして、小さく笑った。
「俺の手って、こんな青白かったっけ? それに、髪が紫じゃねえか。」
店に戻ったら、奥へと引っ込んだ。洗面所へ行き、改めて自分の姿を確認する。
洗面台の縁に両手を置き、はーっと大きく息を吐いた。普通に毎朝、顔を見ていたはずだ。
「……おいおいおい、なんで気付かないんだ。」
青白い顔、長く伸びて顔にかかった髪は紫。目も紫で、口には鋭い犬歯。
明らかに、以前と違っている気がする。
いつからか、恐らく先週の金曜日の夜。
何かが変わったとしたら、きっとあの時なのではないか。トラックにぶつかったあの時。
「んあ。」
不意にトオルは思い出した。懐を探る。何もない。部屋を移動して、脱ぎ捨ててあった上着のポケットを探す。思い当たる場所を探し回ったが、目的の物は見付からなかった。
骨董屋から受け取った赤い石。どこへやってしまったのだ。それなりの値段はした品物だ。なくしてしまったとしたら……ショックだ。
トオルは頭を抱えた。頭を抱えたまま、店の中へ戻った。
ブブブブブ。机の上で携帯が震えている。ブブブブ。振動して、微かな音を立てている。トオルは手を伸ばして、携帯を手に取った。『メール着信』と画面に書かれている。
『今、どこ? 店に居る?』
相手のメッセージを確認して、トオルは携帯を机に置いた。顎に手を添えて、店の外をちらりと見る。建物の隙間から、夕焼け色の日差しが差し込んでいた。