リツカの終章
「リツカさんっ!」
応えてなんかやるもんか。馬鹿。
地上で旗を掲げたプラニエ・ファヌーがあたしを呼んだ。気づきはしたけど応えてはやらない。そんなことしてやらない。くそが。
「ハッシャア!」
ガルダーンの例の奇声に続いて、船体を揺るがす轟音――砲声。ここまで高度を下げてしまえば、地上の軍勢なんか鴨もいいとこ。
「船長ォ! 帆がだいぶやられとります! これ以上滞空するのは――」
ベリスカージが泣き言なんて珍しい。きっとその通りなんでしょうよ。陸の上で浮力を失えば船は沈没より酷いことになる。すなわち、危険。
「うるさい、馬鹿」
それでもあたしは遮った。
「なんとかして」
「あいッ! 船長ォ!」
なんとかなるかなんて知らない。それでも、ベリスカージは景気よく応えた。海賊なんて馬鹿しかいないんだから。
「センチョ、マダウツカ?」
こいつ――ガルダーンも馬鹿だ。
「当たり前でしょ、馬鹿。最後まで海賊の流儀でやんなさい」
「アイヨ、ミナゴロシネ!」
それでいい。ここでがつんとやっておけば、敵は逃げる本隊を追おうなんて思わなくなる。たとえ強行しようとする奴がいたって誰かが止めるはず。
王の本隊がマッサブレユ城塞に入ってしまえば、大なり小なり膠着状態を作れる。その間にエルヌコンスがどんな手を打つかは知らないけど、今よりはだいぶマシ。
これでエルヌコンスは、あの子の国は延命できる。
砲撃に併せて船体が大きく傾いて、足を滑らす。それもそのはず。そもそもあたしは船の揺れに弱い。それに――
足元には血だまり。
いま、あたしの足を捉えたのはラッキの馬鹿の血。それだけじゃない。甲板のあちこちには敵味方の血がべっとり。雨粒を弾いてる。
船員の被害――死者は数名、四肢を失うような重傷者も数名。もしかしたらもう少し増えるかも知れない。
船体の被害は修理でなんとかなるだろうけど、火攻めがよくなかった。修理しても今まで通りの性能はでないと思う。
お姫様含む十名を救うために。
否、お姫様ひとりを救うために。
あたしが船と船員に強いた犠牲。
彼らは博奕といって喜んで乗ってきた。
そして、あたしが救いたかったお姫様は、死体だらけのルヴィシー丘陵で誇らしげに旗を掲げ――
血塗れで笑っている。
服だけじゃない。あの綺麗な髪やほっぺたにまでべっとりと。昔の豪傑かなにかのように、戦場特有の、船員たちがあたしに向ける、あの笑顔だ。
それがあの子の流した血なら、「間に合った」と喜んでやってもよかった。「間に合わなかった」と悲しんでやってもよかった。
それなのに、あのお姫様ときたら足腰はしっかりしてるし、いまなお戦おうとしてる。やっとの思いで生き残ったであろう軍勢を集め、さらに突撃しようとしてやがる。
あれは返り血にちがいない。
背伸びして騎士のフリなんかしてるあのプラニエ・ファヌーが――
露店の安い首飾りに夢中になったあのプラニエ・ファヌーが――
ウサギのぬいぐるみを手放せなかったあのプラニエ・ファヌーが――
敵を打ち倒し、返り血を浴びた。
くそが。
「ハッシャア!」
あたしはそんなの絶対――
「認めないから」
遥かなるかな空と海 第一部 完




