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遥かなるかな空と海 第一部  作者: 嘉野 令
第九章 私は剣を手に、敵と対峙した。
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第二節 前哨戦

 眼下にはおよそ二千の敵歩兵。

「さすがに敵さんも馬鹿じゃねぇみてぇだな」

「ああ、この丘を騎馬で駆け上がれば地獄を見るからな」

 傭兵ブロージ殿にルードロンが応えた。

 ルヴィシーの丘はそれほど高くも急でもない。でも、私たちが頂上に陣取った以上、騎馬隊が突撃すれば、馬速が鈍ったところで長槍の餌食になるのは敵もわかっている。

 長弓兵による斉射も効果がないと悟った敵軍は全軍の半数近く――二千の歩兵で丘をゆっくりと登り始めた。大将とおぼしき騎士も下馬して自ら先頭を歩んでいる。さすがは、オージュサブリス聖騎士団といったところか。

「プラニエ様……」

 ソワーヴがそっと呼びかける。

 一瞬、なんだろう、なんて思っちゃった。今は私が大将なのだから、指揮を執らなくてはならない。

「弓兵、前へ! 構えぇ!」

 かっこつけて言っても主戦力はブロージ殿率いる血風の傭兵団。別に兵科なんて分かれてない。それでも傭兵たちは各々、東方風の短弓を取り出し一斉に構えた。

 百余名の短弓で二千の歩兵は止められない。だからといって、彼らが丘を登るのを待ってあげる義理もない。

「放てぇ!」

 大丈夫。声、しっかり出てる。

 そう思った時には、百を超す弓矢の唸り声。

 丘の中腹で十数人が倒れる。けれど、隊列に乱れはない。整然と歩を進めている。さすがは精鋭。

「もうひと斉射、といったところですかな」

 長柄の戦槌を握りしめ、ルードロンが進言する。

「それを機に、敵は駆け上げるでしょう」

「ええ」

 ここからが本番。

「構えぇ!」

 怖くないと言ったら嘘になる。

 でも、もう、迷いはない。

 私は誇り高き騎士なのだから。

 それに、遠くの海か空で、私を想ってくれる仲間がいるから。

 ここで倒れても、あの日々は消えないから。

 私は、もう、大丈夫。

 戦える。

「放てぇ!」

 矢が風を切り、弓が唸る。さっきより近いからか今度は三十人近くが倒れた。血風の傭兵団はなかなかの強者らしい。

 敵軍の先頭――大将は聖印を記した白亜のマントを翻し抜刀。

「我が剣に大神のご加護をォ!」

 私よりも立派な堂々たる声音。

「とォつげェェェェェきッ!」

 朝の静けさが吹き飛んだ。号令一下、敵軍は鬨の声をあげ、丘を駆け上る。

 こちらも応じなければ……でも、こちらの崇める神は人それぞれだし、騎士は十人しかいなくてあとは傭兵。なんて言おう?

 野郎共、突っ込め!

 じゃあ、さすがにダメだと思う。私ももう海賊じゃないんだし。それに、リツカさんはそんなこと言わなかったものね。

 船上での二度目の初陣のとき、リツカさんは確かこう言った。

 あんたたちの腕前、見させてもらうから!

 それだ! 真似しちゃおう!

「貴公らの力、天下に知らしめよっ!」

 思いっきり抜刀。思い切らないとうまく抜けないから。

「我に続けぇぇぇぇぇぇぇ!」

 ちゃんと言えたか心配する必要なんてなかった。だって、私の軍勢はすぐさま怒号と駆け足で応えてくれたから。

 戦槌を振りかざしたルードロンが、侯爵家の旗を掲げるリックが、戦斧を担いだブロージ殿が、騎士が、傭兵が、私を追い抜いて行く。

 続け、って言ったのに。

「クロンヌヴィル侯が騎士! 傭兵に遅れは取らんッ!」

 ルードロンが傾斜を駆け下り、飛ぶ! 甲冑を纏わないからことできる芸当。戦槌を下へ、敵兵へと向け、そのまま着地。見事な兜割り!

「ミエードガール家がルードロン・レスト! 一番槍もらったァ!」

 機先を制した。

「うおおおおおりゃあああああ!」

 ブロージ殿の戦斧が竜巻のように敵陣を薙ぐと、数人の敵兵が仰け反って倒れ、そのまま丘を転がり落ちた。地の利は我にあり。

「大将首、覚悟ォォォォ!」

 構わず駆け出し、リックが旗を振るうから私の居場所は見え見え。さっそく敵の槍兵が突っ込んで来た。足を止め、正対する。

 このとき、私は初めて爺やの太刀筋を見た。

 槍兵の甲冑の隙間――喉元を一閃。古兵ソワーヴ・モーヌ・ルバーベルの仕込み杖は鈍ることない早業で、敵を斬り捨てた。

「下郎が――」

 何度も船上で見逃した太刀筋をやっと捉えることができた。

「足軽雑兵の触れていい首ではないわ」

 そう、私は大将。リツカさんが船長なのと同じように、私には私の役割がある。それを、今日こそ果たそうと思う。

 朝日に照らされた戦場を見回す。

 さっそく百数十対二千という不利を強いられているけど、地形が味方してくれている。すでに乱戦の様相を呈していて数に圧倒されたりなんてしていない。

 まだ戦えてる。

 これでいい。これを昼過ぎまで続けられれば、本隊は逃げ切れるはず。そのための戦、そのための命。

 でも、ここで崩れたら、もっと言えば、崩れそうになっただけでも、敵は後衛を投入するだろう。残り約三千。そうなったらもう防げない。

 いつかは来る敗北。それを少しでも先へ延ばす。

 そのためには――

「リック!」

「はい! プラニエ様!」

 傍らの旗手――リック・ラビネーゲ・ルバーベルを呼ぶ。

「敵の! 敵の大将旗を探して!」

「か、畏まりましたァ!」

 意図を察してか逡巡したリックだったけれど、もはや是非もないでしょう? 私たちはもうとことんやるためにここへ来たのだから。

「プラニエ様! あちら! あちらです!」

 リックが指し示した先には、白地に真っ赤な聖印、西方風の子爵の冠、軍団の将を意味する錫杖、それらが記された旗印。

「行くぞっ!」

「我らが大将が進軍致ァす! 道を開けェい!」

 若輩の私とリック、老齢のソワーヴ。その三人が進むだけで敵の雑兵は怯み、本当に道を譲る者まで現れた。もちろん、傭兵たちの援護も大きい。ルードロンは先へ先へ進み、すでに姿が見えないけれど。

 あの日、ヴァンサン平野で声も出なかった小娘なんてここにはいない。今ここには、クロンヌヴィル侯爵ジュリアル・ダルタン・ランサミュラン=ブリュシモールの名代がいて、一個の軍勢を率いている。

 そして、敵将の前へと進み出る。

 白銀の甲冑に、真っ赤な聖印を染め抜いた白亜のマントを羽織ったオージュサブリスの聖騎士だ。

「まさか貴公と再びまみえようとは……」

 その男は面覆いを開くと静かにそう言った。静かなのに、戦場にあってよく聞こえる武人の声。

 私もまさか、再びまみえようとは思わなかった。

「ヴァンサン以来だな、小娘」

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