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リツカの序章

 うっわ、うざい。

三月(みつき)のウサギ号が船長、リツカ・ヒューゲリェン殿が参りました!」

 衛兵がそう告げると、室内から一斉に好奇の視線が向けられた。衛兵からして「本当にお前があの船の船長か?」って顔してやがる。

 あたしが「らしくない」のはわかってるけど、じろじろ見られるのは単純に気分が悪い。

 エルヌコンス王都コンセーヴの王城の一角――太陽の間。王軍の傭兵を統括するとかいう紋章官フォールネージ伯がいるからって来てみたらこれだもの。

 早く仕事済まして船に帰ろう。役立たずの傭兵連中に睨まれるのも妬まれるのもイライラするし。

 掌帆長(しょうはんちょう)のベリスカージを従えて、部屋の最奥の執務机を目指す。こういうとき、ベリスカージ・ヘルセルガリスは便利だったりする。隻眼で筋骨隆々の南方人。如何にも海賊でございって風体。父の代から掌帆長やってる脳味噌まで海賊の大男。

 ベリスカージの睨みのおかげか、またはヴァンサン平野での戦果のおかげか。室内に集まった傭兵たちはあたしを避け、道を作った。

 東方人に南方人、ヨーベルムの騎士崩れもいる。騎士道と伝統を重んじる国がここまで傭兵をかき集めるっていうのはよっぽどのこと。それだけエルヌコンスも必死だし、だからこそ、あたしたち海賊にも付け入る隙がある。

「契約通りの戦果上げたから、報酬と私掠免許、頂戴」

 目の前のおっさんがフォールネージ伯かどうかは知らないけど。とりあえず、一番偉そうにしてる奴に告げた。

 そしたら、隣のおっさん――側近か何かに怒鳴られた。

「この下郎めがッ! こちらにおわすは、畏くも国王陛下の紋章官、フォールネージ伯爵閣下なるぞッ! 礼を尽くさんかッ!」

 だから、王城なんか来たくなかったのに。こういう類はタチが悪い。

 とはいえ、ベリスカージに任せたら殴り飛ばしちゃうし。船内でただひとり学のある航海長のフォルシは気弱な末成り瓢箪だから、なめられるに決まってる。役立たず共め。

 とりあえず、言葉だけ取り繕っとこう。

「はぁ……三月(みつき)のウサギ号船長、リツカ・ヒューゲリェン。契約により罷り越しました」

 側近のおっさんはまだ何か言いたそうだけど、フォールネージ伯が手で制した。そりゃそうだ。ヴァンサン平野で唯一まともに戦果上げたのはウチの船だけなんだから。文句とか言える立場じゃない。

「此度の武勲、誠に見事なり。契約に従い、金十五万を授けると共に、国王陛下御名(ぎょめい)の私掠免許を貴君とその船に発行するものである」

 予想通りこのおっさんがフォールネージ伯らしい。なんか偉そうに言うけど、契約通りなんだから当たり前のことでしょうに。これだから貴族は。

 さりとて、この連中が当面の金蔓になる。

 エルヌコンス王国は空飛ぶ船どころか、そもそも海軍力そのものが乏しい。っていうか、皆無。今回の戦役ではレユニース王国なりヴェリオニ共和国なりの艦隊が頼りなわけだけど、その来援までは凌ぎたい、と。

 そこで、慌てて泣きついてきたのはエルヌコンス側。南方洋の商業組合と馴れ合ってるとはいえ、所詮は海賊のウチにまで声かけるとか。正々堂々の騎士の国にとって精一杯の妥協でしょうね。

 こちらとしても、回廊西端のエルヌコンスを拠点に、こっちに向かってくる西方同盟の輸送船を合法的に襲っていいんだから、カモがネギ背負ってなんとやらなわけで。

 だから――

「今後は、国王陛下の御為に精進されよ」

 なんて、偉そうなこと言われても気にしないことにする。

「はいはい。それじゃ、何かあれば船の方に連絡して」

 それだけ告げて踵を返す。

 背後からは、側近のおっさんのブツクサ言う声が聞こえる。自分自身、本来なら王とか国とか民とかのために勝利を持ち帰るべき騎士のくせして、その義務を果たせなかった人間からなんのかんの言われる筋合いじゃない。

 いいからさっさと帰ろう。そう思って、部屋を出ようとすると壮年の男が立ち塞がった。

 見るからに大貴族だけど、フォールネージ伯みたいに無駄な華美を誇ったりしない。ちょっと時代遅れの騎士みたいな感じ。今時珍しい武人然とした男。

「貴公が三月のウサギ号の船長ですな?」

 渋い声で問われたけど、知らないおっさん相手に素直に名乗ってやる必要もない。あたしが応えないのを察して、ベリスカージが前に出る。

「如何にも、こちらは我らが三月のウサギ号の(おさ)でごぜぇやすが、一体どちら様が何のご用件で、旦那?」

 ベリスカージは暗に「先に名乗るのが筋だろう」と言っている。あたしもそう思う。相変わらず、この掌帆長は便利な奴だ。

「これは失礼した。余はクロンヌヴィル侯ジュリアル・ダルタン・ランサミュラン=ブリュシモールと申す」

 さっきのフォールネージ伯が霞むくらい――エルヌコンスで五指に入る大貴族が自らお出ましとは。しかも、しっかりと頭まで下げて。

 なんか、嫌な予感がする。


 王城内の別室に案内された。人払いしたから、室内にはクロンヌヴィル侯とベリスカージとあたしだけ。

 落ち着かないのもあって、さっさと席に着いた。侯爵より先に座ったのに叱責されることもなかった。怒らせるつもりでやったのにちょっと拍子抜け。

「素晴らしい武勲を上げられましたな、ヒューゲリェン殿」

 いきなりこちらを褒めだした。なんだこいつ。

「金銭と私掠免許くれるって話でしたからね。船の積み荷を掠奪してなんぼの海賊稼業。本来なら何の儲けにもならないあんなことしませんよ」

 悔しいかな、自然と丁寧に話しちゃう程の威厳を感じる。ただ畏まるのもムカつくから文句を多めに言い返す。だいたい、そもそも、傭兵代わりに陸戦に馳せ参じるなんて、収支で言えば赤字にしかならないのも事実だったし。

「あたしたち海賊は武勲じゃ商売にならないもので」

 あんたたちの価値観がすべてじゃないと言ってやった。

「しかし――」

 それでもクロンヌヴィル侯は怒らず、静かに続けた。

「貴公は余に大きな貸しを作った」

「貸し?」

 とぼけてはみたものの、実を言えば心当たりがないわけでもない。

 ヴァンサン平野の会戦で最後まで前線に残っていた旗印。あれはクロンヌヴィル侯ランサミュラン=ブリュシモール家のものだった。

 縁者の命でも救った、かな?

「貴公と三月のウサギ号は、ヴァンサン平野で余の娘と家臣の軍勢を救ったのだ」

 案の定……いや、ん?

「娘? 跡取りじゃなくて?」

 あたしはてっきり嫡男の軍だと思ってた。記憶が正しければ、あの旗は分家なりなんなりのものではなく、侯爵家本家のものだったから。

 侯爵は窓の外を眺めながら答えた。

「息子は病に伏せっておってな」

「なるほど」

 当主である父親は武勲を買われて王の本陣に招聘。嫡男は病の床。だからといって侯爵家から誰も参陣しないわけにもいかないから、大事な娘さんを騎士として戦場に送り込んだ、と。

 とはいえ、それはあたしにもウチの船にも関係ない。

「それで、そのお姫様助けたお礼でもしてくれるんです?」

 要領を得ないから、そう切り出してみた。貴族を揺さぶるなら銭金の話題が最適だったりする。不浄のなんのと言いながら、そこに一番こだわるからだ。

「そうだな――」

 相も変わらずこの大貴族は平静さを失わない。

「余の頼みを聞き入れていただけるなら金百万を支払おう」

「は?」

 いやいやいやいや! なにそのぶっ飛んだ金額? 安い城が買える額じゃない!

 って、ダメだ、あたし。落ち着け、あたし。まともな頼み事のはずがない。これくらいのハッタリは南方商人だって使いこなす。

 でも、訊くだけ訊いてみよう。

「で、一応、その頼みとやらを伺いましょうか?」

 別に、金額に惑わされたわけじゃないからね。

「……ときにヒューゲリェン殿」

「なに?」

 窓の外を眺めたまま、クロンヌヴィル侯はすぐには答えない。逆に、質問してきた。

「歳はお幾つになる?」

 いきなり何を言ってるの、このおっさん。いや、隠すことじゃないからいいけどさ。

「二十三」

 百万に目が眩んだわけじゃないけど、素直に答えとく。

「ふむ、ちょうど良いか」

 なにやらひとり納得する侯爵。

「頼みというのは他でもない」

 こちらをまっすぐ見つめてくる。私の眼鏡の奥までずっしりとした視線が届く。目を見られるのは好きじゃないから逸らしたいけど、なぜか逸らせない。くっそ。

 彼が何を言い出すかわかった気がする。

「我が娘――プラニエを三月のウサギ号に乗せてやってはくれまいか?」

 ほら、来た。嫌な予感的中。武人然としたオヤジのくせに、さっきから穏やかな感じだと思ったら。親心、ね。

 ただ、あたしがうんと言わなきゃいけない理由はない。

「ウチの船は客船でも遊覧船でもないんですけど?」

 お姫様のお守りなんてまっぴらだ。

「もちろん、あれも騎士の端くれだ。家臣共々、貴船の海兵としてこき使ってやってくれて構わんよ。手前味噌だが、我が家臣団はつわもの揃いだよ」

 確かに、これから本腰入れて私掠するから海兵を雇い入れる予定だった。でも、お姫様や騎士様に来られても困る。

「別に、海兵ならどっかで傭兵でも雇うから」

「回廊中のまともな傭兵はすでに我が国が雇い入れておる」

 そうだった。さっき、太陽の間で見て来たばかりだった。

 このオヤジ、かなりのやり手だ。断る理由を前もって潰している。

「海兵雇って百万とは素敵な商売ですな、お嬢」

 ベリスカージがにやつきながら口を挟む。コイツ、私がやり込められそうなのを喜んでやがる。未熟なあたしを見て嬉しいわけ?

 前言撤回。この男は便利じゃない。

「うるさい、黙れ」

「あい、黙ります」

 くっそ。あたしが船を継承するのをいの一番に賛成したくせに。何なのまったく。

「だいたいね、侯爵閣下?」

「なにかね?」

「海賊船に女の子乗せていいとでも?」

 このオヤジも何を考えているのやら。常識的に考えてダメでしょ、そんなの。それなのに、クロンヌヴィル侯は迷わず答えやがった。

「三月のウサギ号は今日より我が王の私掠船となったのだし――」

 クロンヌヴィル侯が微笑む。

「船長も可憐な女の子ではないか」

 くそっ!

「こりゃあ、お嬢の負けですな」

 ベリスカージがからからと笑う。

「うるさい、黙れ」

「あい、黙ります」

 くそがっ!

 そう、確かに断る理由が見当たらない。大金を払う。貴族のくせに偉ぶらずに頼み込む。これで断ったら、まるであたしが単なるわがままみたいじゃない。

 わかってる。これは侯爵からの信頼の証だって。困難な戦争を前に、彼がもっとも良かれと思う場所に娘を置こう、ってこと。

 戦果を期待されてるのか、安全だと見くびられてるのかは知らないけど、大事な娘を預けるのに最適と思われてる。随分と気に入られたものね。

「はぁ……」

 大きくため息。

 南洋特産の黒鼈甲で作った眼鏡を外し、父の形見の外套でレンズを拭う。読書の邪魔だから自分で切ったバラバラの前髪を掻き上げてから、眼鏡をかけ直す。

 なんてしてみたけど、答えはもう出てるわけで。

 悔しい。手玉に取られた。

「ベリスカージ、海兵の雇用は何名を予定してた?」

「予定は十名程度ですが、さすがに貴族のお姫様をハンモックというわけにゃあいきませんわな」

 まったく、だから嫌だったのに。

集会室(ワードルーム)をお姫様に。他はハンモックでいいでしょ」

「あい、わかりやした」

 はてさて、どんな連中がウチの船に乗り込んで来るのやら。

「ヒューゲリェン殿、かたじけない」

 クロンヌヴィル侯はあたしを丸め込んだことを誇るでもなく、ただ頭を下げた。誠実そうに。本当に感謝してるんでしょうよ。

 こういう連中はすごくやりにくい。なんなの、まっすぐに人の目なんか見ちゃって。

「報酬は約束通り金百万。経費は別途請求」

 悔しいからキツく言ってやる。条件も上乗せしてやる。

「支払いは帝国のシュトゥン金貨で一括。戦闘にしろ事故にしろ不運にしろ、お姫様たちの死亡も傷病も逃亡に関してもこちらの免責を保証すること」

 やり手の南方商人だったらこんな条件は呑まない。

「ああ、それで構わんよ」

 金は取るけど責任は取らないって言ってるのに。もう、いい。それならとことん稼がせてもらうだけ。

「じゃ、あとはこれを文書にして」

※ルビを追加しました。

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