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遥かなるかな空と海 第一部  作者: 嘉野 令
第八章 遥かなるかな空と海
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第四節 北北西上空に飛龍兵およそ百騎

「北北西上空に飛龍兵およそ百騎!」

 檣楼(トップ)からフリーゴルが叫ぶ。

 双児節三日紫曜日、払暁。

 舷縁(ブルワーク)から身を乗り出して上空を見る。北北西――ルヴィシー丘陵の方角から飛龍兵の群が飛んでくる。

「百とは大した歓迎っぷりですな」

 空飛ぶ帆船一隻で飛龍兵数十騎に相当するなんて言われてる。ちょっとした脅威を感じる数なのに、ベリスカージは相変わらず楽しそう。

「馬鹿。あれで全部のはずないでしょ、警戒して」

「あい、船長!」

 あれはさっき逃げ帰った斥候の報告を受けて飛び立った第一波。直に第二波が来る。あれだけまとまった飛龍兵ってことなら、きっとドケルサントの飛龍騎士団。それも、たぶん、全隊寄越してると覚悟した方がいい。

「船長、進路は、どう、します、か」

 船尾楼甲板(プープ・デッキ)から微かな問い。航海長のフォルシなのはわかるけど、強風で聞き取れないから誰か通訳して!

「進路そのまま! 時間ないの! 少しは頭使って!」

「はい、船長。わかり、ました」

 返事までは聞いてない。

 このあたりはまだ晴れてるけど、西を見遣れば雨雲。ルヴィシーに着く頃は大雨ってとこかしら。地上を襲うには絶好調だけど、そこまで辿り着けるかが博奕。

「海賊旗、掲揚して」

「あい、船長! 海賊旗、掲揚ォ!」

 南方組合の商船旗に代わって翻るのは、ウサギの海賊旗。父にしては可愛げのある意匠。春のウサギのように哮り狂う三月のウサギ号の象徴。

 降伏か死を選べと迫る、問答無用の旗――海賊旗。

 非力な商船、すなわち獲物を襲うわけじゃないから、本来なら海賊旗はいらない。降伏か死を選べなんて偉そうに言える立場じゃないわけで。それでも掲げる。意志を見せる。

「ガルダーン! 両舷全門砲撃準備!」

「ダンシュ、ドーシマショ?」

 龍の鱗を砲弾ごときでどうこうできるわけないでしょうに。掌砲長なんだから何を狙うかくらいわかりなさいよ。

散弾(キャニスター・ショット)にして、馬鹿。狙いは飛龍(ワイヴァーン)じゃなくて人! 騎乗してる人間を撃って!」

「ワカタヨ、センチョ!」

 この東方訛のせいで本当にわかってるのかいつも不安になる。

「さーて、いよいよおいでなすった!」

 ベリスカージが銛を振り回す。腰には短銃(ピストル)が四丁。やる気満々。

「船長、なにか作戦はありやすかい?」

 作戦? この期に及んで?

「相手は獲物じゃないの。むしろ、あっちのが強い」

 もうあたしの頭じゃどうにもならない。ベットは済ませた。あとはカードを開くだけ。そうでしょ?

「なら、あとは海賊の流儀しかないじゃない」

「ほほう! するってぇと――」

 ベリスカージだけじゃない。船員みんなが期待してる。今か今かとあたしの言葉を待っている。そうこうする間にも飛龍兵はぐんぐんと近づく。

「アイツらみんな、皆殺しにして」

 馬鹿共が大歓声をあげた。


「ひぎゃああああああああああああ!」

 騎槍(ランス)に突かれたひとりの水夫がそのまま空に放り投げられた。

「土産だ! 受け取んなッ!」

 水夫を攫った騎兵の背中目掛けてベリスカージが発砲。水夫と騎兵が雲間に落ち、主を失った飛龍は飛び去った。

 戦況はだいたい五分と五分。

 こっちは三十八門の長砲に守られた空飛ぶ砦に籠もるしかなく、あっちは思い切って突っ込むしかない。不用意に近づけばどうなるかくらいあっちだってわかってる。一斉突撃しようにも数を減らしつつあるからそれも心許ない。

 この場合、目的地についてしまえばこっちのものっていうあたしたちが圧倒的に有利。こうしてる間にもルヴィシー丘陵に近づいてるわけだし。

 うちの船と船員連中はさすがに強い。このままなら犠牲を出しつつも、ルヴィシーに辿り着ける。このままなら――

「船長! 火の玉が! 下から火の玉が登って来ます!」

 来た。マルブの泣きそうな報告。

「焼き討ち気球……!」

 空気より軽く可燃性の高い瓦斯(ガス)を充満させた気球に火をつけ、空飛ぶ船にぶつける新しい戦術。気球を焼き討ち船代わりに使うという乱暴な策。結局のところ「火計強し」っていう戦術における原点回帰。

 案の定、用意してやがった。

「進路そのまま!」

 フォルシの返事なんか待たない。

「気球は無視!」

「ゲーゲキシナイノ?」

 ガルダーンの気持ちはわかるけど、馬鹿。

「気球に穴あけて変な方向飛ばれても対処できないでしょ!」

 できれば直撃コースの気球だけ蜂の巣にして浮力を奪いたいけど、そんな器用なこと咄嗟にはできない。なにより数が多すぎる。下に気を取られてる間に上から飛龍がやってくる。

「船長! そうはおっしゃいやすが、火事はやっかいですぜ!」

 ベリスカージ、なにを当たり前なことを。

「馬鹿! あんた掌帆長のくせに船の針路も見てないわけ!」

「ま、まさか――」

 進路そのまま――ルヴィシー丘陵の上には黒い雨雲。

「あたしは昼までにルヴィシーに行くって言ったでしょ?」


「敵飛龍兵に増援! およそ二百騎! 突っ込んで来ます!」

 だいぶ雲が増えて来たからか、混戦のせいか。フリーゴルが報告したときには全騎が突撃体勢。備える時間もない。

「いひ、いひひひ! うひひひひゃあはははは!」

 取り外した旋回砲(スウィブル・ガン)を、半狂乱の――なぜか酷く楽しそう――フォルシがぶっ放す。それを合図に、船首側から突っ込んでくる飛龍騎士団に雨霰の弾丸を喰らわす。もちろん、長砲は間に合わない――なんて思っていたら、

「馬鹿と大砲は使いよう、ってなッ!」

 巨漢のベリスカージが発射寸前の長砲の砲尾を、思いっきり踏みつけた。

 通常、追撃砲(チェイサー)や旋回砲でない限り、大砲は両舷の外側を向いている。だから、海戦では互いに併走して撃ち合う。

 なのに、ベリスカージに踏みつけられた大砲はその砲口を真上へと向けた。そう、いままさに飛龍兵の一団が駆け抜けようとしてる空中へ。

「ソイヤッ!」

 宙に跳ね上がった長砲の火門にタイミング良くガルダーンが火縄を入れる。東洋武術の演舞じみた華麗さと奇妙さ。なんなのコイツら。

 発砲。

 装填してあったのは散弾。甲板直上を駆け抜けていく飛龍兵たちに百数十発もの鉛玉が浴びせられる。

 予想外の火力に後続の飛龍兵がぶつかり被害は拡大。さすがベリスカージと言わざるを得ないけど、一度突撃を始めた騎兵隊は止まらない。それは馬でも龍でも一緒。

 だいぶ数を減らした飛龍兵たちはロープを結んだ銛を甲板に突き立て、駆け抜けていった。思ったよりこっちの被害が少なかったのは騎槍じゃなくて銛なんて装備してたからか。

 甲板には長い銛が何本も突き立てられ、ロープがでたらめに繋がっている。

「船長! これは?」

 マルブの怯える声にももう慣れた。

「まさか鯨獲りでもあるまいし――くそが!」

 ロープから油が滴っていた。何の油か知らないけど、たっぷりとべっとりと。油は、よく、燃える。

 次の瞬間、馬鹿な船員連中もその意味に気づいた。

 焼き討ち気球から舞った火の粉がロープの一本を燃え上がらせた。次々と燃え移る様は幻想的とさえ言ってやってもいい。

 もちろん、木で出来てる船にとって火は命取り。

「船長! 縮帆しましょう! 燃えちまいやす!」

 そう、普通なら帆を畳み、せっせと消火する。マルブが泣くのもわからないでもない。

 それにしても、二十万を越える軍勢の軍師が、こんなにも細かい戦術にまで気を配って指示してるかと思うと、少ししてやったって気にもなる。こっちはただの一隻なのに。

 ざまあみろ。

「ベリスカージ! 総帆展帆(そうはんてんぱん)!」

「へ?」

 あんだけ言っといて博奕の才能のない奴め。

「速度上げて! 雨雲に突っ込む!」

「あ、あい! 船長!」

 戦闘中に帆を広げるなんて厳しいのはわかってる。ただ、今なお敵戦力がこちらを上回り、しかも火までつけられた。天候も視界も悪い雨雲の中に入って敵を翻弄するしかない。

 雨なら火災も広まらないし、なにより目的地はあっちなんだから。

「委細構わず全速前進――」

「飛龍兵、来ます! 今度は右舷から!」

 帆を広げながら器用に報告するフリーゴル。こっちが引き下がらないのに気づいて、雨雲に逃げ込まれる前に打撃を与えたい、ってところか。

「船長! あぶねぇ!」

 逃げても隠れても武器をとってもあたしじゃしょうがないから仁王立ちしてたわけだけど、いよいよあたし――船長に気づいた敵がいたらしい。

 龍に跨がった騎士の槍が、切っ先が迫る。

「ぐえおっ!」

 ここまでかと思った瞬間、横合いから誰かに組み付かれ、甲板を転がり大檣(メンマスト)に背中を打ち付けた。肺や喉から何かが漏れた。

「へへっ、船長」

 あたしの命を救ったのは司厨長のラッキ・ミュー・ロッキペッタだった。

「惚れ直し、た、っしょ?」

 ラッキの軟派野郎はその白いエプロンを、自慢の赤毛よりも鮮やかな赤に染めて微笑んでいる。ホントにこの船の連中はどいつもこいつも――

「うるさい、黙れ」

 今の飛龍兵の突撃でラッキ以外にも二人ほど串刺しにされた。

「お礼は、き、キスで、いいっす、よ」

 息も絶えだえ。

「それより、今夜はなんかお酒用意して」

 舳先が黒雲に突き刺さる。

「お、俺との、婚約、祝い、っす、か?」

 見る間に船体が黒雲に吸い込まれていく。

「あれ、でも、げほっ……船長、下戸っすよね」

 雨雲の中は予想通りの豪雨、すぐに火も消えた。

「今夜、飲まずにいられると思う?」

 例の走馬燈とやらの主役がプラニエ・ファヌーだったなんて、本人には絶対に教えてやるもんか。

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