第三節 ウサギ狩り
「サリーデス男爵」
はいはい、僕はサリーデス男爵シスク・ベルケル君ですよ。
って、僕も最近になって貴族扱いされることに慣れてきちゃった。だって、従軍してからこっち、みんなして男爵男爵いうんだもん。さすがにね。
「ここに居ったか」
「おやおや、ユルノーラング大公」
お供も連れず、大公殿下がやってきた。まだ日の出前なのに早起きだね。
ちょっといろいろ気がかりで難しい顔してるのあんまり見られたくないんだけどなぁ。しかも、相手はあの大公殿下。
「よくここがおわかりで」
ここはエルヌコンス王城で一番高い塔――ナントカの塔のテラス。塔にはなんかまた典雅な名前がついてたけど、よく覚えてないや。
「ここからなら、ルヴィシーの丘が見えると聞いてな」
「なるほど」
大公殿下の頭脳評価、加算一点。最近うなぎ登りだよ、すごいよ。僕はもっと愚物だと思ってたけど、思い込みってやっぱりよくないよね。
「殿下、丘の上の旗ってどこのだれのかわかります?」
今はまだ暗くて見えないけど、昨日の夕方からあそこ――ルヴィシー丘陵にあるし、大公殿下は誰かしらから報告とか受けてるんじゃないのかな。
いや、ほら、僕には手勢とかないから報告ってこないんだよね。
「クロンヌヴィル侯爵本家と聞いておる」
その地名は覚えがある。
「あー、エルヌコンス最北、南ウランド山脈の麓の」
「詳しいな」
「地図見ながらあれこれ言うのが僕の仕事ですからね」
だのに、ここから本物の戦場を見ようっていうんだから、僕もだいぶアレだよね。なんか影響とか受けちゃってるよね。
思考に混ざらないように気をつけないとなぁ。
「都捨てた連中に遅滞防御なんてできると思ってなかったけど、百以上集まっちゃってます?」
逃げ腰の軍勢のわりにちゃんと捨て駒志願者いるんだね。腐っても騎士の国エルヌコンス、ってところ、かな?
「百から二百と聞いておる」
こっちも決死隊だけど、あっちも決死隊、か。
「うーん」
「心配ない。昼過ぎにはあの丘を越えよう」
こっちは精鋭五千だし、あっちは地の利を得てるとはいえ小勢。きっと、大公殿下の言う通りなんだと思う。うまくいけば、今日中に丘を越え、明日の朝にはエルヌコンス王に迫れる、かもしれない。
「それは信じますよ、それは」
でも、僕が気になってるのは、実はそこじゃない。
「例の、空飛ぶ船か」
「ですです。三月のウサギ号が現れるかどうかは……五分、かなぁ?」
どんな人かは知らないけど、ウサギの船長さんはわかってるはず。来なきゃ戦争に負けるって。どこにいたってそれっくらい読めてるはず。
「貴公にしては弱気な予想だな」
正直、僕にも読めないんだよね。
「だって、負けたくないなら来るしかない。それは確かなんですけどね、っと」
この高さから落ちたら死ぬなぁ、なんて思いつつ、手摺りに腰掛ける。
「でも、僕なら絶対来ないですからね」
湿り気のある風――日中は雨、かな?
「ま、でも、どっちでもいいんです」
だって、こっちの準備は万端だもん。
「ウサギ狩りに用意したのは飛龍兵三百騎に焼き討ち用の気球が八十とちょっと。カルロラスト伯爵曰く、これだけあれば、まず落とせるって話ですしね。日の出と共に索敵始める手筈になってます」
とにもかくにも、僕らが恐れるべきは二点――時間とウサギさん。今以てなお、このふたつは僕らの戦略に影響を及ぼし続けている。
「でもでも、来ても来なくても、今日中にあの丘さえ越えられれば明日にもエルヌコンスはおしまいなんです。策も準備も完璧なんですよぅ」
さぁて、ウサギさんはどう出るのかな。
「しかしな、サリーデス男爵」
やけに渋い声の大公殿下。
「なんです?」
「戦場とは何があるかわからんものでな」
百戦錬磨のこのおっさんは、頭でっかちの僕が開戦を前にしてそわそわしてるの見透かしてるんだろうな。
ちょっと悔しいけど、事実は事実。
「ウサギを狩るつもりでいたら、相手はドラゴンだったなんてことはざらにある」
そう、なんだよね。
僕はそれが怖いから過剰な数を要求したんだけど、この種の不安ってなかなかぬぐえないもんなんだね。
これが、戦争、か。
「だから――」
手摺りから腰を上げて、太陽の昇り始めたルヴィシー丘陵を臨む。
「来ないといいなって僕は思ってるんです」
それに、まだ見ぬ船長さんは僕が認めた頭脳の持ち主だもん。一時の感情にまかせて馬鹿な選択して――
「失望させないでよね、ウサギさん」




