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遥かなるかな空と海 第一部  作者: 嘉野 令
第七章 斯くも誇り高き捨て駒
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第三節 捨て駒は必要

「余は間違っておったか?」

 陛下はぽつりと、そう仰せられた。

「王都を明け渡したのは失策であったか?」

 まだ若い国王陛下は苦悩しておられる。

「答えてくれ、クロンヌヴィル侯」

 確かに、我が君――セルイス五世陛下による先の勅命は上策とは言い難い。だが、他に選択肢があっただろうか。

 父王亡き後、陛下は王でありながら心優しき青年となられた。平和な時代であればそれでよかった。そも、そのような時代を作ることこそ、我ら臣下の務めであった。文化や芸術を愛でる、虫も殺せぬ高貴なる青年。

 お優しい陛下には、あの美しい都を戦場にすることなぞできなかったのだ。

 諸侯の中には怯懦と陰口を叩く不届き者までいる始末。彼らは城を枕に死すべきであったという。では、だからといって、籠城が正しい選択だったろうか。

 民を、街を、城を焼き、それでも勝利を得ることが出来ない。それが我ら騎士の選ぶべき戦法だろうか。

 あのとき、私は陛下の幕僚としてこう進言した。

 私が王城を預かり籠城し、陛下は小勢で逃げられよ、と。

 それが私の考え得る最上の策であったのだ。

 この負け戦、一刻でも半刻でも時間を稼ぎつつ、他国の来援を待つしか我らに取るべき策はないのだ。そのときのためにも、陛下はご健在で有らせられる必要がある。

 なぜなら、よしんば西方同盟を退けたとしても、統治する王がいなければエルヌコンスはレユニースあたりに併合されてしまうのだから。

 だが、それをわかったうえで、陛下は私の策を退け、先の勅命を発せられた。

 誇り高き騎士の国の王として御身ひとつで落ち延びるわけにはいかないと仰せられた。なんと勇ましいことか。なんと似合わぬことか。

 ヴァンサン平野でも私が怒鳴りつけなければ、逃げるのを良しとしなかった。戦う将兵を見捨てることができなかったのだ。なんとお優しいことか。

 だから、私に、陛下を批難する資格などない。

「いえ、間違いではありますまい」

 そう答えるのが精一杯であった。

「しかしながら、敵は一枚も二枚も上手にございます」

 斥候の報告によると、すでに王都から例の聖騎士団が我らを追いかけているという。大軍ではないものの、敵は精鋭。しかも、おそらくは、決死隊。我が王の首のみを獲らんとする殉教覚悟の連中なのであろう。

 巡礼軍本営には大した策士がいるらしい。その結果が、これだ。我が方は、何を選んでも失策となってしまう。

「どうすればよい」

 やはり、ここは、ご覚悟を決めて頂くしかあるまい。

「ご下命くだされ」

 天幕は人払いを済ませてある。ここには陛下と私のみ。

「嫌だ」

「聞き分けてくだされ、陛下」

「貴公を捨て駒になどできようものかッ!」

 あの穏やかな陛下が声を荒げられた。

「ですが、捨て駒が必要なのでございます」

 聡明なお方である。十二分にわかっておられるのだろう。それ以上、怒声が続くことはなかった。

 間もなく日が暮れる。

 数の多い我らは明日には追いつかれてしまうだろう。では、向き直って合戦を挑めばどうか。答えは簡単だ。王都から敵の本隊が出てくる。そうなれば、おしまいだ。

「臣ジュリアル・ダルタン・ランサミュラン=ブリュシモール、陛下の御為、王国の御為、ルヴィシーの丘にて捨て駒になりましょうぞ」

 彼我兵力差はあまりにかけ離れている。どうしても犠牲を出さねばならない。

 ヴァンサン平野では三月のウサギ号に救われた。王都はそれを放棄することで兵や民の犠牲を回避した。だが、もう無理だ。

 此度の戦役、どこかで捨て駒が必要なのだ。

「百騎でも五十騎でも構いませぬ。臣に小勢をお与えくだされ」

 そして、その隙に、堅牢なるマッサブレユ城塞へと駆け込んで頂く。

「もう……それしか、ないのか」

「はい、陛下」

 倅は所領に、娘は海上にいる。我が血が絶えることはないだろう。

「どうすれば――」

 ふた月前には歌を詠まれていたその声音は、武門の男児でありながら琴のように美しい。

「クロンヌヴィル侯よ、どうすれば貴公の想いに、余は報いられる」

「末永く、王で有られよ」

 不敬は承知。だが、もうお供すること叶わぬ。

「すまぬな、クロンヌヴィル侯」

「いえ――」

「伝令ッ! 伝令ッ!」

 天幕の外からの怒号。この時間に戦局が動くとは思えない。よもや、夜戦を挑もうというのか。否、敵の狙いは陛下の首級のみ。闇夜に仕掛けるはずはない。

 陛下も不安顔であらせられる。

「何事かッ!」

「申し上げます! ルヴィシー丘陵に我が方の援軍、およそ十騎参陣!」

 そんなはずはない。かき集めた全軍六万はここにいる。

 勝ち戦にならどこぞの土豪でもやってくるかも知れないが、そんな小勢でルヴィシーに陣取るなど、まるで捨て駒になるのを承知で――

「旗は? 何処の家紋を掲げておるかッ!」

 望んで捨て駒になる誇り高き十騎の騎士。

 遠方にありながら、捨て駒の必要性を見抜く慧眼。

 私には、そのどちらにも心当たりがある。

「そ、それが……クロンヌヴィル侯爵ランサミュラン=ブリュシモール家の旗印にございます!」

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