第三節 あたしの正義
「こんなもんが優しさな訳ないでしょ!」
何を言ってんの、この子。
あたしは断ったの。死地へと向かうあんたを見捨てようとしてるの。
「優しさっていうのはね! あんたに同情して一緒に敵に突っ込んで共々死ぬような、そういう糞みたいな情動を優しさって呼ぶの!」
ああ、情けない。大人げない。
何で六つも年下の小娘相手に怒鳴り散らしてるんだろう、あたし。
「あたしたち海賊は――あたしは! ヒトサマが汗水たらして生産、製造、購入、運送する財産を、船と暴力で以て掠奪する最低最悪なゲスなのッ!」
頭がくらくらする。
「あんたみたいなまっすぐなお貴族様とは違うの!」
夏の陽射しが目を眩ませるのは、熱気を帯びたまぶしさだから。それとまったく同じ。ヴァンサン平野の頃からわかっていたこと――
プラニエ・ファヌーという存在は、あたしにはまぶしすぎる。
「でも、リツカさんは自らその道を選んだ」
ほんとにこの子は、あたしの深いところを抉る。
「私は尊敬します。憧れます」
くそが!
「……お姫様がそんなこと、言うもんじゃない」
「いえ、悪いことだとわかっているのに、何か意味が――思いがあって船を継承されたんですよね?」
ホンモノの優しさっていうのはね、今のあんたの気持ちを言うのよ。
「私だって、戦争に行くことがいいことだなんて思ってません」
それはやっぱり糞みたいな情動に違いない。嬉しくない。吐き捨てたい。
「それでも、行かなくちゃいけない。やらなくちゃいけない。そうなんですよね?」
何よりも腹立たしいのは、純真無垢なお姫様がそんな結論を導き出した原因が、他ならぬあたしだってこと。
「あたしは、あんたみたいな……そんな立派な志があったわけじゃない」
いつしか、頭に上った血も引いていた。
これもまたわかっていたこと。いくら怒鳴ったって、お姫様の気持ちを変えることなんてできない。
やるなら、これしかない。
気持ち悪いにも程があるけど、仕方がない。
「父も、海賊も、この船も、この船の連中も、ウサギの海賊旗も、未だに大嫌い」
倒した椅子を戻し、ゆっくりと腰掛ける。
「帝都の大学で幾何の講義を受けようとしたとき、父の訃報を受け取った。そのときのあたしの本音がわかる?」
もし、お姫様を思い留まらせることができるとすれば、それは泣き落とし。
「ざまぁみろ、って真っ先に思ったの」
最低も最低の悪手。なにより、あたし自身、反吐が出そう。
「あの男は、会えば満面の笑顔を浮かべ、母にもあたしにも土産を欠かしたことがなかった。豪快で人望があり、気持ちの良い海の男」
こんな話、誰にもしたことがない。
「だけどね、何ヶ月も、時には一年以上も帰らず、南方洋で好きなだけ海賊稼業――母が死んだ時もどこぞの海の上」
相手がプラニエだから話すのか。それとも、そうでもしないとこのお姫様を止められないから話すのか。はたまた、ただ、あたしが弱音を吐いてるだけなのか。
いつも羽織ってる父の形見の外套が、やけに重く感じる。
「恨んだとか憎んだっていうより、嫌悪した。死ねばいいのに、って思った。思った矢先に、今度はその父が死んだ」
もしかしたら、あたしはまだ心の整理がついてないのかも知れない。洋上で嵐の気配を感じ取ったときのように、ぞわぞわする。
「正直、あたしにはまだよくわからない。なんで、この船を、この魔法の指輪を、父から継承したのか。自分自身で決めたはずなのに……」
プラニエが騎士であろうとするのとは違うはず。同じであってたまるか。
「ただ、今となってはこれしかなかったと思う。あたしにぴったりの、賊、ゲス、底辺――それが海賊だったってだけ」
「そんなこと……」
同情か。いや、この子のことだから共感なんでしょうよ。お姫様は碧眼を潤ませて、声を詰まらせる。
「それでもね、人間は生きていかなきゃいけない。死んだら人間じゃなくなるんだから」
まぁ、なんでもいいか。これほど説得力ある話、他にないし。嘘でも何でもないわけで。
「ここの連中は頭空っぽなどうしようもない馬鹿ばっかり。ほっときゃ帝国海軍どころか同業者あたりにでも沈められるのはわかってた」
「だから、船を継承した――それでいいじゃないですか」
なんであんたはそんな顔できるわけ。あんたは人々のためにその命を捧げた大地母神かなんかなわけ?
「それなら、それがリツカさんの正義なんですよ」
あたしの正義、ね。
「悪いけど、あたしはその言葉――嫌いだから」
「わかってますよ」
笑顔。やっぱり、単なる無邪気な小娘じゃない。
「ねぇ、プラニエ」
我ながらぞっとするほど、穏やかに語りかける。これがズルなのはわかってるけど、所詮は賊だしね。騙し討ちはお手の物。
立ち上がり、お姫様に手を差し伸べる。
「死んだら意味ないから……あたしたちと一緒に逃げよう」
うっわ、うざい。
あたし、うざい。
ただ、こうでもしないと、お姫様を止められない。その言い訳がまた、おぞましい。
「ほら……やっぱり、リツカさんは優しいですよ」




