第一節 プラニエ・ファヌーの正義
「リツカ殿、頼みがある」
海か空みたいな碧い瞳で、プラニエは――プラニエ・ファヌーは、まっすぐあたしを見つめてきた。
例の如何にも騎士っぽい口調で。
その瞬間、あたしは自分のミスに気づいた。
なぜ、このお姫様にエルヌコンスが行うべき最後の策を教えてしまったのか、と。
「三月のウサギ号をルヴィシー丘陵に向かわせてはもらえぬだろうか」
プラニエ・ファヌーがそう言うことぐらい、あたしなら予見できたはずなのに。
ただ武門の名家に生まれたってだけで、ただ父親と兄が前線に出られないってだけで、だんびら持って戦場で命の取り合いすると覚悟したような子なわけで。
本当は露店の安い首飾りに夢中になるような小娘のくせに。
「あんた、意味わかって言ってるの?」
純心の塊みたいな碧眼を睨み付ける。
「捨て駒って言葉の意味――それが最後にどうなるか、わかって言ってるわけ?」
「だからこそ、お頼み申し上げておる」
間髪入れずに答えやがった。それどころか、さらに続けやがる。くそ。
「我らだけでは兵力も僅かで非力だが、リツカ殿たちと三月のウサギ号が共に戦ってくださればヴァンサン平野のように一矢報いることができる」
あの日、ヴァンサン平野で、あたしは最後まで前線に踏み留まった軍旗を見た。
船尾楼甲板から見下ろした絶望的な戦場に翻るクロンヌヴィル侯ランサミュラン=ブリュシモール家の旗印を。
だからこそ、うちの船は巡礼軍の騎馬隊を殲滅できた。あの場に残った勇気ある馬鹿がいたから、一発ぶちかましてやれた。
もう一度、それをやろうって言いたい気持ちもわかる。
「あんたさ、ちょっと考えなさいよ」
くっそ。いらいらする。
「ヴァンサン平野とは状況が違うの。これだけ計算尽くの敵が、目立ちに目立ったこの船への対策を怠ってると思ってるわけ?」
むしろ、これは名も知らぬ軍師の罠だと言ってもいい。あたしは確信してる。
「海に空に飛び回るからこの船は最大限の力を発揮してるの。だけど、どこかに現れるとわかった時点でいくらだって準備できる――待ち伏せできるってこと。わかる?」
お姫様には何としてでも諦めてもらう。
ソワーヴ爺さんもルードロンも厳しい視線をこちらに向けている。さて、お姫様のお守りはどっちの意味で怖い顔してるのやら。
一方、ベリスカージは涼しい顔で知らんぷり。
まあ、連中が何を思って何を考えようが知ったこっちゃない。あたしはこの船を負け戦に投じるつもりはないんだから。
ここはただ、お姫様を説き伏せるだけ。
「さすがにクレンヘルゲルの空飛ぶ艦隊を呼び寄せたわけじゃないだろうけど、飛龍兵なり焼き討ち気球なり大量の弩なりを用意してるんでしょうよ。そんなとこにのこのこ行ったって、落とされるだけだって」
我ながら口数が多くなってるのがわかる。あたし、なにムキになってるんだろう。
「もちろん、儲けにならないなんて話をしてるわけじゃない。無駄死にだって言ってんの。わかってるでしょ?」
この子は別に馬鹿じゃない。賢いかどうかは別として、話せばわかるはず。大貴族のお姫様のくせに海賊の言葉を真剣に聞くくらいだし。
「しかし――」
プラニエ・ファヌーの口から逆接が飛び出した。くそが。
「捨て駒が必要なのでしょう?」
前言撤回。賢い、って認めてやってもいい。言葉のすり替えに騙されない。
確かに、あたしは捨て駒が必要だと言った。それを無駄死にだからやめるべきなんて、単なる言葉のすり替えでしかない。
そんなことはあたしが一番わかってる! わかってるけど!
「陛下を救い、王国を守るためには誰かが無駄死にしなければならない」
なんでよ。なんで、あんたはそんな清々しい顔でそんなことが言えるわけ。
「ならば、我らは征かねばならん」
だから、貴族とか嫌いなんだって。騎士道なんか糞喰らえ。大地にへばりついてる連中はどいつもこいつもしがらみでがんじがらめになりやがって。
海に出ればいい!
空に飛び出せばいい!
それなのに、プラニエ・ファヌーときたら――
「それが我らの信ずる正義なのだから」
ふざけんな。
あたしは絶対に認めない。
「あんたが何を信じようと勝手だけど、あたしは船を飛ばさない」
悪いけど、あたしはルヴィシー丘陵になんか行かない。
「エルヌコンスともクロンヌヴィル侯ともあんたともそんな契約はしてないし、船の針路を決めるのは船長であるあたしだけ」
頼むから諦めて。
あんた、単なる女の子でしょ?
なんでそれを――首飾りなんかくれてやったと思ってるわけ?
「では、我らは船を下りる」
あんたねぇ!




