第四節 たかが人命
「ちょっと、君きみ」
「なんでしょう、サリーデス男爵閣下」
一兵卒にまで閣下呼ばわりされちゃうとは僕も偉くなったもんだよ。せめて、「ベルケル殿」とかにならないかな? 僕は別に「シスク君」とか呼ばれてもいいんだけどなぁ。
でも、今はそれどころじゃないんだ。
「本営ってどこに置かれました?」
エルヌコンス王城は豊かな回廊諸国らしい豪華な造りなんだけどさ。それにしても――
広いよ! 広すぎるよ! なんだよこれ!
「ちょうどこの廊下の先――太陽の間というところです」
「はいはい、ありがと」
結局さ、王都コンセーヴへの攻城戦なんてなかった。いわゆる無血開城。今朝から粛々と都内に進軍して、すんなり城を占領。僕の予想は外れも外れ、大外れ。
僕もその度胸は買うよ? エルヌコンス王は僕が思ってたよりもおもしろい男って言ってもいいよ。単なる怯懦かも知れないけどさ。
だけど、どんな犠牲を払ってでも落とそうと思って進軍させたのに、僕の想定外の結果なんだもん。少しだけ悔しい。
だけどだけど、いくらなんでもこれは失策でしょ? 僕を驚かせたからって戦争には勝てないもん。
「大主教猊下はいらっしゃいます?」
太陽の間とやらに入るなり僕は総大将を探す。そこにいたのはユルノーラング大公とその側近の聖騎士たちだけ。ヴェーゲ大主教どころか、ゾーフィーヌ主教もカルロラスト伯爵もいない。
困った。
「猊下なら、都内の聖職者を集めて教化啓蒙のための――」
「ちょちょちょちょ! そんな占領統治政策は後回しにしてくださいよぅ」
敵の都を無血開城させたなんてきらきらした戦果にご機嫌みたいだね、大公殿下。珍しく僕に笑顔なんて向けちゃってぺらぺらと。
でも、なんでかなぁ? この人たち戦争やってるつもりあるのかな?
「大陸万民の教化はこの聖戦の主目的のひとつであろう!」
わかった! わかったから!
おじさん、怖い顔してわかりきったこと言わなくていいから!
「それはわかってますよぅ」
今はお説教されてる場合じゃない。
「だーけど、急がないと手遅れになっちゃうじゃないですかぁ」
「貴公、何を急いておる?」
時間がもったいないけど説明するかぁ。僕には手勢なんてないし、しょうがないや。
「今ならまだエルヌコンス王を追撃できますよね?」
きっと今頃は都の東――ダスティス川を渡ってるはず。エルヌコンスで最も堅牢なマッサブレユ城塞に逃げ込まれたら、それこそまためんどくさいことになる。
「確かに背を向けた軍勢を追撃するのは効果的だが、それでも敵は未だ数万。王都の占領も始まったばかりで割ける戦力は僅かだぞ」
そんなことはわかってるってばぁ!
「そも、深い追いは禁物であることなぞ、兵法に明るい貴公にはわかっておろう」
むむむ! 褒められて悪い気はしないけど、そんな教本通りに行くなら僕はいらないでしょ?
「千でも二千でもいいんですよ!」
思わず大きな声出しちゃったけど、まぁいいや。構うもんか。
「運良く王の本陣に突っ込めれば、この戦も数日中に終われるんですから!」
結果として少ない犠牲で事が済むじゃないか! 必然の犠牲を恐れて、不要の犠牲を生むなんて矛盾も甚だしい!
「しかし、そのような戦法……追撃隊は多大な被害を――」
「たかが人命です」
「なッ! 貴公、何を……」
教義のために殉教者になっても構わないって思想の方々が何を驚いてるの? 僕は当たり前のことを言ったに過ぎないよね?
人命はそれ以上でもそれ以下でもないんだからさ。
「いいですか? 準備不足のままこの城を落とすのに全兵力の一割から二割の犠牲を、僕は想定してたんです。先鋒と本隊を合わせて僕らは総兵力十八万――」
馬鹿でもできる計算だよね?
「つまり、僕たちは、この城に、一万八千から三万六千の将兵を、死なせに、来たんですよ」
一語一語はっきりと告げる。
騎士道や信仰心なんて綺麗事に逃げたりしたらいくら僕だって怒るよ、大公殿下?
「今この瞬間に出陣すれば明後日か明明後日あたりには敵本隊を捕捉できます。そこへ三万六千の決死隊を突っ込ませれば、エルヌコンス王の首が獲れるでしょう? わかりますよね?」
「サリーデス男爵、貴公の申すことは正しかろう……だが、それは外道だぞ」
神聖同盟最強の精鋭にして敬虔な信徒たるオージュサブリス聖騎士団の総長――ユルノーラング大公が僕を真正面から睨み付けてくる。
「だから、何だって言うんです?」
広い室内、耳が痛いほど静かになった。
「……貴公、死後は冥府の牢獄行きだな」
「僕、どうせ不信心者ですから」
さすがに、大公殿下は度胸が足りないか。
そうなると、次の課題はマッサブレユ城塞の攻略かぁ。これ、前も考えたけど大がかりになっちゃうんだよねぇ。王都より堅牢だから強攻ってわけにも――
「よかろう、余も付き合おうぞ」
んん?
んんん?
おじさん、今なんて言った?
「冥府の牢獄なんぞ恐るるに足らん。悪鬼共の首を獲ってくれるわ」
「え、じゃあ……?」
「ただし、斯様な外道、猊下の御裁可は得られん。これは我ら武門の務め」
大公殿下の人物評価、加算五十点。
「……殿下の手勢からどれくらい出せます?」
死ぬ覚悟で突っ込むなら千でも二千でも王の首に届く可能性はあると思うんだ、僕は。
「先鋒兵団に随伴しておる聖騎士団およそ五千」
このおじさん、本気だ。子飼いの精鋭五千を犠牲にしてでも決着をつけるつもりだ。
「大将はウィリスベルト子爵ゲオルト・サングナ=ヴァルフォンカー」
僕も名前だけは覚えてる。ヴァンサン平野で活躍した聖騎士なんだとか。例の空飛ぶ船に邪魔されなければ、あの日に英雄になってたはず。
「あ、そうだ。忘れるとこでした」
「なんだ、まだあるのか?」
僕らが恐れるべきは二点あるんだから。
「例のウサギ狩りの隊を必ず連れてってくださいね」




