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遥かなるかな空と海 第一部  作者: 嘉野 令
第四章 西方同盟巡礼軍
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第四節 僕らが恐れるべきは二点

「この勝ち戦において、僕らが恐れるべきは二点」

 カルロラスト伯爵が即座に答えた。

「まずひとつは時間」

「正解です」

 これっくらいだと話が早くて楽ちんだよね。馬鹿過ぎるとまずこれが出てこなくて困っちゃうよ。今までの話聞いてた? ってなるもんね。

「勝ち戦って断言できるのは現状だからですよね。時間経過により環境が変わってしまったら、何が起こるかわからないんですから。こんな回廊地方の端っこで東方帝国の大軍と戦うようなことになったら最悪アンプロモージまで危なくなる。そうですよね?」

「ああ……」

 その危機の認識があってくれて助かったよ、大公殿下。これ、もしかして、わかってないのヴェーゲ大主教だけじゃない? 困っちゃうなぁ。

「もう一点は……誰かわかります?」

 すぐ挑発しちゃうのは僕の悪い癖なのかなぁ?

「……他国の介入、か?」

「それは時間と同義ですよね、実際のところ」

 ユルノーラング大公、悪くはないのになぁ。馬鹿なんだよねぇ。

「答えは簡単ですよ?」

 つまり、問題そのものとその問題を問題たらしめてる存在の二点なんだよ。

「なぜ、僕らはこんなことを問題視しなくてはならなくなったのか、ってことです」

 ゾーフィーヌ主教がはっと気づいた。さすが女。勘が鋭いね。

「エルヌコンスの私掠船、ですね」

「そそそそそ、それです。ヴァンサン平野で一発カマしてくれたうえに、こんなにもぽこちゃか輸送船を沈めてくれちゃってる存在」

 提督のカルロラスト伯爵には気づいて欲しかったのになぁ。

「僕たちが真に恐れるべきはその船だけですよ。初戦で逃げ出しちゃう王様が率いる数万の軍勢なんかおならみたいなものですし、まだ現れてもいない他国なんておなら以下です」

 列席する幕僚たちを見回すと、どうやら理解してもらえたみたいだね。総兵力二十万をも越える巡礼軍が一隻の船を恐れる理由があるってことを。

「しかし、相手は例の空飛ぶ魔法の船なのだろう? 如何に相手するのだ?」

 相も変わらず頑固なくせに君は素直だね、大公殿下。

「それで、ここからが僕の策です。できれば、速やかに実行してもらいたいものです」

 ユルノーラング大公が書記に目配せなんてしちゃってる。この人、なんだかんだで僕のこと信用しちゃってる。いいね、悪くないよ。

「まず、北部兵団の虎の子――ドケルサントの飛龍兵をすべてこっちへ回してください」

「ドケルサント飛龍騎士団を全隊だとォ!」

 そんな反応も悪くないよ、殿下。気持ちだけならわかるよ、僕も。

「空飛ぶガレオンは飛龍兵数十騎に相当すると聞くが、飛龍騎士団全隊ともなると、およそ三百騎。それが北部兵団の主力のはず……」

 クレンヘルゲルの提督が飛龍兵数十騎相当って言うんなら、それは正しいんだろうね。

「実際、何騎で必要充分なのかは僕にはわかりません」

 確かに、巡礼軍の別働隊――北部兵団は大軍じゃない。その点を補うのは貴重な航空戦力たるドケルサント王国の飛龍騎士団だよ。ドケルサントの誇る龍巣山脈から産出された飛龍は貴重な存在だけどさ、それでこの危機を乗り越えられるなら安いもんだよ。

「だーけど、敵は強いはずですよね? この手際の良さは並大抵の海賊じゃない。そうでしょ? 下手人って割れてます?」

「ウサギの海賊旗の目撃情報がある」

 カルロラスト伯爵が神妙な顔つきで言う。なにそれ、ちょっと可愛くない?

「南方洋の狂ったウサギ――アウグゼ船長率いる三月のウサギ号という名の知れた海賊船だ。南方洋の船乗りで知らぬ者はいない」

「なーるほどぉ……春先の凶暴なウサギってことですか」

 ウサギって単語はなんとなく強そうじゃないけど、三月(みつき)――宝珠節の頃のウサギには近づいちゃいけないとはよく言うもんね。繁殖期で気が立ってるってやつでしょ?

「じゃあ、絶対に飛龍兵全部くださいね」

「だが、それでは北部兵団の戦力が――」

「あ、そっちはまた別の策があるから大丈夫です」

 ユルノーラング大公がぐだぐだ仰るけど、ちょっとめんどくさいからその話は終わり。そっちはそっちで戦略レベルでなんとかする予定だからね。

「あとは可能な限りの気球を用意してください」

「焼き討ち気球ですか?」

 でっかい風船に火をつけて飛ばしてぶつける比較的新しい戦術のこと。焼き討ち船の代わりに気球を使うってことね。浮力を得る瓦斯(ガス)とかいう気体も燃えるからすっごい光景になるんだよね。空飛ぶ燈籠流しみたいになるの。

 って、ゾーフィーヌ主教、よくそんなの知ってたね。やっぱり、お前、ただの司祭じゃないでしょ? 別に僕は彼女の正体に興味ないけどさ。

「そうです、飛龍兵と焼き討ち気球を大量にぶっつけます。物理的に落とす方法としてはそこそこ確実なはずですよね」

 できれば空飛ぶ船がこっちにも欲しいけど、西方戦場の大変さは僕だってわかってるもん。この策が通用しなかったら頼めばいいよね。

「サリーデス男爵、相手は空飛ぶ船。神出鬼没が最大の特徴ですぞ」

 さすが、クレンヘルゲルの提督。空飛ぶ船の本質はわかってるんだね。

 これ、素人だと空を飛ぶこと自体が「すげぇ!」ってなっちゃって、戦術的価値しか見いだせないんだけど、海にも空にも現れるなんてそれは戦略的価値が絶大なんだよ。

 三月のウサギ号はいまそれを最大限活かしてるから、たぶん強敵。船長は天才か、もしくは僕並の秀才に違いないよ。

「そうですよ、カルロラスト伯爵。だから、僕は狂ったウサギを呼びます。呼び寄せます」

 そんな、みんなして魔法使いを見るような目で僕を見ないでよ。照れちゃうじゃないかぁ。

「同時に、時間の問題も解決できる策があるんです」

 別にそれほど難しい問題じゃないんだけどなぁ。

「輸送船をこれ以上襲わせず、空飛ぶ船の神出鬼没って強みを奪い、飛龍兵と焼き討ち気球で待ち伏せ、予定通り手早くエルヌコンス王国を落とします」

「そんな方策があるというのかね、サリーデス男爵」

 おやおや、大公殿下。もう完全に乗り気じゃないですか。今度、新しい商売始めるときは真っ先に出資のお願いしちゃおっかな?

 みんながやる気なら、これ以上焦らしてもしょうがないよね。さて、答え合わせと行こうか。

「飛龍兵と焼き討ち気球が用意でき次第すぐに――」

 恐れるべき狂ったウサギさん、これが僕の策だよ。

「本隊も含めた全軍で王都コンセーヴを攻撃します」

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