第二節 巡礼軍本営
基本的に僕は会議が嫌いなんだ。
だってそうでしょ? 馬鹿が何人集まったっていい知恵なんて生まれないに決まってるもん。
たとえば、僕が論理的にそいつらの馬鹿を証明し、指摘したとしよう。彼らは納得する? しないでしょ? なんせ馬鹿なんだもん。論理を理解できないし、理解できないことがあるとキレちゃう。
だから、今日までなるべく軍議には参加しないようにしてたんだけどなぁ。
「サリーデス男爵シスク・ベルケル殿、何か申し開きはあるか?」
確かに僕はベルケル家三男のシスク君だけど、そんな怖い顔して訊かれてもなぁ。
それに、やっぱ僕、男爵って呼ばれるのまだ慣れないや。フレンドルツ王、僕を巡礼軍の幕僚に加えるために急に叙勲するんだもん。やめてって言ったのに。
「申し開きって、何のです? 僕、態度と信仰心以外に何か悪いことしましたっけ?」
僕の言葉を半分も聞かないうちから、おじさん怒ってるのなんのって。だーから、会議とか嫌い。
怒ってる髭面のおじさんはユルノーラング大公。天下のオージュサブリス王の叔父にして、同盟随一の精鋭――オージュサブリス聖騎士団の総長。巡礼軍本営では大主教の幕僚団の筆頭で、巡礼軍本隊の次将でもある。事実上の大将なんだけどね。
なんつーか「将軍!」って感じ。信仰とか騎士道とか好きっぽいよ。僕はよく知らないけど。
「貴公が差配した輸送船が次々と拿捕されておるではないか」
すっげー怒ってるのに怒鳴らないところはさすが大物、大貴族。そんな自制心に免じて、ちょっと解説してあげよっか。
「でも――よっ、と」
椅子の上で膝立てたままだと声出しにくいし、と思って立ち上がる。椅子の上に。
「サリーデス男爵! ここは大主教猊下の天幕ですよ!」
お前は教師か。あ、この女、司祭なんだから教師ではあるんだった。
僕を叱責したのは幕僚団の紅一点――ゾーフィーヌ主教。女で初めての主教ってことでだいぶ話題になったけど、法衣じゃなかったら商売女にしか見えないよぅ。
巡礼軍の従軍司祭長って肩書きでヴェーゲ大主教の副官みたいな立場にいるけど、一体何のお世話をしてるのやら。夜の典礼ですか?
「別に猊下いらっしゃらないんだし、いいと思ったんですけどね、っと」
これ以上怒られてると話も進まないから椅子を飛び降りる。講義って歩きながらするとなんとなく気分良いしね。
「あれ? 僕、どこまで話しましたっけ?」
「貴公はまだ何も話しておらん」
ユルノーラング大公、怒ってる怒ってる。
「あ、そうでしたね」
わかってやってるのバレてるから余計に怒ってる。大公の側近の聖騎士なんか今にも抜刀しそうな感じだし。あー怖い怖い。
でも、まさか、ここでオージュサブリスとフレンドルツっていう同盟の主導権争いを繰り広げる訳にはいかないし。怖くない怖くなーい。
「で、カルロラスト伯爵。その輸送船の被害ってどれっくらいなんです?」
ついつい指差して訊いちゃったけど、伯爵だから僕より偉いんだよね。でも、この中じゃ、僕の次に頭の柔らかい人物だし、本人もその自覚があるから大公みたいに怒ったりしない。
「この一月、いや、三週間で五隻」
カルロラスト伯爵は巡礼軍の幕僚じゃなくて同盟海軍の提督だから、発言権はあれど決定権はないって微妙な立場なんだよね。
ヴァイゼーブルヌ神聖同盟海軍なーんて言っても実際はクレンヘルゲル王立海軍なもんだから、デカイ顔できないようにオージュサブリスとフレンドルツが牽制してる。海のことどころか、彼らの空飛ぶ船にものすっごい助けられてるのにね。嫌だなぁ、政治って。
「五隻、全体の二割かー」
こんなとき、指折り一隻ずつ数えてもしょうがない。僕が考えなくちゃいけないのは、必要充分な十割をどれだけ割り込んだか、だけ。それが百隻でも百万隻でも同じことだもん。
「その責任を問うておるのだ、サリーデス男爵」
責任とか言い出しちゃったよ、大公殿下。
「嫌だなぁ、ユルノーラング大公。責任ということなら、それはもちろん、巡礼軍総大将に帰属しちゃいますよぅ?」
「きッ、貴公が用兵指南役として大主教猊下に進言した策であろうがッ!」
ほーら、ついに怒鳴っちゃったよ。もちっといじめちゃおっかな?
「それを採用したのは猊下なわけですしぃ――」
「斯様な議論は無用です」
娼婦――じゃなかった。ゾーフィーヌ主教に言われなくたってわかってるもーん。遊んでるだけだもーん。
そもそも責任論なんか幕僚がしちゃダメでしょ? 大将みたいな責任のない立場なんだから。そういう責任論は教会お得意の宗教裁判の方でどうぞ!
「このままではコンセーヴ攻略に支障を来す。問題はただそれだけです」
なんだ、ゾーフィーヌ主教は一応わかってるんだ。頭脳評価、加算一点。
「然様、輸送しておるのは何も兵糧だけではない。攻城戦の物資もだ。それが次々と奪われておる」
そんな当たり前なこと言っちゃうユルノーラング大公は減算一点。
「やはり、船団を組んで護衛をつけるべきだったのでは?」
こればっかりはカルロラスト伯爵も減算一点。船のことわかっても算術が苦手とかダメダメだぁ。航海術を部下に任せっきりだからそんな馬鹿になっちゃうんだよ。
「皆さん落ち着いて、ちゃんと考えてくださいよ」
この人たち、帝都の大学だったら一科目も単位取れないよ。
遥か遠くヴェーゲの大伽藍からわざわざ持って来たでっかい机の周りを、教授の真似してゆーっくりと回る。
「いいですか? 確かに、二割の被害というのはちょっとビックリしちゃうくらい多いですよね。僕だって予想外の数字だし、皆さんがあたふたしちゃうのは僕もよーっくわかります」
馬鹿にしてるのがバレて大公殿下はお怒りのご様子。主教猊下と伯爵閣下は続きが気になるご様子。
「でもね、逆に考えれば八割の物資が補給されてるってことですからね?」
僕は結論に達したつもりだけど、誰も彼も理解していないご様子。
「……あれ? もっと話した方がいい感じです?」
だから、僕は会議が嫌いなんだよ。
※誤字を修正しました。




