第四節 隣席の友軍
抜刀した途端、ソワーヴ爺やに羽交い締めされた。
「えぇい! 爺や、離せ! 離さんか! こやつら全員、無礼討ちにしてくれるッ!」
ところで、爺やはなぜ、眉間に大きなたんこぶを作っているのだろう?
「プラニエ様、市中にございます! 他家領にございます!」
今の今まで寝ていたからすっかり忘れてた。ここは港町クトリヨン――フォールネージ伯領の南端だ。さすがに無礼討ちはよくない。
「野暮なだんびらなんかしまいなせぇ、お姫様。酒場の喧嘩は拳か酒瓶が相場だぜ!」
そう言って私に空の酒瓶を渡してくれたのはベリスカージさん。あ、止めないんだ。
もちろん、誰が止めようと、リツカさんに無礼を働いた輩を許しはしない。己と知己の名誉を守るのもまた、騎士の務め。義務を果たし、名誉を守るが故に、私たちは貴族たり得る。
「なぁにがお姫様だ! 金髪碧眼の貴族崩れかなんか知らねぇが、こんな場末の酒場で騎士のまねごとたぁ、講談に通い過ぎじゃねぇの、お嬢ちゃごぼげはァ!」
あ、私の武術って、意外と通用するんだ。酔っ払い相手だからかな?
無礼者の脳天を、酒瓶で思いっきり殴りつけてやった。あっという間に昏倒。戦棍の操法もちゃんと練習しといてよかった。
ヴァンサン平野と船上――二度の出陣でも結局得られなかった初めての戦果を、酒場で挙げてしまった。やっぱり、私と海賊の相性っていいのかも知れない。
「こンの小娘ェ! 親分に何してくれてんだ! 女だからって優しくしてりゃあ――」
「おい、薄ら間抜けの野郎共ッ! お姫様が根性見せたぞッ!」
「プラニエ様が一番槍なのに我ら騎士は何をしておるかッ!」
無礼者の手下がなにやら喚くのをベリスカージさんとルードロンが遮った。
「野郎共ォ! 狂ったウサギに逆らったこと後悔させてやれ! いくぞォ!」
「クロンヌヴィル侯の騎士諸君、共に参ろう! プラニエ様に続けェ!」
今まで床に倒れたり、飲んだくれてたりした船員と騎士たちが一斉に立ち上がった。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」
「ぶっ殺せええええええええええええええええええええェ!」
「我らに戦神のご加護をォ! とォつげェきッ!」
こうして、躍る鯨亭は戦場になった。
最初にリツカさんと私に無礼を働いた酔客はすぐに殴り倒された。今や、誰と戦っているのかよくわからないけど、味方以外と片っ端から殴り合い。よくあることなのか、店員も呆れ顔で怒りも驚きもしない。
どうやら、誰も彼も酔っ払いらしい。
乱暴で、粗雑で、自分勝手で、騒々しい。まさに、海賊――無法者。
クロンヌヴィル侯爵の娘である私もそれに加わっている。まだ体に残るお酒がそうさせるのだろうか。
「クロンヌヴィル侯女プラニエ・ファヌーはここに在るぞッ! 誰ぞ、この首を獲らんとする猛者はおらぬかァ!」
お酒のせいなんかじゃない。
私はこの戦場を楽しんでいた。
私に躍りかかる酔客を爺やが投げ飛ばし、リックが誰かに殴り飛ばされるこの情景を。
ベリスカージさんが数人まとめて相手にし、ラッキさんが女給を逃がすこの光景を。
「こら、ベリスカージ! お姫様が突出してるでしょ! ちゃんと後に続く!」
テーブルの上に仁王立ちしたリツカさんの怒声が響く。
「フリーゴルとマルブはガルダーンの援護! あいつの東洋武術を前面に押し出す!」
リツカさんって口が悪いな、って思ってた。仲間であるはずの船員にも酷い口振りだな、って。いや、今もずっと悪いんだけど、彼女はいつも彼らのことを考えてる。
だって、リツカさんくらい頭がよかったら、海賊なんてしなくても立派に生きていけるはずだもの。役人や学者にだってなれると思う。
それなのに、お父さんの跡を継いで海賊船の船長やってるのって、彼らがいるからなんじゃないの、かな?
失礼になっちゃうから言わないけど、私たちは似てる。己の責務というか、己に課した責務を全うしようとがんばってる。
そんな気がするんだ、私は。
「おーっと! こりゃあ奇遇だなァ!」
卓上で指揮を執るリツカさんに近寄る回廊人の偉丈夫が現れた。
いけない! 助けなきゃ!
「そこな下郎! リツカさんに近づくなッ!」
酒瓶片手に割ってはいる。
「ははッ! こんなに可愛い騎士様が護衛とはさすがアウグゼの旦那の忘れ形見! 畏れ入った!」
あれ? アウグゼって確か、リツカさんのお父上――先代の船長。お知り合い?
「誰?」
いつもの冷たさで短く訊くリツカさん。あの眼鏡の奥から睨み付けられるの、怖いんだよね。
「こいつァ失敬。俺はブロージ・ジャミンズ。血風の傭兵団で頭やってるもんだ」
「お、ブロージの糞野郎じゃねぇか! 相変わらずやくざな野郎だな!」
ベリスカージさんがどこかの誰かを小脇に抱えたままやってきた。このふたりが並ぶとなんか、すごい。私の背が低いせいもあるけど、南ウランド山脈と北ウランド山脈が話し合ってるみたいに見える。
「ベリスカージ! お前もまだ生きていやがったか!」
「何? 知り合い?」
やっぱりリツカさんは冷たい。
「先代の頃、何度かうちの船に乗ってた連中でさぁ」
「おうよ! アウグゼの旦那にゃあ世話になった! ここで暴れてるってこたぁ、あんたらもエルヌコンスに雇われたのかい?」
「そうだけど、何?」
なぜだろう? リツカさんは始終つっけんどんな感じ。いつも通りと言えばいつも通りなんだけど。もしかして、お父さんの話が……嫌い?
「なら俺らの戦友だ!」
傭兵ブロージはまだ構えてる私に笑顔を向けた。敵意はないらしい。
「いよーっし! 血風の傭兵団は三月のウサギ号と騎士様に味方すっぞッ!」
「おうッ!」
彼の仲間たちもまた酒臭い鬨の声をあげた。
「突っ込めェ!」
大乱闘の様相を呈してきた躍る鯨亭だったが、血風の傭兵団という援軍により私たち三月のウサギ号一味は戦場の覇者となった。
喧嘩っ早くて喧嘩に強い。かっこいいなぁ。
あ、でも、喧嘩始めたのって、私だった気が――
や、それはともかく! とーもーかーくっ!
あのとき――
私が目を覚ましたとき、すぐ目の前にリツカさんの顔があったあのとき。なんで、あのとき、リツカさん――悲しそうな顔、してたんだろう?
あんなに感情的なリツカさん、見たことないな。




