第三節 船上の騎士
「我が旗印を恐れぬならばかかって参れ! 素っ首叩き落としてくれるわッ!」
あの子――お姫様――プラニエ・ファヌーの放った言葉は思ったよりも効果があった。明らかに向こうの戦意が鈍った。
ま、そうでしょうよ。
この獲物も西方同盟が借り切った商船に過ぎないし、商船の水夫は海賊みたいなどうしようもない連中とは違う。もうちょっとマシな連中だ。それに、たとえ海軍相手にしたって、水兵なんて棍棒片手に強制徴募でかき集めた連中だもの。騎士じゃあるまいし、名誉のために命捨てたりはしない。
そこに、年端もいかない女の子が講談か軍記かってくらいの大口上。
相手の降伏も時間の問題だろうから、こっちはそれでいいけど――
十七でしょ? 女の子でしょ?
「なに、気張ってんだか……」
「だーから、それが可愛いって言ってんじゃないッスかぁ!」
出た、うざい。司厨長のラッキは戦闘配置も厨房なのに。なんで、船尾楼甲板ふらふらしてるわけ。
っていうか、すぐ横でフォルシが「いひ、いひひひひ」とか笑いながら二听旋回砲ぶっ放してるのに、こいつ、よく聞こえたな。
ちなみに、あたしやフォルシ、ラッキあたりは留守番役。あたしたちは向こうにカチコミかけても役立たずだから。適材適所。
それはともかく――
「あたしは……ああいうの、嫌い」
貴族だか騎士だかは、とかく義務とか大義とか名誉とか声高に叫ぶ。そんなのあいつらが生活に困ってないから拘れるわけで。今日明日を如何に生き残るかって貧乏人は世界中にごろごろいるのに。
しかも、結局やってることは人殺し。それなら、明日のパンのために殺す方がよっぽど純粋じゃない。形のない、誰のためかもわからないあやふやなもののために、敵を殺す。西方同盟に至っては大神とか信仰とかのためなんて言い出す始末。
世界、戦争、人間、お姫様――
気にくわない。
「大嫌い」
「そんな好き嫌いの激しい船長も俺は大好きッスよ?」
短銃の撃鉄を起こし、銃口をラッキの腹に押しつける。これならあたしでも当てられる。
「うるさい、黙れ」
「もう、船長の照れ屋さ――」
発砲。
「ひえっ!」
昨夜の海鮮グラタンに免じて空に威嚇射撃。
「黙れ」
「ういッス!」
この短銃は父の形見じゃない。海賊船を継承しようと決めた日に、帝都の一流工房に発注した一品モノ。火縄式じゃなくて燧石式で、銃身の内側には施条を刻んである。
あたしでも自称色男くらいは撃ち殺せる強力な兵器。
騎士様はこういうのも使わない。曰く、卑怯な飛び道具なのだそうだ。弓や弩すら厭う連中なわけで、非効率極まりない。人を殺すのに騎士道なんて教義を持ち出すとか。大嫌い。
「まったく……」
どいつもこいつも。
「ブドーダンジャナイヨ! サンダンダヨ!」
砲列の方からガルダーンの訛が聞こえる。それにしても、なんとかならないわけ、あの訛。いらいらする。
ともあれ、ガルダーンが長砲に散弾詰めてるってことは、このお祭り騒ぎも終わりが近いってことか。
「向こうはどんな具合?」
「お姫様は相変わらず可愛――」
「抵抗は、船尾楼、だけです。はい」
馬鹿を無視して、死神が答える。
「じゃ、これで終わりね」
「ハッシャア!」
例の甲高い号令と共に、向こうの船尾楼に数百発の鉛弾が撃ち込まれる。立て籠もってるなら被害は少ないだろうけど、恐怖を煽るには充分だろう。
「どれどれ」
望遠鏡を覗くと、自然と侯爵様の旗印を追っていた。いや、もちろん、旗印ってそうやって目を引くためのものなわけで。
どうやら、お姫様は無事なようね。
「降伏せよ! 貴公らの安全は我が家名にかけて万神の元に誓おう!」
降伏勧告までやるとは働き者なことで。あんたは充分、騎士として立派だったわ。はいはい、えらいえらい。あたしは嫌いだけど。
この後すぐ、赤い聖印を染め抜いた商船旗は降ろされた。




