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遥かなるかな空と海 第一部  作者: 嘉野 令
第二章 私掠船稼業
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第二節 二度目の初陣

 これは言うなれば、私にとって二度目の初陣。

「あんたたちの腕前、見させてもらうから!」

 ヒューゲリェン船長に言われるまでもない。私たちは戦うことで特権を得た貴族であり、ここは戦場なのだから。今度こそ、やってみせる。

 それにしても、クロンヌヴィル侯領から出征したときも、ヴァンサン平野で敵と対峙したときも、まさか揺れる船上で戦うことになるとは思わなかった。

「うおおおおおりゃあああああああああああああああああァ!」

 ベリスカージさんがロープ――彼らはそれを索具(リギン)と呼ぶらしい――で相手の船へ飛び移ると、他の水夫たちもそれに続いた。まるで、密林の野人みたいに軽々と。

「どりゃあああああああああああああああッ!」

「おんどりゃああああああああああああああああッ!」

「うしゃらあああああああああああああああああああッ!」

 なんだかわからない雄叫びをあげて突撃していく。

 不慣れな私たちは渡り板で乗り移る手筈になっている。待っている間にも、干戈の交わる甲高い調べが、ぽんぽんという銃声が聞こえてくる。

 じれったい。

 なんて言うのは言い過ぎ、かな?

 でも、私には使命がある。あの日、ヴァンサン平野で名乗れもせず、敵に敵として認められなかった屈辱。

 力がないのはわかってる。大将の器じゃないこともわかってる。私が敵を討ち取るなんて無茶なのもわかってる。猛者相手に小娘が何を、って自分でも思ってはいる。

 だけど、だからって、諦めていいわけじゃない。弱い、怖いは言い訳にならない。

 私は誇り高き騎士なのだから。

 敵の妨害に遭いながらも、舷から舷へ板が渡される。

「ミエードガール家がルードロン・レスト、参るッ!」

 真っ先に飛び出したのは父の家臣――騎士ルードロン。

 狭い渡り板を躊躇もせず全力で駆ける。向こう側から敵の水夫が三人ほど躍り出るも、ルードロンの勢いは止まらない。愛用の長柄の戦槌で一気に薙ぎ倒し、海に叩き落とす。

 やはり、ヒューゲリェン船長の言う通り、鎧兜は邪魔なようだ。私たちがいつもの装具で海に落ちたら助からない。

「ルードロン殿が道を開きました、プラニエ様」

 ソワーヴ爺やがそっと促す。

「うむ、征こう!」

 大丈夫、彼らの大将として騎士らしく振る舞えてる。

「リック! 旗印を!」

「はい! ここに!」

 南方洋の船上で、クロンヌヴィル侯爵ランサミュラン=ブリュシモール家の旗印が海風を受けて翻る。騎士の武具を二頭の一角獣が支えるこの旗が船上に掲げられたのは、侯爵家五百年の歴史上、初めてのこと。

 父――侯爵より私に与えられた小さな騎士団が船から船へと渡る。

 焦らないように気をつけた。ルードロンみたく走り抜けるなんて私には無理だから。騎士たる者、将たる者、無様な姿を晒してはいけない。

 敵船の甲板へ乗り込むと少し不思議な気持ちになった。三月のウサギ号以外で初めての船だったから。今まで私が生きてきた世界はあまりにも狭い。

 それに、そこはもう戦場。

 もっと言えば、敵の城塞なのだ。

 先行したベリスカージさんたちはもう戦っている。彼は切り込み刀(カットラス)短銃(ピストル)を武器にしている。短銃はもう撃ってしまったのか、逆手に持って鈍器扱いだ。

 ルードロンは長柄の戦槌をぶんぶんと振り回し、我らの先駆けに相応しい戦働きをしている。

 だから、私はそれに応えなければならない。

 足軽雑兵じゃないんだから、名乗らなきゃ卑怯だ。このときのために家名を背負い、領地と領民を支配しているのだから。

 義務を、使命を、果たさなければならない。

 それでも目の前の現実は恐ろしい。

 白刃が人を切り裂く。

 切っ先が人を貫く。

 鉛弾が人を穿つ。

 そして、傷つき、死んでいく。

 本当なら発狂するような現実。目を背けたくなるような地獄。今朝まで抱き締めていたポムポムさんのぬくもりはここにない。

 乱闘の隙間を縫って、ひとりの水夫が飛び出してきた。

 私には彼が敵か味方かも区別がつかなかった。ただ、手にした刃は私に向けられている。

 戦うとか、抜刀するとか、逃げるとか、腰を抜かすとか、そんなことよりも踏ん張って受けて立とうとしてる自分がどこか滑稽に思えた。

 それくらい、ゆっくりに感じられた戦場の一瞬。

 その敵を打ち倒したのは私じゃない。でも、ばっさりと斬られ、鮮血をまき散らし、倒れ、動かなくなった。

 見ると、爺やがいつものステッキを逆手に持ち、私の前にいた。否、それはステッキじゃなかった。柄の先の刀身から血が滴っている――仕込み杖だ。

 いつもの冷静で穏やかな、ときおり茶目っ気を見せるソワーヴ爺やとは違う声音で、彼は呟いた。幼い頃に聴かせてくれた子守歌が嘘の様に。

「下郎が、控えておれ」

 そうだ。私はひとりじゃない。

 爺やがいる。家臣がいる。三月のウサギ号の船員たちがいる。今も船尾楼甲板からヒューゲリェン船長が、あの大きな眼鏡越しに私の背中を見ている。

 征こう、私。

 肺を息でいっぱいにして――

 口を、開く。

「我が名はプラニエ・ファヌー・ランサミュラン=ブリュシモール!」

 思いの外、大きな声が出た。

「万神の加護厚き偉大なるエルヌコンス王の忠臣クロンヌヴィル侯爵ジュリアル・ダルタンが娘にして騎士!」

 騎士の名乗りなど、船上の戦いでは場違いなのだろう。敵も味方もびっくりしてこちらを見ている。

「金の拍車の誇りにかけて、汝らに正々堂々たる戦いを挑まん!」

 思いっきり抜刀。がんばれ、私。

「さあ、どうした! 価値ある首はここにあるぞ!」

 大丈夫、言えてる。名乗れてる。

「我が旗印を恐れぬならばかかって参れ! 素っ首叩き落としてくれるわッ!」

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