第一節 西南西海上に獲物一隻
「西南西海上に獲物一隻!」
檣楼からフリーゴルが叫ぶ。
航海六日目、飛行四日目。
舷縁から身を乗り出して海上を見る。眼下の雲間には青い海原に白い航跡。あたしは父の形見の望遠鏡を航跡の先へと向けた。旗は白地に赤い聖印――西方同盟の船。
ようやく、捉えた。
狙い通りのペーヌシャント沖。相手はキャラックで重量級だけど、所詮は普通の船。大きさだけなら向こうが上だからって、空飛ぶガレオンの敵じゃない。
飽きっぽい水夫連中も、紀行本を一冊読み終えたあたしも、ちょうど退屈してたとこ。
「マルブ! とっとと武器持って来ォい! 全部だ! 全部!」
「あいよっ、掌帆長!」
甲板は一気にお祭り騒ぎ。
そう、あたしたちは海賊。あ、今は私掠船か。とにかく、漁船でも商船でもない。あたしたちの航海は散歩じゃない。獲物を求めて海と空を行く狼。
獲物を前に咆哮する。
「海賊旗、掲揚して」
「あい、お嬢! 海賊旗、掲揚ォ!」
南方組合の商船旗に代わって翻るのは、ウサギの海賊旗。父にしては可愛げのある意匠。春のウサギのように哮り狂う三月のウサギ号の象徴。
降伏か死を選べと迫る、問答無用の旗――海賊旗。
「高度下げて、ベリスカージ」
「あい、お嬢! 縮帆よぉーい!」
獲物は一隻。
船団なら実入りも大きいけど、護衛がいないのは幸いか。いや、違う。これは敵の策。
戦争やってんのに輸送船を単独航海させるなんて、一定の損耗を覚悟してる証拠。その代わり全滅はしないから補給は絶えない。護衛が足りなくてもなんとか回せる。
堅苦しい神聖同盟にもなかなかの軍師がいるみたいね。
ま、こっちも素人連れてるし。楽できるならそれに越したことない。
見れば、お姫様たちも武器を手に手に、甲板に整列してる。こちらの忠告通り、鎧兜は装着してない。素直なのは認めてやろう。
いくつかの帆がたたまれ、船の高度はぐんぐん下がっていく。
さてと。
「ガルダーン! 左舷全門砲撃準備!」
「ハイヨ、センチョ!」
掌砲長のガルダーン・ナステオドがカタコトの言葉で返事する。
長いこと船員やってるくせに、いつまで経っても東方訛が抜けない。わざとやってるんじゃないかってあたしは疑ってる。
「足止めだけにして! がっつり当てないように!」
「ワカテルヨ、センチョ!」
言葉は怪しいけど、そこら辺の力加減を彼は心得てる。
「シャゲキヨォーイ!」
遠い異国の神事かと思うような怪しい号令が響き渡る。
左舷合計十九門の一八听長砲。半分は上層甲板に、残り半分は下層砲列甲板に並ぶ。
ガルダーンの号令一下、砲口が開かれ、装薬袋、おくり、砲弾、最後にまたおくりが詰め込まれる。
火門から錐で装薬袋に穴を開け、導火薬をつめ、火皿には点火薬。火蓋を閉じたら、滑車索を引いて大砲を前に押し出す。
餓狼が牙を剥いた。
普通の船ならこのあとめんどくさい照準作業がいろいろあるけど、こちとら空飛ぶ船。海や波に邪魔されず船体を傾けることができる。操舵と照準の息さえ合えばなんとでもなる。
「撃って」
「ハッシャア!」
蛮族の雄叫びみたいな「発射」の号令で、火縄が落とされる。
何度聞いてもどきっとする轟音――砲声。
十九門の長砲から飛び出した一八听砲弾が獲物の鼻っ面を叩く。
高度も下がり、今は肉眼でも相手の船員が見える。右往左往の大混乱。
空飛ぶ船が飛ばない船を襲うのは一方的だったりする。なんせ、上空にいれば相手の砲弾は届かないんだから。だからこそ、空飛ぶ帆船は虎の子なわけで、西方同盟も勝ち戦には投入してない。たぶん、泥沼になってる西方統一戦争に駆り出されてるはず。
とはいえ、軍隊じゃあるまいし、相手の船を沈めてもしょうがない。掠奪して利益出して初めてこの稼業は成り立つ。
故に、相手は「敵船」じゃなくて「獲物」なわけで。
結局、最後に物を言うのは、船員と海兵がカチコミかける接舷戦闘。
海面が、獲物が、迫る。
ぶつけんばかりにキャラックに寄っていく。
水夫共は切り込み刀、銛、手槍、短銃、小銃を手に大騒ぎ。あいつら命知らず共はベリスカージに任せとけば大丈夫。っていうか、ベリスカージなんか、誰よりも荒れ狂ってる。
さて、おかものの騎士様たちはどうかな?
「お姫様!」
馬鹿騒ぎに負けないよう大声でプラニエ・ファヌーを呼ぶ。
彼女は自分の家臣――騎士たちに囲まれて、意外にも険しい顔で甲板に立っていた。てっきり泣きだしてるんじゃないかと思ってたのに。
別に、応援ってわけじゃない。激励なんかじゃない。お客さんたちにちょっとプレッシャーかけてやるつもりだった。
「あんたたちの腕前、見させてもらうから!」
衝撃と轟音と共に海面へ着水。
獲物に接舷した。
※誤字を修正しました。




