3壊目 パシリの帝王
床を高速で這う物体に神経をすり減らす。玉の汗が地面に落ちて弾けた。
行け! 行ってくれ! そのまま……。
黒い鎧を纏った『そいつ』は、二本の触角を動かし、次の行き場を探している。これ以上、ボクに打たせないでくれ。殺したくない。ボクは丸めた雑誌を構えて、様子を窺う。
照りつけるような太陽が健在な真夏の朝。風鈴が微かな寝息を立てた。
それと同時にドアが開いた。
姉さんが生欠伸をしながら部屋に入ってきたのだ。
「バカ! 何で出て来るんだよ!」
直後、『そいつ』は動いた。
願っていたのとは反対側だ。そっちはダメだ。
やめろ! やめてくれ!
リビングに住まわれたらリラックスできないだろ!
ボクは全力で走り、装甲車の如く力強い走りをみせる『そいつ』に接近。
バンっ! バンッ! バンッ!
容赦のないジュウタン爆撃を受けた『そいつ』は即死した。
「うっ……。ボクは……打ちたくなかったのに」
「感傷に浸ってるとこ悪いけど、このあと敵軍の歌姫が乗った救命ボートは拾わないから」
「ミトメタクナ〜イ」
ボクと姉さんは、普段通り机を隔て対面に座った。
「暑いわねー。こんな日は大海原だけの世界を創りたいわ」
「姉さん、泳げないのに?」
「あんた、後で拷問ね」
「ミトメタクナ〜イ」
姉さんは冷蔵庫にあったボクのコークル(某大手メーカーの炭酸飲料水)を飲み干し、机に置いた。
「コークルが無くなったわね。ちょっくら、ひとっ走りしてきて」
この人はどこの国の女王のつもりだ。
「自分で買ってきなよ」
「ところで話は変わるけど……」
切り替え、早っ!
空のペットボトルを寝かせ、その腹を突いて机上に転がす。
コロコロしてボクの腕に飛び込んでから、
「〈ネイン〉ってさ、〈ダイン〉の他にも使える能力が存在するのよ」
ペットボトルを抱き起こし、専用のごみ箱に放った。
「へー、何?」
ボクがやる気なく訊くと、姉さんはクソ暑い中、立ち上がりバーニング。
「その名も〈バイン〉!」
何だか、名ばかりの能力そうだと瞬時に判断したが、一応、ノッてりあ。
「それで、どういう能力?」
「これは〈ダイン〉と合わせて使うの。そうすれば、めでたく〈ダンバイン〉よ!」
オーラロードが開かれたー♪
いや、どこが『めだたく』なのか分からないし、本当に名ばかりだし。
「少しは字を埋めようよ! モロ出しじゃんっ!?」
「いきなり何言うのよ。エロガキ」
「いきなり大将は姉さんだよ」
「黙らせなさいっ!」
だから誰を!? ボクの後ろに何か見えるの?
姉さんがボクの胸倉を掴み上げた所で、チャイムが鳴った。
「勝手に不法侵入してきなさい」
片手でボクを宙吊りにしたまま、応対する姉さん。
そりゃそうだ。許可なく入るから不法なんだよ。
放せ、猿人ラーめ。
訪問してきたのは、気弱な表情と坊っちゃん刈りが特徴で、姉さんのパシリのソーセキさんだ。
姉さんは、待ってました、とばかりにソーセキさんのヘアーを撫で乱し、
「千円分のジュース買ってきて」
「は、はい……」
遊びに来た直後に出掛けた。可哀相な人だ。
ソーセキっていうのは本名ではない。
由来はいつも姉さんに千円分の代金でパシられるからだ。
代金は彼持ちだが、彼の家が金持ちなので問題はないそうだ。
チッ、ボンボンがっ!
あと〈ネイン〉の能力者で、確か本名はナツメだったかな? まあ、ぶっちゃけどうでもいい。
ソーセキが帰ってきた。
「ハア、ハア……。ただ今、戻りました」
「遅いわよ。さ、早くお釣りを出しなさい」
カツアゲだーーー!
ソーセキさんは犬のように命令に服従する。
可哀相なボンボンだ。
「あれ? コークルがないじゃない!」
姉さんが見る見る不機嫌な顔に。
怯えるソーセキさんを、力一杯、蹴り飛ばす。
ダン! バイン! と跳ねて――オーラロードが開かれたー♪