ボケとツッコミの社会問題会議 ・国家破産編
あるマンションの自治会室。そこに複数人が集まっていた。会議の内容を発表して、世に訴えようというその試みは、ボケとツッコミ奨励で行われる、その名も“ボケとツッコミの社会問題会議”。あまり上手くいっていないような気もするけれど、そんなに気にしないで続けています(書いてる本人が)。
「――今回の失敗の原因は、」
と、久谷かえでがまず口を開いた。
「あまりに広い範囲にまたがる問題を議題を選んでしまったので、焦点が絞れず、議論がまとまらなかった点にあります。
因みに、わたしは司会のよーな、そうでないよーな、な久谷です。よろしく」
そう久谷が言い終えると、議長の立石望が言った。
「いやいやいや。いきなり否定から入らないでよ」
ツッコミである。彼女は本来はボケ志向だが、責任感の強さからツッコミに回りがち。因みに久谷はボケです。
「まだ、始まってもいないでしょうが。それに、そもそも、今回のこの議題を決めたのは、あんたでしょうよ」
「そうですよ」
「そうですよってね…」
立石の呆れた顔に対して、久谷はふっと笑った。こう続ける。
「立石さん。失敗すると分かっていても、やらなければならない時もあるのですよ。この財政難の昨今、この議論は避けて通れません!」
「どうせ、そんなに読者いねぇから同じだって、何を議題に選ぼうが」
その久谷の言葉にそうツッコミを入れたのは、火田修平だった。気が強いタイプで、やや過激な論調が目立つ男である。因みに、ツッコミもボケもしますが、解説役に回りがち。
「まぁ、別に今回の議題に反対する訳じゃないがな」
吐き捨てるようにそう言い終える。彼なりに気を遣ったのかもしれない。
「口では文句を言いつつ、しっかり真面目に議論してくれる火田さんが好きです」
火田の言葉に久谷がそう返すと、火田は少し顔を赤くしつつ「殴るぞ」と言った。その後にこんな声が響く。
「え? なに? この会議、読者少なかったのか?」
その声の主は、塚原孝枝。やや年輩の女性で確り者。ただし、学者タイプで、浮世離れしている感がある。どちらかと言えば、ツッコミです。
「見事に低アクセスですよ」と、それに長谷川沙世が答える。彼女は主にツッコミ及びに質問役だけど、時々、天然ボケも発揮する、そんなキャラ。それを聞くと、塚原は久谷に文句を言った。
「久谷、話が違うじゃないか。“多数の読者に意義の高い議論を読ませたいから”と、お前は私に出てくれと頼んだろう?」
久谷はそれに澄ました顔で答える。
「その通りですよ。塚原さん! 塚原さんが加わってくれれば、不足気味だった女性陣の理屈語りメンバーが補われるのです! より質の高い議論を、読者に!」
それを聞いて、村上アキがこう言った。
「強引だなぁ、久谷さん。まぁ、僕も塚原さんの参加は賛成だけど」
因みに、彼はボケ。でも、どちらかといえば解説役になりがち。その彼の言葉が終わると、また声がした。
「とすると、このボクも同じ理由で呼ばれたのかな?」
そう言ったのは園田タケシ。通称、ソゲキくん。久谷は喜んで、こう答える。
「そうですよ! あなたは、男性陣に不足しているボケの補充です! がんばってください!」
ソゲキは返す。
「あれぇ?」
もちろん、彼はボケ。
それが終わると、また別の声が。
「だからさ。そんなのより、アクセス数を増やしたかったら、女でしょ。女! 何で、それくらいの事が分からないのか!」
卜部サチ。主に、ボケ担当である。それを聞いて、立石がこう言う。
「前回、こいつ出して上がったの? アクセス数」
「全然」と、沙世が返す。それを聞くと、立石が言った。
「あんた、よく今回生き残ったわね…。前回、あれだけ引っ掻き回しておいて」
久谷が言う。
「トラブルメーカーも、案外、重要なんですよ。わたしのプロデュース魂をなめんな!」
そこでソゲキくんが手を上げた。
「あの………。ボク、どうやってボケればいいのかな?」
「あんたは、自然体で大丈夫よ。異次元型天然ボケだから」
と、立石がそれにツッコミを。その後で少しの間ができ、微妙な空気になったところで、「さて」と久谷が口を開く。
「では、極めて自然な流れでメンバー紹介も終わったところで……、」
「そう?」と、いう沙世のツッコミにも構わず、久谷は続ける。
「会議を始めたいと思います!
今回の議題は、ずばり“国家破産”。国の借金が隠しも含めて1000兆円以上と言われてから既に数年が経ち、表の借金も1000兆円を超えているのがほぼ確実。IMFは2019年度には、日本は国内で借金を賄えないだろうと警告を発しており、震災の影響でその事態は更に深刻さを増しています。
しかし、一方で日本の財政赤字はフィクションだ、というような声もあり、なんとか増税をしたい官僚の陰謀論も実しやかに囁かれています。
果たして、本当に日本は国家破産を迎えようとしているような状況なのか? もし、そうならば解決策はあるのか! さぁ、議論してもらいましょう!」
が、
空白。
久谷がそう言い終えても誰も発言しようとはしなかった。
「あれ?」
と、久谷。
「どうしたんですか? みなさん。ファイッ!」
「いや、ファイトも何も、あんた自身が始めから否定した議題でしょうが。いつもにも増して強引な開始だったし。どう喋ればいいのよ?」
そう言ったのは、立石だった。
「立石さん、議長なんだから、なんとかしてくださいよ」
と、それに久谷はそう言う。
「無茶言うな!」と、立石がそれにツッコミを。そんなところで、沙世が手を上げた。
「あのー 質問があるんだけど」
それを受けて、久谷はガッツポーズを取った。
「流石、長谷川さん。困った時の質問役! 村上さん、答えてあげてください」
「いや、まだ質問を言ってないから、沙世ちゃん。てか、なんで僕?」
やや困り顔でアキがそう言うと、「長谷川さんからの質問には、村上さんが答えるという不文律があるからです」と、久谷は返す。
「なるほど」と、アキ。
「なるほど、じゃないでしょ、アキ君」と、沙世。そのツッコミの後で、彼女は続ける。
「そもそも、国家破産ってどんな状態をいうの? まず、そこからわたしは、分かっていないのだけど」
アキがそれに答える。やっぱり。
「国は借金をする為に、国債ってのを発行してそれを売ってるんだけど、これは、まぁ、国の借用証書みたいなもんね。これが売れなくなって金利が上昇、それで国が借金を事実上返せなくなれば、国家破産。国債の償還期限を迎えてるのに、国にお金が支払えない状況。簡単に言うと、そんな感じかな?
それと、これが重要なのだけど、この国債を買っているのは銀行だとかの国内の金融機関が主ね。日本は国内だけで借金の9割ほどを賄っている。そのお蔭で、国家破産にならずに済んでいると言われているね」
「てか、やっぱり村上君が答えてるし。初めてだから、塚原さんでも良かったのじゃないの?」と立石が。
「いや、あの振りの後じゃ、口を開けないだろ、普通」
と、それに火田が返す。
「やはり、ここはボクの出番だったのじゃ?」
そう続けたのはソゲキくん。だけど、全員が睨むので黙りましたが。その後で、やれやれといった様子で、塚原が喋り始めた。
「そんなに言うなら、口を開こうか。
村上の説明に付け加えると、誰かが危機を警戒して、国債を買わなくなれば、それが一気に連鎖反応を引き起こして、ある日突然に、国家破産、なんて事態もあり得る。
国債……に限らず、債券全般なんだが、債券ってのは売れなくなれば金利が高くなり、逆に売れるようになれば金利は低くなる。まぁ、需要と供給のバランスで、金利が高くなったり低くなったりするって事だ。そして当然、金利が高くなれば危険は高くなる。だから、皆、国債を買わなくなる。売ろうともするだろう。すると、ますます金利が高くなる。そうなれば更に危険は増加、更に売れなくなる。これを繰り返す事で急激に国家破産に至るって訳だ。少し難しい言い方をすると、金利と需要との間に正のフィードバックが起きて、一気に崩壊するって事なんだが。原理的には、バブルの崩壊と同じだな。
時々、“この国は、ある日突然国家破産します”ってな感じのコピーで売っている本があるが、あれの意味はこれだな」
その塚原の説明が終わると、沙世が困ったように笑った。
「アハハハ。少し、難しかったですかね?」
そして、そう言う。火田がそれを受けて、口を開いた。
「まぁ、国債が売れなくなるとますます売れなくなって、一気に国家破産。って、感じの理解で良いのじゃないか?」
「大雑把ね。ま、わたしもそれくらいの方が分かり易いけど」と言ったのは立石だった。そこで卜部が手を上げた。
「ちょっと、反論があるのだけど」
その言葉に、立石が声を上げる。
「反論!?」
それから馬鹿にした目で卜部を見つつ、「分かってない組のあんたが、無理して反論なんて言葉を使う必要ないわよ。疑問くらいにしておきなさい」と続けた。
卜部はやや怒った顔で言う。
「反論は、反論なのよ。
なんか、国債の金利が一気に高くなるなんて言っていたけど、市場原理があるからそうはならないのじゃないの?
金利が高くなれば、買い手も多く現れるでしょう? 普通」
「あれ? 思いの他、まともな反論」と、アキが言う。「どうせ、何かのネット記事でも読んだのでしょう?」と、立石。図星だったので、卜部は何も返さない。その後で、塚原が卜部の反論にこう返した。
「それが成り立つのは、通常の状況下の場合だけだな。実は金融経済には、市場原理が成立しない場合があるんだよ」
「何よ、それ?」と、卜部は不服そうに言う。火田が説明をし始めた。
「一番の好例は、バブル経済だな。適正価格を無視して、一気に膨れ上がる。
普通、商品ってのはそれ自体が欲しいから、買うものだろう? でも、それを売って差額で儲ける為、つまり、お金が欲しいから商品を買う場合もある。これが、まぁ、金融経済での取引…の一部だな。
で、だ。
皆がお金を儲ける為に何かの商品を買うとしよう。すると、商品の価格は上がるな。皆はそれを売って儲ける為に買っているのだから、価格が上がったのを見て、更に商品を買おうと思うかもしれない。もっと稼げると考えるからだ。ところが、そうなるとまた需要が増えた事で商品の価格が上がる。以降、この繰り返しで商品の価格は跳ね上がり、バブル経済の出来上がり、と。
普通は、価格が上がり過ぎれば商品需要が下がって、価格が調整される。価格と需要の間に負のフィードバックがあるって事だな。ところが、金融経済だと、価格と需要の間にある関係性が、正のフィードバックに変っちまう事があるんだよ。それこそがバブル経済の正体。これは売買取引で金を稼ぐあらゆる商品で発生する可能性がある。もちろん、国債なんかの債券でも起こる。金融商品だから、当たり前だが」
火田が説明を終えると、
「いや、語りましたね。火田さん」
と、ソゲキくんが感想を言うようにそう言った。
「まぁ、ボクにはそれでどうして、国家破産するのかが分からないですがね」
ふふん、と笑いながら彼はそう言った。
「どうして、威張ってるのよ?」と、それに沙世がツッコミを。
「情けないわね」と、そう続けたのは卜部だった。「あんたも分かってないでしょう?」と、立石が。
「さっきの塚原さんの説明とも被るけど、国家破産の時もこれと同じ様な事が起こる可能性がかなり濃厚なんだよ。もっとも、マイナスに作用するのだけど。だから、市場原理が成立しなくて、金利が高くなると、不安が不安を呼んで、更に売れなくなってまた金利が高くなる…… かもしれないんだ」
そう説明したのはアキだった。その声にソゲキくんが反応する。
「金利が上がるだって!? つまり、銀行の金利も上がるって事ですね! 得するじゃん!」
そこに冷たい声が上がった。
「が、物価は何倍にも跳ね上がるぞ? 例え金利が上がったとしても、それを遥かに超えて通貨価値は下落する」
声の主は、塚原だった。それにキョトンした感じで、ソゲキくんは言う。
「あれ? 本当に上がるんですか?」
それに困ったように笑いながら、「長期国債は、国の金利の基準になっているからね。国家破産して、暴落すれば、金利が上昇するから、銀行金利も上がるんだよ」と、アキがそう答えた。
それを聞き終えると立石が口を開いた。
「まぁ、天然だったけど、いい質問になったわね。
“どうなれば、国家破産するか?”、は、今までの説明で、まぁ、何となく分かったとして、次は“国家破産すると、何が起きるのか?”
今度は、それが分からないわ。ちょうど良いから、このままの流れで塚原さんに説明してもらいましょうか?」
それに対し、久谷が言った。
「おお、久しぶりに立石さんが、議長らしい感じ!」
「煩いわね。わたしも少し気にしているんだから、言わないでよ」と、それに立石は返す。そのやり取りを見てから、「はぁ」とため息を漏らすと、塚原は語り始めた。
「なんだかな。
んじゃ、説明するぞ。
まず、先にも言ったが金利が上昇する。国内の金利が軒並みな。だから、もし国家破産すると予想していて、金を借りなくちゃいけない用件があるのなら、固定金利で借りておくといい。因みに、どーも銀行なんかは変動金利で貸したがっている節がある。つまりは、金利の急上昇を警戒しているのかもしれないって話だ」
それを聞くと沙世が疑問の声を上げる。
「固定金利、変動金利って?」
そこにアキが条件反射のように口を開く。
「言葉で分かる通りだよ。固定金利は、金利が固定されているんだ。普通、リスクが少ない分、割高に金利は設定されている。変動金利は、国内金利の上下に合わせて金利が変動する。リスクが高い分、割安に金利は設定されている」
立石がそれを見て言う。
「おおぅ。また、沙世の質問に村上がいったか。これはもはや、ボケね」
沙世が困ったように言う。
「わたしは、この場合、どう反応すればいいの?」
そこでソゲキくんが言った。
「とりあえず、説明してくれたのだから、お礼を言うべきでは?」
それで、間。皆は一瞬、固まった。
……うん。
卜部が言う。
「なに、こいつ? 素早く妙な空気感を作るわね…」
それを聞くと、久谷は何故か嬉しそうに言った。
「見ましたか? これこそが、ソゲキさんのスキルです! 能力名、ミラクル・ワンダーゾーン!」
「いらないわよね? そのスキル」と立石が。その後で、再び塚原が口を開く。
「ああ、もう訳が分からない感じに話が逸れた!
とにかく、話を続けるぞ?
国家破産すると何が起きるか、その二。物価が上昇する。因みに、収入はそんなに上がらないのに、物価だけが上昇する。当然、貯金をたくさん持っている人間は大損。貯金生活者は、悲惨な目に遭うな」
火田がそれに続けた。
「パニックが起きれば、そこに食料品の買い占めなんかが加わって、更に特定の商品の価格は高騰する。ま、俺はそうなると思っているんだが」
それを聞くとアキは頷いた。
「うん。そうですよね。パニックは怖い。僕は国家破産で一番怖いのは、人々のパニックだと思う。
こんな事態なのに、無関心な人が多い。けど、別に覚悟をしているって訳でもなさそうで、だから当然、国家破産って事態になればパニックが…」
立石がそこで言った。
「ああ、ちょっと待って。なんだか暗い。というか、確かにパニックは怖いけど、そもそも国家破産を防ぐ為に、議論しているのでしょう?
国家破産が起きると、何が起こるのかを知っておくのは良いとして、まるで国家破産するのが前提みたいに話さないでよ」
塚原はそれに頷きつつこう言った。
「ま、その通りだな。とにかく、まだ説明を続けるぞ。
物価が上昇するって事は、通貨が安くなるって事だ。すると、輸出が有利になる。反対に輸入は不利になる。ぶっちゃけ、輸入品の価格が高くなるって事だ。日本は資源がないと言われているが、実は都市鉱山、つまり廃棄物の中には、リサイクル可能な資源が大量に埋まっている。今はまだコストが高いが、その状況になれば、採算性の取れる分野になるだろう。つまり、国内で資源を調達しつつ、輸出できる。
となると、日本の国際競争力は上がる可能性が高いって事だ」
ソゲキくんがそれにこう言った。
「おお、良い事もあるじゃないですか!」
「悪い事ばっか言っていたから、少しは良い事も言ってみただけだよ」と、塚原はそれに返す。が、そこで、皮肉っぽい顔を浮かべながら、火田が口を開いた。
「しかし、金融機関が麻痺か、それに近い状態になって国内では潰れる企業が増えまくるぞ。無事で済むと思うな。企業が倒産すると、信用収縮ってな現象が起きて、連鎖的に企業が倒産していくんだ」
それを聞き終えると、「信用収縮」と立石がそう一言。そして、その後で言う。
「はい。また分からない単語が出てきた。沙世、質問する」
「自分で質問しなさいよ」と、沙世がそれにツッコミを。しかし、そうツッコミを入れながらも質問をした。
「で、信用収縮って何なの?」
アキを見ながら。
「はい。村上君、説明する」と、その質問を聞くと立石は言う。
「やっぱり、僕なんだ」と、笑いながらアキは応えると、説明を始めた。
「まず、これを理解するには、信用創造って現象を分かってなくちゃいけない。これは、銀行で借りた金を企業が銀行に預け、更にそのお金を銀行が企業に貸して… ってのを繰り返して、実際の通貨供給量よりも多く通貨が市場に供給される現象を言う。
ま、金融機関を通して、借りたり貸したりを繰り返して、お金が増えるって事だと思ってくれればいい。
でもって、国家破産が起きると、この増えていたお金がなくなっちゃうのだね。具体的には、企業が潰れて返済不能になり、資金繰りが悪化して、創造されていた金が消えていってしまう。これが信用収縮。もちろん、そうなると企業によっては本来ならば、受け取れていたはずだったお金が受けれなくなる可能性もある。すると、ま、健全な企業でも潰れる場合がある。当然、倒産件数が増えて、失業率も跳ね上がる事になるね」
それを聞くと、ソゲキくんが青い顔をした。「大変じゃないっすかぁ!」と、叫ぶ。それを見て、卜部が言った。
「こいつ、百面相ね」
久谷が「ふふふ」と笑う。
「見ましたか? これこそが、ソゲキさんの第二のスキル。くるくる変わる表情、レインボーフェイス!」
「だから、いらないわよね。そのスキル」と、立石がそれにツッコミを入れる。そのやり取りが終わると、塚原が言った。
「ま、そんなような事々が起こる可能性がある訳だが、実際の被害の程は、先に村上や火田が言ったように、パニックがどれだけの規模で起きるかにかかっている。冷静に対処できれば、被害は案外、少ないかもしれない。一応付け加えておくと、国家破産が起きると個人は資産の三分の一から四分の一を失うと言われている」
その塚原の様子を見て、「慣れてきましたね。塚原さん」と、沙世が言う。そこで卜部が手を上げた。
「ちょっと質問があるんだけど」
それに立石が反応をする。
「お、卜部にしては珍しい。きちんと挙手して発言とは。いいわ。質問を許可する。言ってみなさい」
「なんで、威張ってるのよ。あなたは」と、卜部はそれに返しつつ、質問をした。
「なんか、不安になるような事ばかり言っているけど、国家破産って具体的には、どれくらいの時期に起こるの? 危ないのは何年後?」
しかし、その質問には誰も答えなかった。アキ、火田、塚原。解説役の三人が、揃って黙っている。のみならず、微妙な雰囲気だ。
「あれ? どうしたの?」と、その空気を敏感に察知して立石が言う。それでアキは仕方ない、といった様子で口を開いた。
「一般的には、“団塊の世代”が大量に退職する2012年度からが危ないとされているけど、明確な時期は分からないんだよ。退職した“団塊の世代”は、貯金を取り崩して生活を始める。すると、金融機関から金が消える。国は金融機関からお金を借りているから、これはお金を借り難くなる事を意味している。しかも、一方で引退した“団塊の世代”への社会保障費が増えるから、国の支出は増える。つまり、借金はし難くなるのに、お金は更に必要になるって事。ただ…… なら、直ぐに国家破産の危機に至るのかといえば、そうとは言えなくて」
火田がそれに続けた。
「国の借金ってのは、直感的に理解できるほど簡単じゃなくてな。国が借金をして金を使うと、それが国民に回る。ところが、国民は金を手にすると、貯金に回す。すると金融機関に金が回る… まぁ、さっきの信用創造の国の借金バージョンみたいな事が起こって、延命が可能になるんだよ。もちろん、今だってこの現象は起こっているぞ。更に言うなら、国家破産しそうになった時の緊急危機対策用の資金も特別会計には用意されている。これは霞が関の“埋蔵金”の一つだがな」
塚原がそれに加えた。
「なら、安心なのかと言えば、それも違う。何か切っ掛けがあれば、さっきのバブル崩壊みたいな現象が起きて、一気に国家破産なんて事態も充分に有り得る。
これはな、大きな積み木の塔を建てているようなものだよ。いつかは倒れるのが分かっているが、それがいつかは分からない」
塚原が説明を終えると、ソゲキくんがこう言った。
「積み木の塔なら、先の地震で崩れそうですけどね」
それに沙世がやや呆れた口調で返す。
「実際、震災の影響で更に国家破産の危機は早まったって言われているじゃない」
その後で、卜部が少し疑わしそうな声でこう言った。
「なんだかなー。いまいち、イメージできないのだけど。その国家破産が起きるかもしれない“切っ掛け”って何よ?」
塚原がそれに淡々と答える。
「例えば、“バブル経済が起きる”なんてのはその一つだな」
卜部はそれに少し驚いた。
「バブルが起きる? バブルって好景気になるって事でしょう? どうして、それで国家破産するの? むしろ、良い事なんじゃないの?」
それには火田が答えた。
「国の借金源は、金融機関にあるお金だろう? ところが、バブルが起きると、その金がバブルの方にいっちまう。つまり、借金の資金源がなくなるんだよ。結果、借金する事ができなくなって、金利が上昇、国家破産。ま、そんな流れだな。もっとも、必ずしもこうなるとは限らない。先にも言ったが、国家破産危機対策用の資金が国にはあるし、ピンチになれば何処からともなく金が沸いてきそうなきそうな気もするし」
それで卜部は黙った。ところが、そこで今度はアキが疑問の声を上げたのだった。
「僕はその可能性はかなり低いと思いますけどね。バブルが起きれば、税収は増えるはずですから」
それに火田はこう返す。
「その発想には、“時間の概念”がねーよ」
「時間の概念?」
「税収が増えるのは、バブルが発生した後だろう? タイムラグがあるって話だ。国が借金したいタイミングで、バブルが発生したら、資金繰りが上手くいかなくなって、国家破産する危険は充分にある。それに充分に税収が増えるかどうかも怪しい。もちろん、借金が膨らめば膨らむほど、その可能性は高くなっていくな」
それを聞くとアキは、「なるほど……」と、応えて腕組みをする。その後で、塚原がこう言った。
「良いタイミングで、資金繰りの話が出たから、ついでに説明しておくか。
時々、“国は充分に資産を持っているから、実質的な借金は少ない”なんて意見を聞く。これは間違っちゃいないが、正確でもない。企業で“黒字倒産”があるのって知っているか? これは収益を上げていても、必要な時に現金を企業が持っているとは限らないから、起こるんだが、この理屈はそのまま国にも当て嵌められる。
つまり、国に資産があっても、その時に必要な資金を調達できなくちゃ、国家破産する可能性は充分にあるんだよ。ま、つまりは資金繰りに失敗するって話だ」
その塚原の説明に沙世が反応した。
「って事は、“日本が国家破産しそうだとか言っているのは、官僚なんかの誇大宣伝で単に増税したいだけ”ってよく言われているのは、やっぱり嘘なんですかね?」
それに塚原はこう返す。
「いや、完全に嘘だとも言い切れない。ある程度は本当だろう。ただし、自分達は損したくなくて、増税で国家破産を回避したいって意図であって、国家破産が全く心配ないって訳じゃない。第一、国家破産が心配ないのなら、今まで通り、借金し続ければ官僚たちの懐は温まるのだから、わざわざ国家破産を持ち出す必要はない」
塚原が言い終えると、久谷が言った。
「あっ! なんで、村上さんが説明しないのですか? 折角のボケポイントだったのに!」
アキは言う。
「いや、流れ的に僕が返すのは無理があったのじゃないかな?」
「そこを敢えて、無理矢理に返すからこそボケになるのじゃないですか!」
「ごめん」
「謝っちゃうんだ?」と、少し困ったような笑いを浮かべながら、沙世がそうツッコミを。
「増税案は出す一方で、全く必要性が感じられない公務員宿舎の建設を決めたり、隙あらば公共事業を進めようとしたり。国関連の連中の“自分達は損をしたくない”って態度はもう分かり易過ぎてあきれる程だよな。こりゃ駄目だなって俺は思うよ」
火田がその後でそう語った。やや吐き捨てがちな感じだ。
「ああ、公務員団体の非協力的な態度も、少し引きますよね…」
アキがそう続けた。それに、卜部が反論する。
「あら? あたしは、別に公務員の給与は減らさなくて良いって思うけど。だって、可哀そうじゃない。真面目に働いてきた人もいるっていうのに」
それを聞くと立石が、「あんた、本当に反論したがりよね」と呟くように言う。
「実際、そういう主張をしている人達が、いるのも事実だけどな。公務員以外にも。一体、どういう考えなのかは分からないが」と、塚原が言う。それを聞くと沙世が「うーん」と唸ってから口を開いた。
「卜部さんに質問があるのだけど」
「はい?」と、卜部はそれに驚く。
久谷がそれに面白そうな顔をする。「おお、珍しい展開ですね」
「なによ?」
「えっとね。公務員の給与を護る為にどれくらいのお金を払うつもりでいるの? 年間でくらいでいいかな?」
その沙世の質問内容を聞くと、卜部は「は?」と声を上げた。
「あんた、何言ってるのよ? どうして、あたしが払わないといけないの?」
その返答に会場の全員が固まる。その空気に卜部は反応する。
「なによ、この皆の視線は!」
沙世が淡々と言った。
「やっぱり……、こういう事だと思ったの。自分に負担がかかるって意識がないんじゃないかな?」
それに塚原はため息を漏らした。
「はぁ……、なるほどな」
それに卜部は叫ぶ。
「なによ? あたし、変な事を言った? だって国が払うんでしょう? 公務員の給料って」
「いや、だから……」と、それにアキが言う。
火田が苛立った口調で続けた。
「公務員の給与は、国の税金だ。つまり、俺達が出す金なんだよ。公務員の給与を減らさないって事は、その分を俺らが負担するって事だ。つまりは、払う税金が増えるって話なんだよ」
それを聞くと、卜部は「マジ…?」と呟いた。そして、
「ふっ」
と笑う。
「冗談じゃないわ! どうして、あたしがあんなお役所仕事な質の悪いサービスを提供する連中に、高額の給与を支払ないといけないのよ!
公務員の給与を減らせ!
半分くらい!」
それから、そう卜部は吠えた。
「なんだかなー」とその様子を見て、立石が呟く。
「でも、実際に、こういう人いるかもしれませんよね。いえ、流石にここまで極端な反応はしないと思いますし、それに、理屈では流石に分かっているとも思いますが。気持ちでは分かってないかもしれない……」
と、その後で久谷が言った。しかしその後で、卜部が言う。目を嘘くさく輝かせながら。
「そんな事はないわ。きっと、皆、公務員の皆さんに贅沢してもらいたいのよ。その為には増税したっていいって思っている!」
「変わり身早いわね、あんた」とそれに立石が。
「本心は?」と久谷。
「増税するくらいなら、公務員の給与を減らせー! ふざけんなー!」
「はぁ」と、そのやり取りの後で火田はため息を漏らしてから口を開いた。
「ま、まだ増税で問題が解決すりゃ良いがな。恐らく、増税だけじゃ問題は解決しないんだよ」
「どうしてですか?」と、アキ。
「考えなしに増税すれば、景気を悪化させて税収が減るからだよ。特に今、国の連中は高額所得の高齢者に金が集まるような金の使い方をしているからな」
「それが、どうして景気を悪化させるのですか?」と、今度は沙世が質問をする。
「簡単な理屈だよ。
いいか? 仮にここに一千万円があったとしよう。これを10人に百万円ずつ与えた場合と、1人に一千万円を与えた場合、いったい、どちらが金を使う量が多くなる? 百万くらいだったら、一年間で使い切りそうだが、一千万円だったら五百万円~八百万円ってところじゃないか?
10人に分けたら一千万円が使われるが、1人だけに与えると、半分くらいしか使われない訳だ。つまり、一部の金持ちに金を集中させると景気に悪影響なんだよ。特に高齢者は消費意欲が低いから、尚更だ。が、国はその点を全く考慮していない。と言うよりも恐らくは分かっていない。いや、積極的に無視しれいるのか。自分達だけの利益の為に国全体を犠牲にしようとしている」
その火田の説明が終わると、久谷が言った。
「あ、村上さん。ちゃんと長谷川さんの質問に答えないと駄目じゃないですか!」
アキは応える。
「いや、僕じゃ答えられないから。てか、ボケるタイミングじゃないよね?」
その掛け合いが終わると、塚原が火田の説明に付け加えた。
「因みに、借金の穴埋めに税金が使われた場合は、金融機関に金が余る事になる。その金が何かしら、投資に使われれば景気を刺激する訳だが、無策のままじゃそうなる可能性はかなり低い。
一般的に、投資を促す方法は、規制緩和を行う事だが、それは既得権益を確保する為に、官僚が主に反対している。つまり、このままじゃ増税による景気悪化は避けられないって話だよ。ま、詰んでるな」
そこで久谷が口を開いた。
「もっと攻め攻めな発想は駄目ですか?」
「と言うと?」
「国が公共投資で経済を活性化させて、税収を上げるんですよ。一部の人が、高らかに主張していますが」
それを聞くと塚原は軽くため息をついた。
「それは投資による経済成長、それによりもたらされる効果で税収が、借金の増える額よりも多くならなくちゃいけないな。しかも、長期的な効果が必要。
つまり、かなり効果的な投資をしなくちゃいけないって事だ。ところが、国は今までに公共投資で、飛行機が降りない空港や車の通らない道路や巨大な釣堀と化した港なんかを造って来た。そんなもので、長期的な経済効果が得られるはずがない。
国の借金は、国民の財産だとか、馬鹿な事を言っている経済評論家みたいなのがいるようだが、全てではないにしろ、無駄な公共投資に資産価値はない。暴論だ。それに、社会保障費の為の国の借金は、そもそも投資ですらない」
「なるほど。ま、分かっていましたが駄目そうですね」と、それに久谷はそう返した。
その発言を聞くと、沙世が疑問の声を上げる。
「でも、国家破産すれば、自分達だって被害を受けるのでしょう? なら、追い詰められればちゃんとやるのじゃないですか?」
そこで“今度こそ”と、アキがそれに答えようとしたタイミングで、突然にソゲキくんが席を立った。何をするつもりなのかと皆が思っていると、そのまま机の上に昇る。……なになになに?的な視線が彼に集まる。机の上に立つ。その後で彼は言った。
「世間のルールに自分を縛り付けることなく、ワガママに、自分のやりたいようにやれ。“いまを生きる”。いまを生きるだ!」
間。
「……ああ、あれ良い映画だったよね」と、それを聞いて立石が言う。
「ずっと黙っていると思ったら、突拍子もなく何をやり出すのやら」と、その後で塚原が続けた。火田も口を開く。
「ま、ソゲキの言う通り、連中が近視眼的になっているのは事実だと思う。短期間の狭い範囲でしか物事を考えていない」
「よく、あれで意味が通じましたね」と、それを聞いて、沙世が言った。火田は続ける。
「例えば、冷静に考えれば分かるが、給与削減に反対する事で、公務員は自分達の首を絞めているんだよ。
良いか? もし国家破産すれば、国民は資産の3分の1から4分の1を失うと言われているんだぞ? しかも、その上で公務員は給料を減らされるかクビ。特殊な技能を持っていれば話は別だが、再就職だって難しい。民間はまだ円安になって輸出が有利になるが、公務員は打つ手なしだろう。
つまり、給料を減らされる話にヒステリックに反応するのじゃなくて、もっと積極的に国家破産対策に関わるべきなんだよ。1割、2割くらいの給与の削減は認めて、自分達も負担を担ったのだから、民間も官僚の利権団体ももっと協力してくれと訴える。もちろん、高額の給与を貰っている高齢者中心で。若い連中は、公務員でも給与が少ないのが多いし、それに消費意欲も消費する必要性も高いからな。そうして、国家破産を回避した方が、長い目で見れば公務員にとって得だ。ま、回避できる前提での話だが」
その火田の説明の間中、ソゲキくんはずっと机の上に立っていた。一言。
「降りるタイミングが分からない!」
「降りなさい」と、立石が。
「それに、お年寄りになったら、“いまを生きる”だけで充分かもしれないわよね。そんなに長く生きないのだし」
その後で卜部がそう言う。
「あんた、いきなり毒を吐き始めたわね」
それに、そう立石が言った。それに続けてアキが言う。
「高齢社会が日本の財政問題の大きな要因になっている点は事実だけどね。膨らむ高齢者の為の社会保障費をどうするのか。例えば、年金。いくらなんでも悲惨な、6万とちょっとくらいの国民年金には手を付けないにしても(むしろ、増やしたいくらい)、厚生年金と共済年金の上限を20万円。夫婦で支給されている場合は、合計で上限を30万円程度にするとか、対策を執らないとどうにもならないと僕は思う。全てを若い世代の負担にしてたら、日本は確実に潰れるよ。
少子高齢化が進んだのは、今の高齢者世代の責任でもあるのだから、それくらいの減額は当然だとも思うし」
それに火田が続ける。
「が、高齢者自身が自ら、そんな改革をやるとは思えないだろう? そして、今の時代、若者は政治経済に恐ろしく無関心だ。つまり、改革の力にはならない。このままじゃ、国家破産は防げないな」
それにアキは頷く。
「はい。分かりますよ」
火田も頷いた。
「だろう? ならば、残る手段は何があるか?」
「何かあるんですか?」
と、またアキ。
「ずばり」
「ずばり?」
「ずばり、“諦める”だ!」
全員がツッコミを入れた。
「オイ!」
「そんな解決策、解決策とは言えないでしょう!」
と、立石がその後で叫んだ。火田はこう返す。
「ええい! 俺は真面目だ!
いいか? そうなったら、利権構造もある程度は崩壊するだろうし、一部の人間に固まった富も実質的に少なくなる。公務員の給与だって減るし、社会保障制度だってボロボロになるだろうから今のように高額にはならない。つまり、民間の若者の負担が少なくなる。そして、円安になった事で、輸出が有利になり、国内での資源の活用も盛んになる。民間の復活は早いかもしれない。今(2011年9月)はまだ、日本の国際競争力は高いから、どうせ国家破産するなら、早い方が良い。時間が経って、国内産業が衰退した後じゃ手遅れだ。
そして、目の前の利益にしがみ付いて、国家破産を防ごうとしなかった連中の多くは大損して、後悔しまくるって訳だ! 気分良いじゃねぇか!」
聞き終わると、アキは「ハハハ」と乾いた笑い声を発した。
「最後のが本音っぽいですね。でも、そうなったら多くの社会的弱者が酷い目に遭いますよ」
火田はそれにこう返す。
「俺だって何も、そんな結末は望んじゃいないよ。が、現状を冷静に鑑みる限り、国家破産は避けられない。
自分達の利益だけを確保する為に、社会全体を犠牲にしても構わないって連中が、日本のあちらこちらにたくさんいるんだよ。国家破産を防ごうと思っても、そういう連中が足枷になって、身動きが取れない。
例えば、ほとんど議論すらタブー視されているものに宗教法人税がある。これは、ある試算によると、欧米並みに課税すれば、4兆円規模の税収増になるらしい。本当か嘘かは分からないがな。もし、宗教に人を救う目的があるのなら、喜んで課税に賛成すべきだと思うが、そんな声は今のところ、ほとんど上がっていない。こんな状況で、どうにかなる訳がないだろう?」
火田が言い終えると、塚原が言った。
「ふむ。国家破産を防ぐ事を諦めるかどうかは別問題にして、確かに国家破産する前提で、その後の対策を今の内に執っておく事に価値はあるだろうな。
一般的には、土地なんかの比較的安全な資産を買っておくってのがあるが。後は、もちろん、固定金利で金を借りる」
それを聞くとアキが言った。
「個人レベルの対策でしかありませんけどね。本当なら、もっと社会全体で効果のある事の方が……」
そこで火田が再び口を開く。
「社会全体にも効果があって、個人レベルでも効果のある対策ならあるぜ」
「え、何ですか?」と、アキ。すると、火田はこう答えた。
「太陽電池を買う事だ」
それに全員がツッコミを。
「また、太陽電池かよ!」
(※ 火田は太陽電池が好き。前作、自然エネルギー是非編より)
それに火田はこう返す。
「ちゃんと根拠はあるんだよ。国家破産すると円安になる。すると、当然、輸入品は高くなる。原油、ガス、ウランらの発電に必要なエネルギー資源はいずれも輸入品だから、電気代は確実に高騰する。が、もちろん日光の値段が上がるなんて事はない。太陽電池は維持費もかからないからな。
だから、国家破産前に太陽電池を造っておけば、国家破産した後で、電気代が大幅に節約できるんだよ。利回りが格段に良くなる。もっとも、送電網が市場に解放されて、全般的に電気代が安くなれば、それほど得をしないかもしれないが」
それに塚原が応える。
「なるほど、その理屈はそのまま風力発電なんかにも当てはまるな。もっとも、個人でできる対策にはならないかもしれないが」
塚原が言い終えると、久谷が口を開いた。
「あのー……。太陽電池で思い出したんですが、前回、吉田さんが言った方法が、そのまま国家破産を防ぐ方法にも使えませんか?
あ、塚原さんはいなかったのか」
そう久谷が言うと、「吉田が言った方法?」と、塚原は疑問の声を上げる。
「なんで、ボクはスルーなのかな? ボクもいなかったのに」とソゲキくん。因みに、彼はまだ机の上に立っていた。
「いいから、あなたは降りなさい」と、それに立石がツッコミを。
「公共料金を徴収して太陽電池を造るんです。すると、太陽電池を造った分と太陽電池を生産する為の工場を造った分と太陽電池で電気を発電した分でそれぞれ、国内総生産が上昇して、経済発展。生活者の支出が増える代わりに収入も増える。もちろん、雇用も増えますね。更に、これは太陽電池に対しての通貨の循環、つまり、通貨需要が増えた状態でもあるので、その分は通貨を増刷する事も可能というものです」
少し考えると、塚原は言った。
「“均衡予算乗数の定理”に似ているが、少し違っているな。なるほど、俄かには信じ難いが、確かに理屈の上ではそうなる」
アキがそれに言った。
「これをやると、経済発展するから税収が増えるし、通貨を増刷しているから、好景気が切っ掛けとなっての国家破産も起きにくい。成功すれば、国家破産を防げるかもしれませんね。もし試せるのなら、ベストな方法にすらなり得るかも」
その後で火田が言う。
「その通りかもしれないが、いずれ、革命を起こさないと無理だろう。と言っても、これは“経済に対する概念”の革命だが。保守的な日本で、これが実行できるとは、俺には思えないよ。
ま、少なくとも訴える事はできるがな。
それと、これを実行に移せても、一部の人間に集まるような通貨の流れを変える必要性がある点は変わらないぞ。国家破産を回避できる可能性は大幅に増えるだろうがな」
そこで、立石がパンッと手を叩いた。口を開く。
「こんなところで、そろそろいい感じかしらね?
とにかく、今回の結論は出たわ。
ずばり、“諦める”」
「それ、結論で良いの?」と、沙世がそれにツッコミを。そのタイミングで、ソゲキくんが言った。
「諦めたら、そこでゲームオーバーですよ!」
因みに、彼はまだ机の上に立っていた。
「あんた、まだいたの?」と、それに立石が。
「ねぇ、次回もこいつ出すつもり?」
久谷がそれを受けて、「うーん、どうしましょうかねぇ?」とそう言う。そして、こう付け加えた。
「あ、格闘ゲームの続編の登場キャラを考えている人の気持ちとか、こんな感じかもしれませんね!」
「どーでもいいから」と、それに立石がツッコミを。
……さてさて。
最後にちょっと纏めを。
今のところ、日本は大増税さえすれば、国家破産を回避できる、とは言われています。しかし、今回指摘したように、それが一部の人に通貨を集中させる、つまり“通貨の循環”を阻害するような方法(投資を促さない当)で行われたなら、景気を悪化させて税収が伸びず、結局は国家破産する、なんて悲惨な結果に至らないとも限りません。
もちろん、増税により国家破産しなくても、無策なまま行われれば、国民の生活が苦しくなる状況は容易に想像がつきます。
それを回避する為には、“通貨の循環”を意識した上での、政策が必要です。通貨が一部に集中するのを防ぎつつ、若い世代へ通貨を循環させ、社会保障費の負担がかかり過ぎないようにしないといけない。
もちろん、世界でまだ一度も試されていない方法ですが、裏技的な、僕が提案しているあの方法もあります。
公共料金を新たに定め、そこに発生する“通貨の循環”分だけは、新たに通貨を増刷して賄う(初めの一回だけ)。もちろん、実績のない方法ですが。
後は、最悪の事態を想定して、自分の身は自分で守る準備も忘れないでください。
長編を書いていたり、他に書きたいものがあったりで、間が空きましたが、少しずつ書いていました。このシリーズ。まだ、書きます。楽しいから。