第13話 本業は絵師だと言ってるだろ
新衣装お披露目の大バズから、数日が経過した。
俺の身辺の狂乱は、収まるどころか加速度的に悪化の一途を辿っていた。
「……なぁ、これバグか何かか?」
自室の作業デスクで、俺はYouTube Studioの管理画面を呆然と見つめていた。
チャンネル登録者数の欄に表示されている数字は、堂々の『十万二千人』。
画面の右上には、『銀の再生ボタン(シルバー クリエイター アワード)の申請が可能です』という、裏方の絵師にはおよそ縁のないポップアップが誇らしげに輝いている。
「俺、まだ両手で数えるくらいしか配信してねえぞ……?」
初配信のラフ描きから手元カメラ、そしてお披露目での音声出演。
それらの切り抜き動画が連日連夜ミリオン再生を叩き出し、某大手掲示板では毎日のようにスレッドが完走。
気付けば「Shiroママ」は、VTuber界隈で最も注目を集める謎の美少女クリエイターとして祭り上げられていた。
だが、問題はそれだけではない。
モニターの片隅に表示されたGoogleカレンダーを開いた瞬間、俺のこめかみがピクリと引き攣った。
「……なんだこの過密日程は」
色分けされた予定のブロックが、隙間なくギッシリとマス目を埋め尽くしている。
絵の納期ではない。すべて『配信』の予定だ。
今日も今日とて、俺は夕方から「作業配信」と銘打って枠を取っていた。
タイトルは『【作業】新衣装の三面図描く(すぐ終わる)【Shiro】』。
だが、配信開始から一時間が経過した現在。
「だから! 定期配信なんてやりませんってば。本業は絵師なんですから。配信なんて作業の息抜き、ただのついでですよ」
マイクに向かってダウナー気味に言い放つと、コメント欄が猛烈な勢いでツッコミを返してくる。
『「息抜き」の同接が二万人超えてる件について』
『ついでで銀の盾もらえるママ強すぎる』
『息抜きで一時間喋り倒してて草』
『なおペン先は二十分間止まっている模様』
「うっ……! ち、違うわ! これはサボってるんじゃなくて、三面図の背面構造を脳内で立体シミュレーションしてるの! プロの高度な思考プロセスなの!」
『言い訳が苦しすぎるwww』
『動揺して声が裏返る美少女ママ助かる』
『シミュレーション(雑談)』
「ぐぬぬ……」
オタクたちの鋭い指摘にぐうの音も出ない。
前世の社畜時代、無口で誰とも話さずキーボードを叩き続けていた反動なのか、一度喋り始めるとおっさんトークが止まらなくなってしまうのだ。
そこへ、ピロリンと軽快な通知音とともに、Discordの通話が繋がった。
我が愛しの娘――天音りりかの乱入である。
『ママー! 配信お疲れ様ー! ねぇねぇ、明日の夜って予定空いてるー!?』
画面の向こうから飛び込んでくる、弾けんばかりの甘えた声。
「明日の夜? ……空いてないよ。佐伯さんから回ってきた新規案件のプロットチェックがあるからね。私、絵描きなの。忙しいの」
『えーっ! 絶対嘘だ! 明日の夜、一緒にホラーゲームのコラボ配信やろーよー!』
「はぁ!? ホラゲ!? 行かないに決まってんだろ! なんで私がホラーなんて怖い思いしなきゃいけないの!」
『だってママ、先週の私のホラゲ実況、全部見てたじゃん! 「先週の大股開き」ってバラしたじゃん! 見てたってことは好きなんでしょー!?』
「そ、それは親としてお前の配信の安全確認をしてただけで……!」
『リスナーのみんなー! ママがホラゲ怖がって言い訳してるよー!』
りりかが配信のチャット欄を煽動し、コメント欄が一気に沸騰する。
『ママのホラゲ絶叫助かる!!』
『保護者同伴ホラゲ実況きちゃあああ!!』
『確定演出入りました』
『明日の夜全裸待機します』
「ちょ……お前ら勝手に盛り上がるな! 行くとは言ってないだろ! りりか、枠立てるな! タイトルに【親子ホラゲ】って打ち込むな!」
『やったー! 明日の二十一時からね! ママ大好きー!!』
こちらの抗議を華麗にスルーし、りりかは満足げに通話を切断した。
「……あいつ、完全に味を占めてやがる……」
脱力してデスクに突っ伏す俺。
コメント欄は「明日楽しみ!」「神コラボ感謝」の大合唱で埋め尽くされ、配信を終える頃には俺の精神は完全にすり減っていた。
「……はぁ。なんでこうなった……」
配信を落とし、静まり返った作業部屋。
スマートフォンのカレンダーアプリを開く。
明日の夜:りりかとホラゲコラボ。
明後日:佐伯との新規企業案件のオンライン打ち合わせ。
明々後日:ファン感謝雑談配信(仮)。
来週火曜:別のVTuberからの対談コラボ打診。
前世の社畜時代、過労死直前に眺めていたスケジュール帳の記憶が一瞬フラッシュバックする。
あの頃も、こんな風に予定表が自分の意思とは無関係に埋め尽くされていったのだ。
そこへ、りりかからトドメのメッセージが届いた。
満面の笑みを浮かべた天使のスタンプとともに、無邪気な一言が添えられている。
『ママの本業、もう半分配信者だね!(ハート)』
「…………」
俺は深呼吸を一つ挟み、天井に向かって全力で絶叫した。
「本業は絵師だと言ってるだろーーーーーッッッ!!」
自室に響く悲痛な美少女の叫びは、虚しく夜の静寂へと消えていった。




