第7話「街で、恋人として」
週末の昼前、駅前はすでに夏の熱気でむわっとしていた。
あたしは昨日選んだ男装用の服を着て、改札前で立っている。
白シャツに細身の黒パンツ。
髪はワックスで少しだけ整えて、前髪を流した。
胸はいつもより目立たないようにしている。
「……落ち着け、純。今日は“彼氏役”なんだから」
そう呟いたところで、後ろから声をかけられた。
「待たせたわね、純」
振り返ると、柚穂が淡い水色のワンピース姿で立っていた。
日差しを受けて、黒髪がきらきら光っている。
「う、ううん。今来たとこ」
「……ふふ。ちゃんと“男の子”に見えるわね」
「いきなりそれ言わないでよ……」
柚穂は少しだけ距離を詰めて、あたしの腕にそっと手を添えた。
「恋人なんだから、これくらい自然でしょう?」
「……周り見てよ。普通にカップルに見られてるから」
「それでいいのよ」
そう言って、柚穂は楽しそうに微笑った。
◆◆◆◆
商店街を歩くと、視線がちらほら集まるのが分かる。
それは柚穂が綺麗だからなのか、あたしが“彼氏役”だからなのか。
「純、あそこ寄っていい?」
柚穂が雑貨屋を指さす。
「う、うん。いいよ」
店内に入ると、冷房が効いていてほっとする。
棚にはキーホルダーやアクセサリーが並んでいた。
「これ、可愛いと思わない?」
柚穂が小さな星型のストラップを手に取る。
「……似合いそう」
「“彼氏”としての感想?」
「……恋人としての感想」
言い直すと、柚穂は目を丸くしてから、くすっと笑った。
「いいわね。じゃあ、これおそろいで買いましょう」
「え、あたしも?」
「当たり前でしょう。恋人なんだから」
レジに並びながら、胸が妙にそわそわする。
ただの“役”なのに、“おそろい”という言葉がやけに重い。
◆◆◆◆
次に入ったのはクレープ屋だった。
店の前には高校生らしい女の子たちが並んでいる。
「チョコバナナにしようかな」
「純は?」
「……イチゴ」
受け取ったクレープを片手に、ベンチに座る。
そのとき。
「えっ、あれって……月乃宮さんじゃない?」
近くを歩いていた女子二人組が、ひそひそ話すのが聞こえた。
「隣の男の子、彼氏?」
「じゃない? めっちゃ雰囲気それっぽい」
心臓が跳ねる。
「……ねえ柚穂、聞こえた?」
「ええ。ちゃんと成功してる証拠よ」
「成功って……」
「ほら、純。もう少し近く」
柚穂は自然な動作で、あたしの肩に頭を寄せてきた。
「……っ!」
「写真、撮るわね」
スマホを構えられる。
「待って、心の準備が……」
「大丈夫。“彼氏の顔”して」
「その顔って、どんな顔……」
「優しくて、ちょっと照れてる顔」
「……今まさにそれなんだけど」
カシャッ。
「いいわ。これ、あとでSNSに上げる」
「ほんとにやるんだ……」
あたしはクレープをかじりながら、遠い目になる。
◆◆◆◆
帰り道、人通りの少ない道に入ると、少しだけ緊張が抜けた。
「……今日、どうだった?」
「正直に言うと……疲れた」
「ふふ。でも、嫌じゃなかったでしょう?」
「……うん」
本音だった。
緊張したけど、柚穂と歩くのは、思ったより楽しかった。
「純」
「なに」
「ありがとう。ちゃんと、あたしの“恋人”でいてくれて」
「……それ、役だよね」
「今は、ね」
柚穂は意味深に微笑う。
胸の奥が、少しだけきゅっと締めつけられた。
「……あたし、ちゃんと最後まで付き合うから」
「ええ。それでいいの」
夏の風が吹いて、髪が揺れる。
“偽の恋人”のはずなのに。
あたしの中で、その言葉が、少しずつ重くなり始めていた。




