第5話「恋人ができたってことにして」
昼休みの教室は、エアコンの音と話し声でざわざわしていた。
あたしは窓際の席で、スマホを伏せたままぼんやりしている。
「純、ちょっといい?」
向坂あおいが、弁当箱を持ったまま近づいてきた。
その後ろから、新井恵理那もついてくる。
「……純、例の告白、どうなったの?」
「やっぱり、撃沈?」
二人の視線が一斉に集まる。
胸の奥がきゅっと縮んだ。
「……付き合うことになったよ」
「えっ」
「ええっ!?」
二人の声が重なった。
「ちょ、ちょっと待って、純!? 本当に!?」
「うそ、すごくない!?」
嘘ではない。
でも、本当でもない。
あおいが机に肘をついて、にやにやする。
「で、デートしたの?」
「手、つないだ? キスとか……まさか、その先もっ?!」
「……まだ、そこまでじゃないよ」
昨日の服選びを思い出して、心臓が変な跳ね方をする。
「もう、純ってそういうとこ奥手だよねー」
恵理那がくすっと笑う。
「でもさ、よかったじゃん。ずっと恋人いないって言ってたのに」
「ね。写真とかある?」
「……今度ね」
見せられるわけがない。
男装してるなんて、言えない。
「まあいいや。今度ダブルデートしよ!」
「……考えとく」
二人は楽しそうに話を続けながら、自分たちの席へ戻っていった。
あたしは机に突っ伏す。
「……嘘ついちゃった」
でも、仕方ない。
“恋人役”なんて、説明できるわけがない。
◆◆◆◆
夕方、家に帰ると、リビングに家族がそろっていた。
母は台所、父はソファ、小三の弟は床に寝転んでゲームをしている。
「純、おかえり」
「ただいま」
「今日、学校どうだった?」
「普通」
靴を脱ぎながら答えると、父がにやっと笑った。
「なあ純。最近、帰り遅くない?」
「……そう?」
「もしかしてさ」
「もしかして?」
「恋人でもできた?」
弟がぴくっと反応して、顔を上げる。
「え、姉ちゃん、恋人!?」
心臓が一瞬止まりかけた。
「……できた、かも」
「ええ!?」
「まじで!?」
「どんな人!?」
「……学校の人」
「写真見せて!」
「……まだ」
母は目を細めて微笑む。
「無理に紹介しなくていいわよ。大事にしなさい」
「……うん」
父は少しだけ不満そうだ。
「まあ、そのうち連れてくればいい」
「そのうちね……」
弟はじっとあたしを見てくる。
「ねえねえ、どっちが背高いの?」
「……同じくらい」
「ふーん。かっこいい?」
「……知らない」
ごまかし続ける自分に、少しだけ罪悪感が湧く。
◆◆◆◆
夜、自分の部屋で制服を脱ぎながら、スマホを見る。
柚穂から短いメッセージが届いていた。
【今日は大丈夫だった?】
画面を見つめて、あたしは指を動かす。
【友達にも家族にも、付き合ったって言った】
【よかったわ。ありがとう、純】
その一言で、胸が少し軽くなる。
本当のことは言えない。
でも、守るって決めた。
「……恋人、か」
呟くと、なんだかその言葉が、少しだけ現実味を帯びて聞こえた。
この嘘は、いつかバレる。
きっと、あおいと恵理那には。
でも今は、まだ。
あたしはスマホを閉じて、ベッドに倒れ込んだ。
「……明日も、恋人役だ」
そう思うと、少しだけ胸が高鳴った。




