第1話 アオハルくじ、最悪の当たり
七月中旬。昼休みの教室は、エアコンが効ききらず、むわっとした熱気が残っていた。
あたし――唯崎純は、窓際の席で机に突っ伏している。
「純~、起きてる?」
茶髪をハーフアップにした向坂あおいが、机に肘をついて顔をのぞき込んできた。
「……起きてるけど」
「ね、今流行ってる『アオハルくじ』知ってる?」
後ろから、新井恵理那がひょこっと顔を出す。
「青春ミッションが当たるアプリだよ。昨日、別のクラスでやってる人見た」
「嫌な予感しかしないんだけど」
「大丈夫大丈夫。軽いやつだって」
「絶対、変なの出るやつじゃん」
「ほら、3人でやろ?」
断る空気じゃなかった。
あたしは渋々スマホを取り出す。
「……じゃあ、引くだけだからね」
「同時にいくよー」
「せーの!」
画面がくるくる回って、文字が表示された。
【最初に会った人に告白しよう】
「……は?」
あおいと恵理那が、固まった。
「純……それ、きついやつ」
「え、無理でしょ!? それ、嘘告白になるじゃん! それに、あたし女の子として見られてないんだよ!?」
「でも、失敗するとペナルティあるって」
「なに」
「黒歴史SNS投稿」
「それだけはやめて!!」
ちょうど、昼休み終了のチャイムが鳴る。
「今なら廊下、人少ないかも」
あおいのその一言で、決まった。
「……行く」
「純……」
「当たったの、あたしだし」
深呼吸して、教室のドアを開けた。
◆◆◆◆
廊下は静かだった。
他のクラスはもう授業に戻っているらしく、人影はほとんどない。
「……誰もいないじゃん」
このまま戻れば失敗扱いにならないかな、なんて考えた瞬間。
コツ、コツ。
曲がり角の向こうから足音がした。
「……来る」
現れたのは、ひとりの女子生徒だった。
黒髪が胸あたりまで伸びていて、姿勢がやたらときれい。
「……月乃宮、柚穂……」
思わず名前が漏れる。
月乃宮財閥のご令嬢。深窓の令嬢って言葉がぴったりの人。
「唯崎さん?」
「な、なに……?」
「少し、こちらへ」
「え、ちょっと……!」
有無を言わせない雰囲気で腕をつかまれ、空き教室に連れて行かれた。
◆◆◆◆
人気のない教室。
窓から差し込む夏の光が、床に四角く落ちている。
「さっきの、聞いてしまったの」
「……なにを」
「アオハルくじの話。告白するって」
「……」
「扉の前で待っていたの」
「最悪……」
「告白、するのよね?」
「ミッションだから」
「なら、都合がいいわ」
「なにが」
「困っているの。好きでもない婚約者の話が進んでいて」
「……え」
「諦めてもらう理由がほしいの」
柚穂は、まっすぐあたしを見る。
「男装して、あたしの恋人役をしてほしいの」
「……は?」
「あなた、男の子に間違われるでしょう?」
「……あるけど」
「だから、ちょうどいい」
小さく微笑む。
「あなたと一緒に出かけて、『恋人がいる』と分かれば、その話は止まるはずよ」
「……あたし、女子なんだけど」
「知っているわ」
「なんでそんな冷静なの」
「嘘告白したんでしょう?」
「……」
「そのくらい、責任取ってくれるわよね」
言い返せなかった。
「……分かった」
「ありがとう、純さん」
「え」
「恋人なんだから、名前で呼ぶわ」
「いきなり距離近くない?」
「慣れましょう」
涼しい顔で言われる。
「まずは、放課後に打ち合わせね」
「……デートじゃなくて?」
「最初は準備よ」
くすっと笑う。
「あなたには、可愛い恋人役になってもらうんだから」
「それ、男装なのに可愛いってどうなの……」
こうして。
アオハルくじで当たったのは――
恋人役でした。




